既に鎮火済み?ナイナイ岡村氏の発言

「コロナ禍」の裾野が広くて驚く。今年4月、長寿ラジオ番組「オールナイトニッポン」を担当するお笑い芸人の岡村隆史氏が、コロナ禍で「美人さん」が生活が苦しくなり、お金を稼ぐために風俗業界に流入してくるのが楽しみ、という旨のコメントをして大炎上した。

オランダの田舎でこの一件を生ぬるい目で見守っていた筆者は、発言から2か月近くが経過した先日、ご本人が相方の矢部氏に冗談めかした「公開説教返し」をしたことをネットニュースで知って、炎上の終焉と理解した次第だが、どうだろうか。

「言葉狩り」で終われない背景

人類の歴史上もっとも古く、現在も世界でない国はないといえる職業としての売春は、一方で多くの国で違法とされている。

今回の同氏の発言が強い反応を産んだ背景にも、多くの国が抱える性産業に対するスタンスの曖昧さや、そのひずみに生じる矛盾、また同氏が言及したような「生活が苦しくて仕方なく性産業で働くケース」が実際に多く存在すること、ひいてはその原因となることもある根強いジェンダー不平等などに対して私たちの多くが漫然と抱いていた苛立ちがあったのではないかと思う。

「売春違法」の難しさ

日本にも性産業従事者が常時30万人程度いるとされているが、彼女ら・彼らの多くもまた、日々法の網目の隙間で、公的な保護を受けられない労働に身をさらしている。結果としてトラブルに巻き込まれていても、社会の認識としては「自業自得」という感が強い。

同じく売春が違法な国でも、例えばフランスなどは現在一般的に「フィンランド方式」とも呼ばれる「買春防止法」を採用。発覚した場合は対価を払ってサービスを受けた側だけが罰せられ、いわゆる売春者は被害者として保護される。もっともこれは大っぴらな売春を禁止した結果、同国の8割以上の売春者が違法な人身売買などによってフランスに来た外国人になってしまったり、客からの暴力の被害が増加したりといった経緯を踏まえてのものだ。

扱いが難しい売買春の問題(画像:unsplash)

違法化すればビジネスが地下に潜る、合法化は社会が容認する姿勢を見せることになるだけに難しい。社会における売買春の立ち位置は一筋縄ではいかないだけに、「表向き違法だが容認」が世界の主流というおかしな実情がうまれている。

特に日本文化においては、提供内容と報酬をはっきりとさせた上での契約、という枠に収まらない「サービス」が好まれる傾向がある。1990年代に日本でセクシーダンサーとして夜の街を彩ったオランダ人のAnoek de Groot氏は、日本での体験を綴ったドキュメンタリー本出版時のインタビューで「売春もしましたか?」と問われ、

「日本の夜の街において、売春と自由恋愛の境界、またどこまでの行為をするのかという取り決めは非常に曖昧です。たまに自分自身、お金のためのお付き合いなのか、好きで付き合っているのか分からなくなりました」と語っている。そこに搾取が介入する隙はいくらでもあるだろう。

Anouk de Groot氏著作『Nachtwild (night wild)』

売春合法の国、オランダのケース

一方、全く別のアプローチをとるのがオランダ。2000年に売春を完全に合法化してサービス業として認可し、性産業を法の網の範囲内に置くことで安全性を管理するというスタンスをとった。

現在、オランダ全土で2~3万人いると推算されている売春者は、公的には個人事業主として商工会議所に登録するか、従業員として雇用されることで売春の許可を得ている。ただし搾取と人身売買を防止するため、売春の強制やヒモ行為は犯罪だ。売春者のための労働条件や人身売買に関する相談窓口があり、自治体ごとに「脱出プログラム」も用意され、売春を止めて他の職に就きたい人は相談の上研修などを受けられる。

現在、中央政府は売春に関する法案の改正に着手している。現時点で自治体ごと・サービス内容ごとの登録制であるセックスワークの営業許可を中央政府一括のライセンス制に切り替える、最低年齢を現在の18歳から21歳に引き上げる、事業主は固定電話と固定住所の所持や人身売買に関係する犯罪歴がないことなどの条件を満たすことが必要になる、などが主な内容だ。

一応違法であったことが全く機能しなかった歴史を踏まえて、自身の意思で性行為によって経済的利益を得ようとする者だけが売春者としての仕事を得ること、また彼らに安全な職場環境を整えることに特化し、搾取・強制に対する罰則をさらに厳格化する方向性を示している。

