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今、欧米を含む先進国は、新型コロナウイルスのパンデミック期をどうにか乗り越え、「コロナと共に生きる」新しい時代を迎えようとしている。
私が住むオランダでも6月1日から飲食店が再開し、少しずつではあるが街ににぎわいが戻ってきている。でも、コロナ前とは確実に何かが違う。
天気がよいとレストランのテラス席は満席になるが、よく見るとテーブルとテーブルの間に不自然な空きがあって、本当のところ混んでいるのか空いているのよくわからない。オシャレなレストランではカッコいい店員がおよそ似つかわしくないフェースシールドをかぶって笑顔で接客している。新たな演出か?と思ったりするが、いたって真剣な対処法なのだと気づく。
パンデミックが過ぎても新型コロナウイルス自体が去ったわけではないので、飛沫や接触が感染源である限り、人と距離をとらざるを得ない。ソーシャルライフとディスタンスの相性の悪さには溜め息しかでてこない。
外出したいけれど人との接触は極力避けたい、感染リスクを心配することなくイベントに参加したい。この無理難題を解決する新しいエンタメスタイルが3月下旬にアメリカで発生、以来欧米を中心にじわじわと増えている。その名も「Social distanced entertainment」。社会的距離を保ったエンタメとはどのようなものなのか、事例を探ってみた。
「安全なレジャー」として再発見されたドライブイン・シアター
5月7日付の『The Economist』オンライン版によると、アメリカ全土にある約6,000館の映画館ほとんどが3月以降休館を余儀なくされており、再びオープンしたとしても、アンケートに答えた25%の人が秋まで映画館には足を運ばないと言っている。そもそも、コロナ以前からネットフリックスやアマゾンプライムなどのサブスクリプション・サービスの台頭によって、若者の映画館離れが指摘されていた。
ネットフリックスはこの1~3月で新たに1,580万の会員を獲得、会員数の合計は1億8,290万に達したという(4月21日付ロイター通信より)。外出自粛や制限がかかる中、ネットフリックスは恰好な暇つぶしだったに違いない。とはいえ、映画やドラマを見続けるのも限界がある。そもそもずっと家にいること自体が苦痛になってくる。友人に会うどころか、映画館も、外食も、コンサートもダメ。外に何か楽しいことはないか。人々が目を向けたのは「ドライブイン・シアター」だった。
ドライブイン・シアターが誕生したのは1930年代のアメリカ。最盛期は1950年代後半から1960年中ごろにかけてで、アメリカ全土に約5,000のドライブイン・シアターがあったという。1957年にニューヨーク州にオープンしたJohnny All-Weather Drive-inなどは、2,500台の車が収容できる桁外れな大きさで、敷地内にはレストラン、プレイグランドも完備されていたという。
1970年以降は衰退の一途をたどっていたが、パンデミックを受け、「安全なレジャー」として再発見された。細々と経営を続けていたドライブイン・シアターでは客が急増、閑古鳥が鳴いていたダイナー(アメリカ特有の大衆レストラン)はそこに商機を見いだし、駐車場にポップアップ型のシアターを作って注文メニューを映画鑑賞中の車に運ぶサービスを展開。映画館も屋内がだめなら屋外だと駐車場にスクリーンを設置。
アメリカのみならず、イギリス、ドイツやフランスなどの欧州でも広がっており、5月にはアラブ首長国連邦のドバイ、ナイジェリアのアブジャとラゴス、8月にはオーストラリアのメルボルンと世界各国で次々とドライブイン・シアターがオープンしている。親にとってはノスタルジックなデートスポット、子どもにとっては車中の新しいイベントとして、レジャーを渇望していた家族の心を潤している。
クラクションで盛り上がる
イベント業界もまた、パンデミックのあおりをまともに受けた。今後も再開の見通しはついておらず、ワクチンが開発されるまではコロナ前のような規模で開催するのは難しいという意見もある。
『Forbes』によると、今年7月まで再開できないとすると、イベント業界のロスはアメリカだけでも120億ドル(約1兆2,815億円)にのぼるという。正視するに忍びない予測である。起死回生の策として、イベント業界もまた「ドライブイン」に飛びついた。
