新型コロナウイルスの流行で、今では「ソーシャルディスタンス」という言葉が定着している。

今年3月15日から4月10日の間に、124カ国の約313万5,000人を対象とした、ソーシャルディスタンスに対する意識調査の結果では、約28%が「何となく知っている」と答えている。

ソーシャルディスタンスを実践するのは難しいかどうかについては「難しくも易しくもない」とした人が約35%を占めた。ソーシャルディスタンスの指示を守っているかどうかについては約43%が「自分はきちんと守っている」と答えている。

自分が考える、ソーシャルディスタンスに適切な距離は3フィート(約1.8メートル)だとする人が52%で一番多かった。人と会った際には、コンタクトレスであいさつをするとした人は約83%に上った。

データ分析プラットフォームのプレミス・データのこの調査結果を見ると、調査時期は各国のロックダウンが始まる前ながら、人々はソーシャルディスタンスを決してないがしろにしていないことがわかる。

©Jay Phagan (CC BY 2.0)

安全でなくてはならないのは言うまでもないが、長期化するばかりのコロナとの闘い、そしてソーシャルディスタンスとの付き合い。人々はそれを逆手にとり、より効率よく、また楽しく実践するためのアイデアを次々と生み出している。

中でもロックダウンで大打撃を受けている外食産業は、ソーシャルディスタンスとラグジュアリーを組み合わせ、洗練された大人の顧客を獲得している。

ドームに帽子、ぬいぐるみ? ソーシャルディスタンス法あれこれ

飲食店はどの国でも、コロナのパンデミックに伴うロックダウンで、一時閉店を余儀なくされている。外食産業の経済的ダメージは大きい。それだけにレストランやカフェにしてみれば、ロックダウン明けの営業再開には条件付きながら、力が入る。ソーシャルディスタンスはそんな条件の1つだ。

レストランやカフェは、顧客とスタッフの安全を守るためにソーシャルディスタンスを保とうと工夫を凝らす。特に話題を集めていたのは、ビニール製のドームに囲われたテーブル席だ。

© Richard Humphrey (CC BY-SA 2.0)

半球のイグルーの形をしており、アウトドアに置く。中にはテーブルを設え、飲食できるようになっている。ビニールは透き通っているので、外の景色を問題なく眺めることができる。サイズはさまざまで、カップル、ファミリー、グループ向けなどがあり、形もほかに小型の温室のようなスタイルなども。スタッフのみが出入りするため、ソーシャルディスタンスを保つにはぴったりといえそうだ。

ロックダウンで毎日変化に乏しい生活を続けてきた人々が、目先の変わったドームに興味を持つのは当然ともいえる。しかし、危険なこともあるのだそうだ。米国の疫学者たちの多くが、屋根があり、四方を囲まれていれば、屋外に設置しても、あまり室内の空間と変わらないと指摘する。

ビニールの方が、レンガやコンクリートの壁よりは多孔性に優れているものの、空気の流れはほとんどなく、退店と来店の間にテーブルを掃除をしても、前の客や連れが陽性であれば、感染する可能性があることを覚悟せよというのだ。せっかく屋外なのだから、できるだけ空気の流れを取り入れることが、感染を予防する1つの手段だと疫学者らは強調する。

ほかにもレストランやカフェが取り入れているソーシャルディスタンスをとる方法には、タイヤ内にあるチューブを利用し、脚とカートを付け、それを浮き輪のように身に着ける、「バンパーテーブル」がある。他者との間を6フィートとることができる。

ほかにも、横に張り出したデザインの帽子や王冠をかぶり、距離を保ったり、ロボットが注文や食器の上げ下げをして、人間のウェイターやウェイトレスとの接触をゼロにしたりと、目先の変わった試みは、顧客に好評だ。

テーブルのいすにぬいぐるみやマネキンなどを座らせておき、顧客にその分だけ距離をとってもらったり、テーブル上に透明なプラスチック製の壁を設えたりするところもある。時間やお金をそうかけずにソーシャルディスタンスを実行・奨励することもできるというわけだ。

