あらゆるデバイスやモノがインターネットに繋がり、世の中は、もはやリアルな場所も含めて常にデジタルに繋がっていることが前提となりつつある。そして、先進的な企業が提供するサービスは、その前提に基づき、デジタルを駆使して価値を最大化することを目指している——これが、今世界中で起きている、いわゆる「DX(デジタルトランスフォーメーション)」だ。

なぜ、今世界中の企業や行政がDXへ向かうのかと言えば、それは、サービスを活用する消費者が生活の質向上を求める欲求に際限がないからだと言える。人々が自身の欲求を満たしてくれるサービスに対価を支払う以上、ビジネスの原理として、これからの企業にとってDXは必須課題と言える。

“地球”にとって、DXは是か?

確かに、DXがもたらす様々な体験価値の向上(買い物にしても、サービスにしても、エンターテインメントにしても)は素晴らしい。快適さ、便利さ、楽しさなど、それらは間違いなく人々の生活の質を向上させるし、一度それを味わってしまった人々は、なかなかその生活を手放す方向へは動かないはずだ。

その証拠に、デジタル化を象徴する世界のIPトラフィックは、現在1秒間に15万ギガバイトにものぼる。ほんの30年ほど前には、1日(1秒間ではない)のトラフィックがたったの100ギガバイトだったのに、である。

さらに、データ流通量は今後2025年までに3倍になるとも予測されている。様々なコネクテッドデバイス、AI、通信システム——それらの進化に伴い、今後ますますデジタルが世界の経済を支える構図が加速する。

しかし、視点を「個人の生活」から、「地球全体」まで引き上げ、長期的にその動向を展望した場合はどうだろう?

オックスフォード大学教授のイアン・ゴールディン教授らが発表した著書「Terra Incognita:これからの100年を生き残る100の地図」では、普段利便性ばかりに目が行ってあまり語られることのないDXのダークサイドを炙り出している。

本稿では、ゴールディン教授の提言に基づいて、闇雲なDX推進を手放しに是とせず、それら負の側面についてあえて考察したい。

デジタルデバイドの加速

日本を含め、インターネット接続が“当たり前”となっている国で生活をしているとなかなか気づくことができないが、ここまで述べてきたようなデジタルエコノミーには、国別に見ると相当な貧富の差が存在する。

実は、デジタルエコノミーでの成功は、スマートフォンやワイヤレス接続数といった、表面的な要素で決まるのではない。インフラの所有権、データの所有権こそがデジタルエコノミーの鍵となる。

その観点から世界を見ると、データセンターの90%以上は北米、西欧、東アジアの裕福な国に集中している。一方で、ラテンアメリカ、アフリカには世界全体の2%未満しか存在しない。

その結果、デジタルエコノミーの配当は明らかに不均衡となる。恩恵を受けることができるのはごくごく少数の国だ。たとえば米国(35%)、中国(13%)、EU(25%)、そして日本(8%)といった具合だ。特に、GAFAを擁する米国とBATHを擁する中国においては、世界のデジタルプラットフォームにおける時価総額の90%以上を占めている。

“デジタルリッチ”な国においては、企業間の競争力も働き、ますますデジタル化が進む。それは、SDGsでも問題視される「デジタルデバイド」をさらに加速させることに直結する。

環境破壊の進行

デジタルエコノミーが膨張するのは一部の国に偏っているにもかかわらず、それは「地球温暖化」という世界規模の深刻な副作用を生み出している。

一部のテック企業では、それを懸念してサステナブルな事業活動に真剣に取り組んでいるものの、それでもなお、デジタルを軸に据える産業は、世界で最も環境を破壊するものとみなされている。

その原因を作っているのは、我々消費者でもある。常に新しいハードウェアを求める消費者に対し、企業はその需要に応えるべく、レアアースやコバルトのような希少な金属の抽出量を増やさざるを得ない。さらに、新たな需要を持続させるために、企業は新機種を小刻みに発表する。それは、まだ十分使えるにもかかわらず陳腐化したデバイスの大量廃棄へと繋がる。

もう一点、デジタルがもたらす環境への悪影響として最も懸念されていることがある。それは、インターネットサービスを利用する際の消費電力だ。一説には、それは世界の消費電力の1/10にものぼる。

世界で最も大きなデータセンターでは、1時間に100MW以上の電力を消費するが、それは米国一般家庭約80,000世帯分に相当する。世界のビットコインマイニングでは7GWの電力を消費するが、これは原子力発電所7つ分。暗号通貨を作成することによる年間の炭素排出量は2,200万トンから2,900万トンで、それはヨルダンのような小国一つ分に相当するとも言われている——現在、ありとあらゆるサービスがクラウドへと移行しているが、それは火力発電所を含む電力消費量と炭素排出量の増加を確実に加速させているのだ。

あらゆる企業や、そして消費者にもSDGsの観点が求められる

COVID-19の感染拡大は世界のデジタル化を加速させた。リモートワークによるオンラインミーティングやECサイト利用の爆発的な増加は象徴的と言えるだろう。しかし、それは同時に上記のようなDXの“ダークサイド”も浮き彫りにした。

デジタルデバイドを解消し、環境破壊の進行に歯止めをかけるのは、決して簡単なことではない。そもそも一企業だけの努力では如何ともし難い事象だ。

たとえば、デジタルエコノミーをより公平に分配するには、まず、あらゆる国で、高速大容量のインターネット通信網を地域差なく提供すること——いわゆる「ユニバーサルブロードバンド」の導入が義務付けられるべきだろう。

それだけではない。そもそもこれまでデジタルを生活や仕事で利用してこなかった人々のリテラシーを高める教育についても考慮しなくてはならない。

そして、DXを今後のビジネスの礎にしたいと考えている企業に今一番必要な視点は、「そのプロジェクトはサステナブルかどうか?」ということに尽きる。もはやデジタルなしの世界に戻ることは考えられない以上、形だけではない、真に有効なサステナブルな姿勢は、あらゆる企業や団体に求められるだろう。

実際、デジタルエコノミーのトップランナーは、環境への取り組みを、企業のメッセージとして全面的に打ち出している。

たとえば、Appleは2030年までにすべての製品をカーボンニュートラルにすることを宣言しているし、Amazonも2025年までの再生可能エネルギー電力比率100%到達と2040年までの炭素ゼロ化100%達成を宣言している。

リテラシーの高い消費者は、その姿勢を必ず見ている。プロダクトのスペックやクオリティだけでは差別化しづらい時代だからこそ、「サステナブルかどうか」は、消費者から選ばれるブランドになるための重要な一要素なのだ。そして、同時に消費者側も、その観点を持ってブランドを選ぶ姿勢が求められる時代だと言えるだろう。

文:池有生
企画・編集:岡徳之(Livit