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パンデミックがもたらしたYouTubeの変化
パンデミックをきっかけに視聴者数・視聴時間ともに増加しているYouTube。CNN(4月24日)が伝えたニールセンの調査によると、2020年4月1週目、YouTubeの視聴時間は320億分となり、前年同期の150億分から2倍以上増加したという。
一方、インドメディアBusiness Standardが伝えた調査会社Mindshare Indiaのデータ(2020年4月)によると、同国ではパンデミックをきっかけにYouTubeの登録者数が20%増加。これに伴い、2020年第1四半期の視聴回数は3,000億回と前期比で13%増、前年同期比で11%の増加となった。
YouTubeは、世界的に40〜60代の利用者の増加が顕著になっており、もはや若い世代のみのソーシャルメディアではなくなったといわれている。今回のパンデミックをきっかけにした視聴者・視聴数の増加、またそれに伴うトレンドから、年齢に関係ない人間の普遍的なニーズをあぶり出すことができるかもしれない。
YouTubeがこのほど発表した英語レポート「Watching The Pandemic」は、パンデミック下のYouTubeトレンドを文化人類学者が構築した人間のニーズモデルから解読しようと試みたもの。年齢・国籍・人種に関係なく、人間はどのようなニーズを持っているのか、膨大なデータから興味深いインサイトを与えてくれる。
文化人類学者らが考案した欲求モデル、マズローモデルにはない視点
「Watching The Pandemic」で、YouTubeが用いた欲求モデルは、消費者研究企業Kresnicka Research & Insight社(KR&I)が考案したもので、「KR&I欲求モデル」と呼ばれている。
スタンフォード大学、UCLA、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンなど米英の有名大学を卒業した研究者らで構成される同社研究チームが数カ月に渡り実施した大規模な研究によって構築されたモデルだ。
KR&Iモデルは「Identity(アイデンティティ)」「Self-Care(セルフケア)」「Social Connection(社会的つながり)」の3つの要素から成り立っている。たとえば、セルフケアニーズは、人々が健康食を選んだり、ヨガをしたりすることを説明する要素。
ニーズに関して、世間では「マズローの欲求5段階モデル」が有名だろう。KR&Iモデルは、ヒエラルキー(段階)がないという点でマズローモデルと大きく異なっている。
マズローモデルは、人間の欲求には5段階あり、各段階の欲求が満たされると、次の欲求を満たそうとする心理・行動を表すもの。第1段階は食事や睡眠などの「生理的欲求」、これに第2段階「安全欲求」、第3段階「社会的欲求」、第4段階「承認欲求」、第5段階「自己実現」と続く。
各段階の欲求が満たされると、次の段階に進むというヒエラルキー構図。シンプルで分かりやすく、様々なモデルが構築されては消えていく中で、何十年も生き残っている稀な存在だ。しかし、KR&Iの研究者らは、同モデルでは人間心理・行動の複雑性を説明することが難しいと指摘、その複雑性を考慮したモデルが必要だと主張する。
ヒエラルキー構造がないという点に加え、KR&Iモデルでは要素が一部重複する点もマズローモデルと異なる。各要素は完全に分かれるものではなく、重複する場合もあるということ。
たとえば、YouTubeヨガ動画の視聴者の場合、マズローモデルではその行動は第5段階の「自己実現」から説明されるかもしれない。しかし実際は第3段階の「社会的欲求」や第4段階の「承認欲求」なども含まれる。階層に関係なく、重複したものとして捉えることができるKR&Iモデルの方がうまく説明できる。
KR&I欲求モデルで見るパンデミック下のYouTubeトレンド
YouTubeのレポート「Watching The Pandemic」は、どのようにKR&IモデルによるYouTubeトレンド分析を行っているのか。
まず「セルフケア」について。心身の健康状態を維持・向上したいというニーズはヨガ、瞑想ガイダンス、自然音、自宅で運動などの動画トレンドにあらわれているという。
「Yoga with Adriene」は現在822万人のフォロワーを持つ世界的人気のヨガチャンネル。もともと人気が高かったチャンネルだが、パンデミック下に登録者を大幅に増やしている。2019年10月頃、フォロワー数は550万人だった。2020年1月末時点では600万人と3カ月で50万人増加。しかし、世界各地でロックダウンが始まった3月末頃から増加率は急騰し、5月末には約760万人とロックダウン期間の2カ月で160万人もフォロワーが増えているのだ。
自然音やリラクゼーション動画の人気上昇も「セルフケア」ニーズを示すもの。同レポートによると、米国のDream Soundsチャンネルの自然音動画は3月からの数カ月だけで200万回以上再生されたという。日本でもYatsugatake21_4K_Japanチャンネルの長野県・上高地の自然動画が230万回以上再生、このほか「森の音」や「海の音」関連動画の人気が高まっている。
「社会的つながり」はどうか。
このニーズを最も色濃く反映するトレンドが「With Me」動画だろう。特に学校閉鎖やオンライン移行の影響を受けた世界各地の学生の間で「Study with Me」動画が以前にも増して人気となっている。英キングス・カレッジ・ロンドンの医学部生ナシル・カルマ氏のチャンネルで2020年4月2日に公開した7時間のstudy with me動画の再生回数は130万回に達している。
KR&Iモデルの各要素が重複するという点を踏まえると、Study With Meは「アイデンティティ」要素からも説明できる。
アイデンティティは、消費者が今の自分を確認するため、また将来なりたい自分を想像し起こす行動を説明する要素。YouTubeを通じて、新しいスキルや知識の習得を促進させようとする行動は、アイデンティティニーズから発生するものとも考えることができる。
Study with Meに関連して「Study Music」や「Study Ambient」関連動画の人気も高く、これらもアイデンティティ要素から説明できる。自宅で勉強を強いられる学生や在宅勤務の社会人が作業用として、また仕事・勉強効率を高めるために視聴しているようだ。
「Watching The Pandemic」レポートは「Cooking」「Gardening」「How to Cut Hair」の動画を挙げ、これらがアイデンティティニーズをあらわすものだと説明している。
消費者トレンドだけでなく、人間の普遍的ニーズも知ることができるYouTubeトレンド。社会学系の研究対象として、今後一層注目されることになるかもしれない。
[文] 細谷元(Livit)