「テック起業家=若い」というイメージとその実際

テック起業家と聞いて、多くの人が思い浮かべるのはアップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏やフェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグ氏などシリコンバレー発のビッグテック企業の創業者たちだろう。

ジョブズ氏は1976年、ウォズニアック氏、ウェイン氏の3人でアップルを創業。創業時の年齢は21歳だった。一方、ザッカーバーグ氏がフェイスブックを開始したのは19歳のときだ。

このような鮮烈な事例があるため、特にテクノロジー分野の起業は若い人が成功しやすいというイメージが持たれている。

MITスローン経営大学院のピエール・アゾレイ教授らの分析(ハーバード・ビジネス・レビュー、2018年6月11日掲載)によると、実際TechCrunchやIncなど、主要テクノロジーメディアが実施している起業家アワードでも、受賞する起業家の平均年齢は29〜31歳と比較的若い。こうしたメディアアワードの情報は拡散しやすく、ビッグテックの創業者の事例も相まって「起業家=若い人」というイメージが定着しているようだ。

しかし、アゾレイ教授らが米国勢調査局のデータを分析したところ、米国ではスタートアップ創業時の平均年齢は42歳と、上記のイメージより高いことが判明。ただし、これらは起業家全体の平均年齢であり、中には成長の意図を持たない起業家も多数含まれている。そこで、高成長スタートアップに絞り、起業家の創業時の年齢を分析してみたところ、その平均年齢は45歳であることが分かった。つまり、データが示す最も成功しやすい起業家の創業時の年齢は45歳ということになる。

また、起業成功の確率は年齢が高くなるほど上がる傾向があることも判明。20〜30代の起業家の成功確率が0.1%であるのに対し、50歳代では0.2%以上。20代と50代では、成功確率は2倍の差があることになる。アゾレイ教授らは、40〜50代の起業家の成功確率が上がる理由について、特定分野における知見・専門知識が強みになっている可能性があると指摘している。

これは、スティーブ・ジョブズ氏にも当てはまるという。つまり、ジョブズ氏がアップルを創業したのは21歳のときだが、同社の中でも革新的な製品である「iPhone」をローンチしたのが52歳のとき。また、アマゾンのジェフ・ベゾス氏も書籍販売から脱し、Eコマース全般に領域を拡大したのが45歳のときだった。

長寿経済とシニア起業家

データが示す成功している起業家の平均年齢が45歳という事実。この年齢はこの先も変わらないのか、それとも時代とともにダイナミックに変化していくのか。

欧米諸国や日本など比較的裕福な国々のほとんどで高齢化が進んでいることを考慮すると、成功起業家の平均年齢はこの先上がっていくシナリオも考えられる。

高齢者向けのプロダクトやサービスで成り立つ経済は「長寿経済(ongevity economy)」と呼ばれており、高齢化の進展に伴い急速に拡大することが見込まれている。

米退職者団体AARPによると、現在米国では50歳以上の人口は1億1,740万人と全人口の35%を占める状況。この層だけで、同国GDPの40%に相当する8兆3,000億ドル(約870兆円)の経済を生み出しているという。

「人生100年時代」と呼ばれる現在、シニア層の割合は今後も増加することが見込まれ、2050年には米国のシニア人口は1億5,730万人、経済規模は28兆2,000億ドル(約2,960兆円)に達する見込み。

このことから想像できるのが、シニア起業家の増加だ。

同年代であるからこそ気づくソリューションがある。シニア層の真のニーズを汲み取ったプロダクトやサービスをシニア起業家が生み出すという循環が生まれる可能性は大いにあるといえるのではないだろうか。

60〜80歳代が活躍、注目集めるシニア起業家

実際、そのような動きが欧米では活発化しつつある。

欧州工科大学院(EIT)の健康関連イノベーションコミュニティ「EIT Health」は50歳以上を対象にした起業プログラム「Silver Starters」を開始。同プログラムの卒業生から、すでに注目を集めるシニア起業家が誕生している。

その1人、オランダのハン・ヴァン・ドアーン氏(83歳)が開始したのが「AreYouOkayToday」という高齢者向けの自宅安全ソリューションだ。

83歳の起業家ハン・ヴァン・ドアーン氏(EIT Health YouTubeチャンネルより)

1人暮らしの高齢者は転倒するだけでも大きな怪我につながる危険がある。若い人はこの問題に対し、ウェアラブルデバイスや監視カメラによって高齢者の転倒を検知・通報するソリューションを考えがちだ。しかしドアーン氏曰く、自身を含め、ウェアラブルデバイスやカメラに囲まれて生活したいと考える高齢者は少ない。この視点から考えついたのが「AreYouOkayToday」というソリューションだ。

IBMに30年以上勤務した経験を持つドアーン氏。その知見から、高齢者の電化製品の利用状況から異常を検知するシステムを開発。異常を検知すると、まずその高齢者に通知が送信され、電話による確認が行われる。もし、高齢者の反応がなければ、家族や介護士に連絡が行く仕組みだ。アプリは、マイクロソフトに10年以上務めるドアーン氏の息子が開発した。

ドアーン氏は、若い人が考えるソリューションには高齢者のプライバシーが考慮されていない場合が多いと指摘。「AreYouOkayToday」は、まず高齢者に確認通知が送られる点で、他のソリューションとは一線を画するものだという。

「AreYouOkayToday」は現在パイロット版の試験運用がなされており、2021年に本格ローンチが計画されている。

ドアーン氏のように長い職務経験で培った知見を活用するシニア起業家の事例は枚挙にいとまがない。

プレシジョン・プレスクリプションソフトウェアを開発するスタートアップGenXys。処方箋における副作用を最小化し、薬の効果を最大化する配分を示してくれるソフトウェアを開発する企業だ。同社の2人の創業者は、68歳と69歳、ともに医療分野で20〜30年の経験を有している。

GenXysの創業者たち(GenXysウェブサイト

また、自動運転車用のLIDARを開発するイスラエルのInnoviz Technologies(2016年設立)の共同創業者の1人、ゾハール・ジサペル氏は現在70歳。イスラエル軍の電子研究部門を率いた経験を持つ人物だ。

シニア層はそのスキルや知見から起業家としてだけでなく、熟練労働者としても可能性を秘める層。Withコロナ/ポストコロナの経済復興において不可欠な要素なのかもしれない。

文:細谷元(Livit