平均的オランダ人の「売春観」

ところで筆者はオランダ人の現夫と付き合い始めの頃、売春に対する見方を巡ってけっこうな喧嘩をした。東京都内のちょっとした夜の街を歩いている時に見た、路上でぽつんと客引きをしている高齢の売春者に彼はショックを隠せぬ様子で、

「どうして日本みたいな性風俗が盛んな先進国が、セックスワーカーをちゃんと法で保護しないの。どこの国にでも絶対あるれっきとした職業だし、心身にリスクの高い労働でしょ?内容的に職場からの保険や健診だって絶対必要だし、必要経費だってかさむはず。性サービスなんて安くないんだから合法化して税金をおさめれば社会的地位も向上するし税収もばかにできない額になるのに、違法にしておく意味が分からない」

と怒った。

今も昔もバリバリの日本人な上に当時今よりもっと不勉強だった筆者は、

「いやだってセックスをお金で売買するって道徳的にグレーな上に、従事者の人権的にもスレスレなことをことをわざわざ合法化するか?現状はともあれ一応違法にして、社会が『売買春はダメ』っていう姿勢を示しておくことにある程度抑止力ない?そもそも売春が普通の仕事になってしまったら、例えば職安で『いけない痴女クラブ鶯谷店のお仕事に募集があります』とか普通に紹介されちゃうんだよ?君はそれを受けるんか?」

と学級委員のような意見を述べ、この時点ではさっぱり平行線だった。

筆者の考えが揺らぎ始めたのは、それから数年後オランダに旅行に来た時だった。有名なアムステルダムの「飾り窓地区」を、好奇心でちょっと見てみたい、でも冷やかしで見に行くのも悪い気が…と迷っている私に、彼が「なにが悪いの?自分の意志でその職業についている大人だよ?見たいなら見ようよ」と言い捨てて、ずんずん歩いて行った。

「なんだと!好きで売春を選ぶ女などいるか!コラ待て!」と「仕方なく」ついて行った筆者は、ちょっと想像と違う光景を目にした。

観光客でごった返していた、オーバーツーリズム時代の赤線地域(画像:unsplash)

まず昼間から強面のボディガードがウロウロしている。ツアー客は行儀よく並んで見学し、窓の中のセックスワーカーたちに会釈している。当時一般化しつつあったSNSの影響で「撮影お断り」の張り紙が至る所にあり、彼女らに向かってカメラやスマホをかざした観光客はボディガードや周りの人に「プライバシーを尊重しろ!」と怒られている。

なにより健康的で成熟した雰囲気のセックスワーカーが窓の向こうで堂々とポーズを取り、セクシーな下着姿で客になりそうな男性客には「妖艶」を絵にかいたような微笑みを投げかけてアピールし、サービスを求めてドアをたたいた客と内容と値段をきっぱりと話し合い、合意を得た上で「じゃ、どうぞ」と窓の中へ誘う姿には、プライドを持って身の安全のもとにサービスを提供している職業者、という印象を受けた。

もちろん「自分の意志でその職業についている」という部分には異論もあるだろう。「自分でこの職を選んだ」と言っているセックスワーカーのうち、「他に選択肢がない」と感じている人や、自尊心に問題のある人は決して少なくないという指摘も多い。しかし社会的に職業として認知されていることで守られる安全とプライドは大きそうだと、目から鱗な気分であった。

彼らの抱える問題と「コロナ禍」

もちろん彼女たちもある程度、他の国の性労働者と同様の問題を抱えている。ある推算によると現在オランダの性労働者の70%以上が東ヨーロッパやスリナム、アジアといった外国籍で、その中にはいわゆる不法滞在にあたる者も少なからずいる。政府が対策を急いでいる人身売買の被害者はいまだ年間1,000~7,000人ともいわれ、社会的なハラスメント被害に遭った経験のあるセックスワーカーは全体の93%という調査も。

社会からの圧力も強まっている。昨年はクリスチャンの若者の団体による、主にフェミニズムの立場による買春犯罪化運動がSNSで広がりを見せ、6年かけて4万人以上の署名を集めたことが話題になった。

