日本を含め世界各地で需要が伸びる電気自動車(EV)。2030年頃には新車販売台数でガソリン・ディーゼル車を抜くともいわれている。

しかし、「環境に良い」というイメージのEV、実はそこに搭載されているバッテリーの廃棄問題についてはまだ解決されていないのが現状。2030年頃からは大量のバッテリーが廃棄されることが予想されており、自動車各社にとってバッテリーのリサイクルによるサステナブルな製造サイクルの構築が急務となっている。

アマゾンのジェフ・ベゾス氏やマイクロソフトの共同創始者ビル・ゲイツ氏も投資する米スタートアップ各社によるバッテリー再生事業の現状をレポートする。

EVに搭載されているバッテリーは2030年頃から大量に廃棄される見通し。スタートアップ各社がこれら廃棄バッテリーのリサイクルに挑んでいる(写真:Pinterest)

廃棄バッテリーの「津波」がやってくる

EV用に使われているのは、スマホやタブレットなどにも使われているリチウムイオンやニッケル・水素混合の蓄電池。EVの需要拡大で、世界のリチウムイオン電池の生産能力は、過去10年間で10倍になった。

原材料のリチウムやコバルトは埋蔵・生産量が限られている上、需要増により価格が高騰している。特にコバルトについては、蓄電池のほか医薬品や超合金などにも幅広く利用されており、現在の埋蔵量と採掘量からみて、向こう50~60年で枯渇することが予想されている。

しかし、これらのバッテリーは今、ほとんどが産業廃棄物として処理されているのが現状。貴重なレアアースが浪費されている上、採掘の際には温室効果ガスを排出するため、環境破壊にもつながっている。

EV市場を持続可能にするためには、コバルトやリチウムに代わる代替材料の開発や、廃棄バッテリーのリサイクル・リユースが必須となっている。

現在のハイブリッド車が市販されたのは1997年。EVの代名詞的存在である「テスラ」が量産されるようになったのは2008年のこと。現在街を走っているEVは最盛期にあるが、あと5年もすれば「リタイア」の時期を迎えるものも多い。国際エネルギー機関(IEA)によれば、今後10年間でEVの販売台数は800%増加する見通しで、長期的にも廃棄バッテリーの津波が予想されているのだ。

こうした将来像を背景に、北米のスタートアップ企業の間では、すでにEVバッテリーのリサイクルに向けた果敢な挑戦が繰り広げられている。

リチウムイオン電池のリサイクル企業、Li-Cycleの「シュレッダー1」に供給されるリチウムイオン電池(写真:Li-Cycle)

テスラの元CTOによる電池リサイクル事業

廃棄バッテリーの問題を見据え、2017年から取り組みを進めているのが、「Redwood Materials(レッドウッド・マテリアルズ)」。テスラの共同創業者の1人、J.B.ストローベル氏が立ち上げたスタートアップ企業だ。

2019年まで16年間テスラでCTOを務めたストローベル氏は、誰よりもEVのバッテリー問題を深刻に受け止めている一人だろう。彼によれば、この問題は逆に「大きなチャンス」。EVのためのサーキュラー・サプライチェーンを構築できれば、それは産業に大きなインパクトを与えるとして、自ら問題解決に立ちあがった。

レッドウッド・マテリアルズ(以下、レッドウッド)の拠点は、ネバダ州カールソンシティ。ここでは、近くにあるパナソニックのテスラ用バッテリー工場から出た廃棄物のほか、スマホ、ラップトップコンピュータ、パワーバンク、電動自転車、電動スクーターなどで使用されたバッテリーを処理している。米メディア「CNBC」によれば、ここで処理される電子廃棄物は年間2万トン。レッドウッドは昨年、アマゾンとも提携し、同社から出た廃棄バッテリーの処分にも当たっている。

回収された廃棄バッテリーは燃焼し、内容物を溶かした後、液体に浸して特定の物質を浸出。これによりニッケル、コバルト、アルミニウム、グラファイトの95~98%、そしてリチウムは80%以上が回収されるという。そして、これらの物質はパナソニックをはじめとするパートナー企業に売却され、新しいバッテリーに生まれ変わることになる。