4月24日、デンマークのオーフスで、地元歌手Mads Langerが世界初の大規模なドライブイン・コンサートを行った。会場は500台の車が可能で、車内は最大5人まで、クラクションは鳴らさない、窓の開閉は左側だけというおよそコンサートらしくないルールが設けられたが、舞台に立つアーティストを巨大スクリーンで見ながらカーラジオで演奏を聴き、ZoomでLangerとインタラクティブにコミュニケーションをとるという画期的な試みが、世界で注目を集めた。
アメリカでも続々とドライブイン・コンサートが開かれている。『ビルボード』紙によると、3月26日にロサンジェルスのアーティストらが、ネットラジオdublabとチームを組んで、地元の公園エコー・パークでドライブイン・ギグを開催。メジャーなアーティストとしてはカントリー歌手のKeith Urbanがテネシーでサプライズ・コンサートを決行したり、Club QuarantineとしてインスタグラムにライブセッションをアップしていたDJのD・ナイスが、フロリダで行われ本格的ドライブイン・コンサート「Drive-InFieldFest」に参加。
当初は医療従事者への寄付などチャリティー要素が強かったが、最近では車一台につきチケットを販売するなど商業ベースへと移行しつつある。
コンサートのほか、レイブ・パーティもドライブインに活路を見出している。ドイツではナイトクラブのClub Indexが250台の車と共に世界初のドライブイン・レイブを開催。もちろんアルコールは禁止で車内は2人までという制限があったが、観客はDJと一緒にクラクションやヘッドライト点滅で盛り上がった。アメリカでも6月20日、フロリダでThe Road Raveというレイブが開催される。こちらの会場は500台駐車できるとのこと。
この夏は各地でドライブイン・サマーフェスティバルも企画されている。ヤンキースタジアムでは野球場でのコンサートと駐車場でのシネマ&ゲーム&フードが楽しめるUptown drive-in Experienceを行う。
オランダではBeat Parkというグループが3Dプロジェクションとレーザーライト、カーラジオによるDJライブストリーミングを合体させたイノベーティブなドライブイン・フェスを主催。現在、行政府のグリーンライトを待っている。ファッション業界も、この秋、ニューヨーク・ファッションウィーク期間中にドライブイン・ファッションイベントを計画している。
ドライブインスタイルのイベントはニューノーマルなのかギミックなのか
ドライブイン・イベントはオーディエンスにとって新しい体験になるのは間違いないが、“ニューノーマル”になるかどうかは、採算がとれるイベントに成長させられるかというところにかかっているだろう。
5月22日付『Rolling Stone』紙によると、大手プロモーターLive NationのCEOは、ドライブイン・コンサートは完璧なアプローチではないものの、ファンとアーティストを再びつなぐことができ、従業員やクルーを職場復帰させることができたのが、プロモーターとして何よりも大きいと答えている。CEOの発言は、今はペイするか否かを考える時期ではないという意味にもとれる。
競馬場などドライブイン・コンサートのロケーションの拡大をもくろむフロリダのイベントオーガナイザーは、ドライブインのポテンシャルに希望を見出しつつ、車300台が限界ではないかと考えている。それ以上になると、コンサート特有の一体感が失われ、カーラジオでライブストリームを聴いているにすぎなくなるからだ。また、ポール・マッカートニーやビリー・ジョエルのコンサートを主催したテキサス・レンジャース(野球場)も、飲食、物販が伴わなければ、車一台につき40ドルのチケットでは採算がとれないという。
ワクチンが開発されるまでのギミックでしかないのか、コンサートのひとつのスタイルとして定着していくのか。それらの問いへの的確な答えは、多分ない。今、ドライブインに注目が集まるのは、「何もしないと死にたえる」という業界の強い焦りと、人々の要求が合致しているからだろう。やり続けることで業界全体を動かすさらなるうねりや、予想もしない展開が生まれるかもしれない。逆境はヒトを賢くする。
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)