そもそも国内最大の赤線地帯を擁するアムステルダム市は、数年前から始めたオーバーツーリズム(観光客の過剰な増加により地元コミュニティに様々な問題が生じる現象)対策の一環として、飾り窓地区の抜本的なリフォームを検討してきた。500年以上街の混雑とマナーの悪化の原因となってきた買春客たちの脚を遠ざけようと鉈を振るっていたのは、フェミニズムにも造詣の深い市700年の歴史の中で初の女性市長だ。

そこにこの「コロナ禍」。3月に中央政府から出された不要不急のサービス業の一時停止命令で壊滅的なダメージを受けた赤線地域では、政府はこれを機にそのままビジネスを解体に持ち込もうとしているのではという懸念も持たれている。中央政府は性産業は不要不急でないこと、サービスが密室で行われること、身体接触が濃厚であることを理由に、3月から続く業務停止命令を少なくとも8月いっぱいまで継続する意向を示していた(最新の発表により7月1日より再開が決定) が、マッサージや美容サロンなどの他の身体接触を伴うサービスは6月から解禁されている。

中央政府はフリーランスを含みコロナウイルスの流行により損益を被った事業者への補償を行っているが、彼らの中にはそもそもプライバシーの問題(親族や知人に知られる、公的サービスにおいて差別を受けるなど)で実際の仕事内容を申告していないため申請を出せない者も多く、給付を得られたとしても元来の仕事で得ていた報酬には遠く及ばないので、 休業期間中にやむを得ず他の違法な仕事に従事した者も多かったという 。

そしてもちろん、この状況下でも生活費を稼がなければならない 、いわゆる「 闇営業」が横行しているともいわれている。

セックスワーカーのための労働組合

そんな現状に立ち向かい、「マスクと手袋着用、対面体位でのサービスなし」の条件で即時営業再開許可を求めているのが、アムステルダムに拠点を置くセックスワーカーの労働組合「PROUD」だ。

PROUD公式サイトより

2015年設立の同組合は、ほぼ100%が(元)セックスワーカーのスタッフで組織されており、セックス/エロに関連する分野の労働者なら誰でも利用することができる。

「sexwork=work(性職は立派な職業です)」をスローガンに、デモ活動や政府への請願、メディアへの露出などでセックスワーカーの社会的認知・地位向上を目指すほか、顧問弁護士・税理士との協働により、性労働にまつわる法律・税制・プライバシー・業務・警察、経済的差別(セックスワーカーであることが住宅や保険の購入時に不利になるケースがある)などの問題を相談できる窓口を運営している。また、セックスワーカーを対象にオランダ全土で法律と権利に関するワークショップを開催すると同時に、当事者からの求めを聞き取るフィールドワークを続けている。

このコロナ禍の最中にも、メンバーの一人がクラウドファンディングを立ち上げ、集まった4,400ユーロで当座の生活必需品を仕入れ、一人40ユーロ分ずつ生活が行き詰っているセックスワーカーたちに配布した。

代表の一人であるFoxxy Angel氏(源氏名)は、先述の政府による改正案に反対だ。「いかなる形の性労働の違法化・規制強化も、私たち性労働者にとって悪影響を及ぼします」と、違法化された性サービスは地下に潜るだけとの見方を示し、売買春にまつわるあらゆる問題は規制や処罰によってではなく、性労働の職業としての社会的地位向上と当事者の人権の保護、問題が起きた時に相談できる窓口の敷居を下げることによってしか解決しないと主張している。

日本でも性労働従事者の地位向上の取り組み

PROUDはまた、セックスワーカーの健康と人権を守るためのグローバルネットワーク、nswpのメンバーとして世界のセックスワーカー組合と連携を取っている。

日本でこのネットワークに加入しているのは、セックスワーカーの権利と健康、社会的地位向上のための活動を多方面に行っているSWASH。いわゆる「労働組合」ではないが、セックスワーカーのための情報発信や相談業務、当事者の意識調査、国際会議参加など、国内外のセックスワーカーのサポートのためにあらゆる活動を続けている団体だ。

また、弁護士とソーシャルワーカーによる風俗業従事者のための相談窓口「風テラス」も、メディア掲載や署名活動など領域を広げている。

秘める性文化と奉仕の労働文化の日本では、たしかに今は想像しにくい。が、セックスワーカーが権利のために団結して立ち上がることができる日が近い将来くるかもしれない、というかきてほしいと、今は私も思う。

文:ステレンフェルト幸子
編集:岡徳之(Livit