リモートワークからノマドワークへ

数年前、日本で流行った「ノマド」という言葉。デジタル時代の新しい働き方の1つとして関心を集めたが、ここ最近話題になることは少なくなった印象だ。

しかし、新型コロナの影響で世界的にリモートワークが急増、それに伴いノマドワークに転じる人も増えてくることが見込まれている。

これまで特殊な状況と認識されてきた「リモートワーク」が一般化し、多くの人々はどこでも働けると確信し始めているからだ。

また、エストニアなどの一部の国では高度スキルを持つデジタルノマドを誘致する施策が始まっており、高度スキルノマドの獲得競争の激化も予想される。

ノマドを取り巻く環境はどのように変化しているのか、その動向を追ってみたい。

米国のノマドワーカー730万人「Geoarbitrage」で利益最大化

ノマドとは遊牧民を意味する「Nomad」から来た言葉で、「ノーマッド」と言う方がオリジナルに近い発音となる。

ノマドワーカーに厳密な定義はないが、一般的には旅をしながらリモートワークで生計を立てる人々のことを指す。

ノマドワーカーの典型的なイメージ

米企業MBO Partnersが2019年に実施したデジタルノマドに関する調査では、パンデミック前のノマド状況を概観することができる。2019年時点で米国では約730万人のデジタルノマドがいることが判明。このうち、フルタイムのノマドは61%、パートタイムのノマドは39%だった。

フルタイムとパートタイムが混在しているため、所得水準はばらついているものの、年間所得が7万5,000ドル(約790万円)以上の割合は全体の36%と低くない割合だった。また所得に関して全体の35%が「非常に満足している」、44%が「満足している」していると回答、所得水準に関わらず、ノマドワーカーの所得満足度は全体的に高いことが判明した。

所得に関する満足度が高い米国のデジタルノマド。その理由としては、都市部の裕福な企業や個人を相手に高単価なビジネスを行っていることが挙げられる。また、自身は郊外や田舎に住み、生活/ビジネスコストを下げ、利益の最大化に努めており、このことも満足度の高さにつながっているとみられる。

都市部の顧客を相手に高単価収益を得て、郊外/田舎に住みコストを下げ、利益を最大化する行動は「Geoarbitrage」と呼ばれている。土地を意味する「geo」と価格差から利ざやを稼ぐ「arbitrage」が組み合わさった造語で、英語圏ではミレニアル世代を中心に関心を集める言葉になっているようだ。

実際、上記MBO Partnersの調査によると、米国デジタルノマド全体におけるミレニアル世代の割合は59%と、団塊の世代33%、X世代(1960〜70年代生まれ)29%を大きく上回っている。

外国人の東南アジアリゾートでのノマドワーク、違法の可能性

上記の米国デジタルノマドの多くは、米国内の様々な場所に旅しつつ、リモートワークに従事する人々。国境を超えることはほとんどないという。この点、日本のノマドワーカーも同じといえるだろう。

米国は国土が広く、寒い地域から温かい地域、都市部、郊外、田舎と多様な場所が存在し、ノマドワーカーにとって選択肢は豊富だ。日本は場所の多様性に加え、島国という特性から、国内にとどまるノマドワーカーが多いと考えられる。

一方、国土が比較的狭く、様々な国どうしが隣接している欧州においては状況が異なる。特にシェンゲン圏の国々では、短期滞在に限り移動は自由となっているため、圏内を行き来するデジタルノマドは少なくないといわれている。

しかし、厳密にいうとこのようなノマドワークは違法となる。シェンゲン・ビザで認められているのは、観光・出張・訪問などの短期滞在を目的とするもの。ノマドワークは労働となるため、現地で合法的にノマドワークするためには、現地企業に雇われ就労ビザを獲得するか、現地で起業するか、または永住権を取得するなどが必要となる。

これはどの国においても当てはまる。欧米や日本から観光ビザで東南アジアに旅行しつつ、現地で働くといったノマドワーカーも多いようだが、現地の法に抵触している可能性が高い。

現時点で、合法的に安心して旅をしつつノマドワークをしようと思うと、国内にとどまる以外術がない状況といえる。

電子国家エストニアも乗り出した「ノマドビザ」の取り組み

しかし、パンデミックによるリモートワークの一般化、そしてこの先見込まれるノマドワーカーの急増を見据え、越境ノマドワークを合法化する国が少しずつ増えている。

直近では、電子国家エストニアが2020年6月に「Alien Act(外国人法)」を改正し、「デジタルノマド・ビザ」制度に向けた取り組みを本格化。最長1年間、デジタルノマドとして同国で働くことを許可するビザだ。

エストニア首都タリン

欧州メディアShengenVisaInfoが伝えたエストニア政府の声明によると、同国政府はデジタルノマド・ビザの発行を段階的に増やす計画とのこと。まずは、デジタルノマドであることを証明できる人々にビザを発行する。また将来的に、エストニアのデジタル居住者プログラム「e-residency」などと統合して、デジタルノマド・ビザの仕組みを拡大していくという。テクノロジー、金融、マーケティング分野などで高度スキルを持つデジタルノマドを求めるとのこと。

同メディアは、エストニアのほかデジタルノマド・ビザを発行している国として、ドイツ、コスタリカ、ノルウェー、メキシコ、ポルトガル、チェコを挙げている。

またタイで2018年に導入された「スマートビザ」も、敷居が高いものの、ノマドビザの類として見られている。今後も、同様のノマドビザ制度を設ける国が増えてくる公算は大きい。

パンデミックが収束し、海外への移動が再び自由になったとき、世界中のノマドワーカーたちはどこに向かうのか。その動向が気になるところだ。

文:細谷元(Livit