さまざまなことが想像もできないような規模とスピードで進む中国。「結婚」を取り巻く状況もいま急速に変化している。
2016年、中国国内で結婚したカップルは1,133万組に上る。絶対値では大きな数字に見えるが、実際は下降トレンドの真っ只中なのだ。
1,347万組(前年比1.8%増)を記録した2013年をピークとし、2014年に1,306万組(前年比3%減)、2015年に1,225万組(前年比6.3%減)、そして2016年に1,133万組(前年比7.5%減)と減少率を加速させながら、着実に数を減らしている。
一方、離婚数は2013年に約350万組、2015年に390万組、2016年に416万と右肩上がりだ。離婚の多くは「80後」と呼ばれる1980年代生まれのミレニアル世代カップルが中心といわれている。
これにともない同年における結婚数に対する離婚数の比率は、2013年26%、2015年32%、2016年37%と計算される。サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙(SCMP)が人口動態専門家の話として伝えたところでは、この比率は1970年代には2%しかなったという。1990年代は14%に上昇している。
これらの数字から中国の結婚を取り巻く状況が大きく変化していることが読み取れる。いったい中国で何が起こっているのか。若い世代の結婚観を変える要因に迫ってみたい。
古い価値観へのカウンター、若い女性の独自価値観
結婚減少・離婚増加を促進している要因はさまざまあると考えられるが、女性の価値観変化が大きく影響していると指摘する現地メディアは多い。
特に都市部に住んでいる女性は親世代と大きく異なった結婚観を持ち始めており、このことが結婚減少につながっているようだ。
都市部に住む女性の特徴として、高学歴化、高収入化、キャリア志向の高まりが挙げられる。
中国では古くから儒教をベースとする価値観が醸成されており、いまでも農村部では強い影響を持っているといわれている。
儒教では「家」「家族」「一族」「親子関係」が重要と考えられている。家を継ぐのは男で、女性は嫁いでくると夫に従うべきという規範があるという。このため主体的に考え・行動する女性は好まれず、女性は男性と同様の教育を受ける機会を持ってなかったいわれている。また、好きな男性と自由に恋愛することもままならなかったようだ。
教育を受けられないことで、十分な収入を得る職に就くことができず、結婚という選択肢を取らざるを得ない状況に直面した女性が多かったと推測できる。
しかし都市化が進んだいま、この状況も大きく変わりつつある。高学歴・高収入化が進み、男性に依存せずとも生活できる女性が増えている。また、キャリア志向の高まりに加え、欧米の価値観に触れることが多くなった若いの女性の間では、家に入り、夫やその家族の世話に専念するという古い価値観に囚われたくないという考えも広がっているようだ。
この現象は2018年2月に出版された書籍『Leftover in China: The Women Shaping the World’s Next Superpower』でも詳しく述べられている。
同著で紹介された北京在住、28歳独身の中国人女性は地元ハルビンに帰郷する度に、高校を卒業し地元に残った友人はみな結婚し、子どもを産んだと家族から聞かされるのだという。しかし、この女性は、そのような友人たちの人生がすべて夫とその家族、そして子どもたちへの世話で消えていく運命だと一蹴し、そんな人生はまっぴらと主張している。
また別の女性の事例では、高学歴女性の中国国内でのパートナー探しの困難さを示している。
イェール大学を卒業し、ニューヨーク・マンハッタンの弁護士事務所で働いた後、北京に戻った女性がいる。頭脳明晰でフレンドリーな性格を持つ彼女だが、家族が紹介する男性にはまったく興味がわかないという。なぜなら、彼女が求めているのはカジュアルなデートだが、男性側が求めているのは妻になるおとなしくて主張しない女性で、常に結婚と出産が大前提にあるからという。
こうした事例は、農村部だけでなく、都市部の男性の間でも儒教的な考えが依然として根強いことを示している。
またSCMPが伝えた、女性フォトグラファーの上海「結婚市場」潜入取材でも都市部での儒教的価値観の根強さを伝えている。
結婚市場とは、成人しても結婚できない子どもを憂いその親が公園に出向き、見合い相手を探す市場のことで、いま各都市の公園で見られる社会現象になっている。結婚市場では、親が子どもの学歴や所有資産を書いた紙を提示し、マッチングする相手を探し出すのだ。
34歳の女性フォトグラファー、グオ・イングアンさんは自身が結婚相手を探すふりをして、上海の結婚市場に潜入。彼女は英国の大学で修士号を取得した高学歴女性だ。
潜入取材では、息子の結婚相手を探す多くの親がグオさんに興味を示したが、彼女の年齢と学歴を知ると、とたんにきびすを返す親が続出。また学歴に関して、「女性が修士号を取得する意味がどこにあるのか。学士号でも十分すぎる。古いことわざにもあるように女性の徳とは平凡でいることにある」と言い放った人もいた。
グオさんは2年かけて10回以上結婚市場に足を運び、そこで写真と動画を撮影。男女、世代、農村・都市部の間で見られる価値観の相違を中国社会に問いかける形で、自身のウェブサイトで写真と動画を公開した。
グオさんは英国留学時代に自由に考え・行動する多くの女性に出会い、中国の古い価値観に挑戦する勇気と自信を得たという。それが写真と動画という作品になり、ソーシャルメディアを通じて、同じ考えを持つ多くの女性の共感を得たようだ。
このような女性の間で起こる価値観の変化は、結婚数の低下だけでなく、離婚数の増加にもつながっていると考えられる。
SCMPが伝えた最高人民法院(最高裁に相当)の調査によると、2017年には140万件の離婚訴訟があった(2013年は約69万件)が、そのうち73%が女性による訴えだったことが判明したのだ。もっとも多い離婚理由は「性格の不一致」(77%)で、そのほか「家庭内暴力」(15%)や「不倫」などが主な理由とされる。
中国ではこれまで離婚は社会的なタブーとされてきた。特に農村部では離婚したことによって自身や家族の社会的地位が脅かされるとして、女性は耐えるしかなかったようだ。しかし、都市部ではすでに離婚に対する考えが変わり始めており、声を上げ行動する女性が増えてきている。
中国政府は少子高齢化を加速する危機的な状況と見ており、結婚増・離婚減に向けた対策を立ているようだが、効果があるのかは不明だ。なぜなら、結婚・離婚の状況を悪化させたと考えられる女性の価値観の変化に切り込めていないようだからだ。
ウェスタン・オーストラリア大学の政治社会学者ユ・タオ教授がSCMPの取材に対して、中国政府のリーダーたちはこの状況を改善するために「儒教的なイデオロギー」により強く回帰していると指摘している。
2030年頃をピークとして中国の人口減少は加速していくと予想されているが、結婚・離婚を取り巻く現状を見ていると、この予測はかなり実現可能性が高いのではないかと思えてくる。
文:細谷元(Livit)