ロンドン、ニューヨークでラグジュアリーな雰囲気漂うプライベートダイニング

ソーシャルディスタンスの方法は、目先が変わっていて、注目を浴びるようなものだけではない。目立たないながら、洗練された雰囲気のものもある。

英国・ロンドンのAPTは、コロナ禍だからこその新コンセプト、「ソーシャルバブルダイニング」を実現したものだ。同ホテルのアパートメントの1室で、2~10人のソーシャルバブル、つまりグループでプライベート・ダイニングを楽しむイベントを企画しようと呼びかける。

APT (Town Hall Hotelのフェイスブックより)

料理を担当すべくシフトを組むシェフは、ビベンダム・オイスター・バーのクロード・ボシや、レストラン12:51のジェームズ・コクランといった、英国を代表するシェフ21人。費用は最低で800ポンド(約10万9,000円)だそうだ。もし参加者が8人であれば、1人当たり100ポンド(約1万4,000円)という計算になる。

会場を自宅にし、シェフを招いて料理してもらうこともできる。ソーシャルディスタンスと、プライベートイベントはうまくマッチしているようだ。

米国・ニューヨークでは、体験型ダイニングのスタートアップ、レジデントがニューヨーカーの注目を集めている。

コロナ禍では、プライベートなスペースでの小規模な食事会が好まれる。ラグジュアリーさたっぷりのバルコニー、プライベート感のある屋上や庭園と、会場はいろいろ。5~7品のコース料理に、厳選されたワインをマッチングしてくれる。費用は1人当たり約250ドル(約2万6,000円)だ。

シェフは14人。比較的若手が多いとはいえ、ミシュランの星付きや、数々の賞を受賞するレストランで修業を積んだり、ヘッドシェフを務めたりしたニューヨーク料理界の強者揃いだ。

安全面では万全を期しており、食事をとる会場に入る際は検温を行い、コロナの症状がないということを宣言する書類へのサインが義務付けられている。少し厳しい気もするが、ソーシャルディスタンスをここまで徹底して行う姿勢には脱帽だ。

ミシュラン星付きレストランで、バーチャル食事会

シンガポールでは、ミシュラン2ツ星レストランがZoomを利用したイベントを開き、評判になった。主催したのは、コンテンポラリー・フレンチの老舗、サン・ピエールだ。

イベントでは、客が事前に「お弁当」を注文し、イベント当日に自宅に届けてもらう。そしてZoomにログイン。顧客が全員出揃ったところで、ヘッド・シェフのエマニュエル・ストローバントさんが登場し、参加者各々に料理の説明を行う。その後はオンラインのまま、皆で食事を楽しむというものだ。

「バーチャル・サン・ピエール」のお弁当の一例(サン・ピエールのフェイスブックより)

さすが過去20年間、舌の肥えた、地元や旅行者を満足させてきただけのことはある。「お弁当」とはいうものの、盛り付けがエレガントかつ美しく、食欲をそそる。

人々が神経質になっている他者との接触も、最も安全性が高いと考えられる、各々が自宅で食事をとるというチョイスで解決する。究極のソーシャルディスタンスといえるだろう。「この『バーチャル・サン・ピエール』のイベントはコロナがなければあり得なかった」とは、エマニュエルさんの弁だ。

香港のリッツカールトン・ホテル内のミシュラン1ツ星レストラン、トスカ・ディ・アンジェロは、シェフと接客係が客の自宅を訪れ、先に届けられていた食材を料理する。ヘッド・シェフのアンジェロ・アリアーノさんは「客は厳格な衛生基準を設け、これに沿ってスタッフが店内を清潔に保つ、信頼のおけるレストランで食事をすることが多くなるだろう」と考えている。

コロナがもたらした不況が原因で、ラグジュアリーさが売りのレストランやサービスは、客を失いかけている。だからといって収益を上げるべく、テイクアウトに適した、安価な料理を提供できるかといえば、それは難しい。その一方で客は高級料理店が持つ、しっかりとした衛生管理を評価し、信頼を寄せる。コロナと客の板挟みになっている外食産業界は、今後どのように発想転換をし、どんな方向に進んでいくのだろうか。

文:クローディアー真理
企画・編集:岡徳之(Livit