同社は昨年、サステナブル事業への投資会社「Capricorn Investment Group」と「Breakthrough Energy Ventures(BEV)」から4,000万ドル(41億5,000万円)を調達した。BEVはジェフ・ベゾス氏やビル・ゲイツ氏も出資しているエネルギー関連のベンチャーキャピタルだ。現在はカーソンシティ工場の処理能力を拡大しているという。

「Li-Cycle」は大手バスメーカーと提携

オンタリオ州キングストンにあるLi-Cycleの廃棄バッテリー解体施設「Spoke1」(写真:Li-Cycle)

レッドウッドとほぼ同時期に事業を立ち上げた、カナダのスタートアップ企業「Li-Cycle(ライサイクル)」も注目される。同社もEVのほか、家電やスマホ、ラップトップコンピュータなどからの使用済みリチウムイオン電池を回収し、そこから特殊技術を利用して取り出した金属をリサイクル・販売する事業を展開している。

オンタリオ州キングストンにあるバッテリー処理施設「Spoke」では、回収された廃棄バッテリーが機械で分解され、銅や鉄、そして「Black Mass(黒い塊)」といわれる電極材の混合物に分けられる。「Black Mass」は米ニューヨーク州ロチェスターにある施設「Hub」に輸送され、そこで水溶液に浸す「湿式製錬」により、リチウム、ニッケル、コバルトなどが取り出されるシステムとなっている。

バッテリーリサイクル業界では、一般に電池を一度溶かす製錬プロセスが採用されており、こうした金属の回収率は平均的に40%以下にとどまっているが、同社はこれを95%以上に高めた上、廃棄物を出さない「ゼロウェイスト」プロセスを生み出した。

キングストンにあるLi-Cycleの「デモンストレーションHub」(写真:Li-Cycle)

2020年第4四半期には第2の「Spoke」が立ち上げられ、リチウムイオンバッテリーの処理能力は年間1万トンに倍増した。昨年末にはベンチャーキャピタルから新たな投資を取り付けており、現在はロチェスターの「Hub」の拡大に取り組んでいる。Hubの処理能力は、2022年に年間6万トンまで拡大される見通しだ。

今年に入ってからは、大手バスメーカー「New Flyer(ニュー・フライヤー)」と、電気バスに搭載されているリチウムイオン電池のリサイクルについて提携することで合意した。同社施設の処理能力のアグレッシブな拡大は、来る廃棄バッテリーの津波の大きさを物語っている。

New Flyerの電気バス用バッテリーストリング(写真:New Flyer)

電池リサイクルはコスト高、スケール化が課題

これらスタートアップへの投資家の期待は大きいが、リチウムイオン電池のリサイクルコストが非常に高いうえ、事業がまだスケール化されていないため、利益を生み出すのが難しい状況だ。

現在は、リサイクルして電池をつくるよりも、材料を採掘して新しい電池を製造する方が低コストでできるという問題がある。そのため、よりコストのかからない解決法として、EV用としては効率が低下してしまったバッテリーを太陽光発電、家電、外灯用に「リユーズ」する取り組みも広がっている。

しかし、レッドウッドのJ.B.ストローベル氏は、バッテリーのリサイクル事業が産業規模でインパクトを与えることのできる意義のあるものとみて、長期的に取り組んでいく考え。「数十年に及ぶ長期の成長ミッション」と位置付けている(2020年10月9日付『TechCrunch』)。

Li-Cyleによれば、世界のリチウムイオン電池の廃棄量は、2020年までに累計で170万トンに達したと推定される。これが2030年には、1,500万トンまで膨れ上がる見通しだ。一方、市場データ会社の「Statista」によれば、リチウムイオン電池のリサイクル市場は2019年の15億ドル(1,600億円)から、2030年までには180億ドル(1兆8,700億円)に拡大することが予想されている。

この事業がスケール化されて廃棄バッテリーのリサイクルが低価格でできるようになれば、EVの価格も下がり、普及をさらに加速させることになるだろう。EVが本当に「環境に良い」製品に進化するために、パイオニアの挑戦は続く。

文:山本直子
企画・編集:岡徳之(Livit