大卒必須でなくなる時代到来

「大手企業入社や国家公務員になるには、良い大学を出ないといけない」。日本だけでなく、様々な国で広く浸透する言い伝えだ。

この言い伝えの起源がいつなのか特定するのは難しいかもしれないが、大学がまだ特別だった時代に始まったものと考えられる。学問の先端や国際情勢の最新動向を知るには、大学教授や図書館に頼る以外方法がなかった時代、大卒者は知識・情報量で非大卒者に比べアドバンテージを有していたことは想像に難くない。大手企業などが「大卒」を入社資格に設けたのはそのような背景があるのだろう。

しかし、インターネットが普及した現在、上記のような情報不均衡は解消され、誰もが先端情報にアクセスできるようになった。労働市場において、大卒者が有していたかつてのようなアドバンテージはほぼ消滅したといえるだろう。

日本ではまだ「大卒主義」と呼べる慣行が根強いようだが、米国では大手企業や政府が大卒主義から脱却し、スキル重視シフトを開始、労働市場の「最適化」とも呼べる動きが興りつつある。

以前、大学に行かないZ世代が増えているとお伝えしたが、この労働市場全体のシフトも、Z世代の選択肢に影響を及ぼしていると考えられる。

労働市場の最適化と変化する大学の役割

米国ではこの数年、大学の学生ローン問題や労働スキルミスマッチ問題がミレニアル世代の大きな関心ごとになってきた。大手メディアもこれらの問題を頻繁に取り上げており、進路に迷うZ世代の関心も集めている。

こうした問題をきっかけに、大学に入ることのコストパーフォーマンスを問う声が高まり、求職者と企業側における大卒主義を見直す動きが少しずつ拡大してきたところ。グーグルやアップルなどテック大手では数年前から、大卒条件を緩和、コーディングなどのスキルを重視したリクルーティングを始めている。

そんな中で新型コロナによって経済不況が発生し、失業者が急増。その多くが非大卒者だったといわれている。

経済復興政策の1つとしてトランプ大統領が2020年6月末に発令したのが、米連邦政府職員の雇用で大卒必須条件を緩和し、スキル重視にシフトするという大統領令(exective oreder)だ。この大統領令を受け、米連邦人事管理局は6カ月以内に連邦職員雇用条件を改正するという。

200万人以上の職員を抱える米連邦政府は同国最大の雇用主。大統領令の労働市場への影響は大きなものになることが見込まれる。

今回の雇用条件改正では、すべての職における大卒要件を取り下げるのではなく、法的に大学でのトレーニングが求められる職においては、大卒要件は維持される。

スキルを重視すべき職では大卒要件をなくし、大卒要件が必要な職では維持するという「雇用の最適化」とも呼べる取り組みだ。ホワイトハウス・ウェブサイトでは、この動きを「雇用のモダナイゼーション」という言葉で表現している。

アップル、IBMもスキル重視を奨励

6月末の大統領令に続き、7月にはアップルのティム・クックCEO、IBMのジニー・ロメッティ会長、イバンカ・トランプ氏らが支援するスキル開発促進キャンペーン「Find Something New」がローンチされた。

「Find Something New」ウェブサイト

Ad Councilが実施する同キャンペーンは、求職者に継続的なスキル習得を、一方企業側には大卒要件緩和を促すもの。

ブルームバーグによると、イバンカ・トランプ氏はキャンペーン開始を伝えるウェビナーで、大学教育は依然奨励されるべきものだが、就職においては、それだけが唯一の手段ではないことを学生や求職者に伝えなくてはならないと語った。

大統領令やFind Something Newキャンペーンは、やはり労働市場の最適化が進むであろうことを示唆するもの。

医療分野などで高度な研究開発ができる人材を育成する上で大学は必要だ。一方、労働市場で求められるスキルの習得に限っていえば、大学に通う必要性は低い。

特に需要が高まっているデジタル関連スキルは、オンラインで習得可能。また大学側もそのような労働市場で求められるデジタルスキルのみを扱うマイクロディグリーコースをオンラインで提供しており、フルタイムの学生になる必要もなくなってきている。

スキル重視のスタンスを明確にする米テック大手経営者たち

影響力が大きい大手企業経営者もスキル重視を標榜しており、他の企業も追従する公算が大きい。

アップルのティム・クックCEOは、2019年3月6日の米国労働政策評議会の会合で、スキルの重要性について語っている。

ホワイトハウス・ウェブサイトに掲載されている同会議の議事録によると、クックCEOは大学で学ぶスキルと労働市場で求められるスキルがミスマッチしていると指摘した上で、アップルではすでに大卒要件を大幅に緩和しており、2018年時点の同社社員の半分近くは、非大卒者であることを明らかにしている。クックCEOは、コーディングスキルの重要性を説いている。

テスラのイーロン・マスクCEOも同氏が経営する企業への入社において、大学卒業は必須ではないことを明言している。

マスクCEOは2019年12月23日、自身のツイッターで大卒を入社条件にしないというスタンスを堅持するのかという質問に対し「Yes」と回答。

マスク氏は過去のインタビューで社員に求める重要スキルの1つとして「問題解決能力」を挙げている。

この点についても同日のツイッターで、問題解決能力とコーディングスキルを高めるために、マスク氏自身またはテスラのソフトウェアエンジニアたちが推奨する方法は何かという質問がなされた。

この質問にマスクCEOは「Write games(ゲームをつくること)」と回答している。

米大手企業や連邦政府の動きは他国にも影響を及ぼす公算が大きい。スキル重視シフトは世界的にどのように広がっていくのか、今後の展開が楽しみだ。

文:細谷元(Livit