人口約130万人のエストニアに人口13億人を超える中国が急接近している。
中国の狙いはEU加盟国であるエストニアを介して欧州市場へのスムーズなアクセスを得ることだ。また輸出入手続きを効率化できるデジタル技術の活用も視野に入れている。
中国が掲げる「一帯一路」はアジアと欧州、アフリカを陸路と海路で結び、そこに巨大経済圏を生み出そうという野心的な構想であるが、エストニアは欧州へのゲートウェイとして中国にとって必要不可欠な存在になっている。
今回は、中国とエストニアの関係緊密化を示す最近の取り組みを紹介しながら、両国にとって関係強化のメリットはどこにあるのか、それぞれの視点から探ってみたい。
緊密化するエストニアと中国の関係
エストニアと中国。これまであまり目にすることのなかった組み合わせだが、中国の「一帯一路」構想が本格化するなかで、目にする頻度は増えていくかもしれない。
中国にとってはエストニアを通じた欧州市場へのアクセスとデジタルテクノロジーの活用、エストニアにとっては「一帯一路」構想における欧州側の物流ハブとして得られる経済的恩恵が、両国の関係強化の動機になっている。
2017年11月に行われたエストニアのユリ・ラタス首相と中国の李克強首相の会談では、ラタス首相がエストニアが自国鉄道網を生かして域内Eコマース配送センターとしての役割を果たせると強調。「一帯一路」構想が実現すると、中国ー欧州間のモノの移動が爆発的に増えることが予想されるが、それをエストニアの強みであるデジタル管理システムを活用し低コストかつ高効率で処理できることをアピールしたのだ。
Eコマース・ハブとしてエストニアのポテンシャルの高さは、中国Eコマース大手アリババが同国に物流センターを開設することを検討しているという事実からもうかがうことができる。ユーラシア圏ではロシアとスペインに多くの利用者を抱えるアリババは、現在数十日かかっているという配達時間を72時間まで縮めたい考えだ。これを実現するためにエストニア・タリン空港に域内に対応する物流ハブを開設することを検討しているという。
一方、中国の物流企業SFエクスプレスはエストニアの郵便会社Eesti Postと国際物流の合弁事業「Post11」を立ち上げ、運営している。ロシアではすでにEコマース物流市場の10%を占めており、中国企業の欧州・ユーラシア展開におけるエストニアの重要性を示す事例といえるだろう。
エストニアのデジタル物流ハブとしての重要性は、中国が「一帯一路」構想に付随して計画している「大陸横断・高速鉄道」プロジェクトを鑑みるとよりいっそう明確になってくる。
現在すでに中国から欧州に伸びる大陸横断鉄道(総延長は1万2000キロ)は存在し、衣服や日用雑貨を積んだ貨物列車が行き交っている。しかし、中国から欧州への所要日数は2週間もかかってしまうのだ。
この日数を2日までに短縮できる大陸横断・高速鉄道プロジェクトが中国、ロシア、カザフスタンを中心に進行している。
「EurAsia Land Bridge」と呼ばれる鉄道網で、中国からロシアとカザフスタンを抜けて欧州に至るルートだ。ユーラシア・ビジネス・ブリーフィングによると、中国はすでに70億ドル(約7,500億円)を投じることに合意したという。また、シーメンスやドイツ銀行などが参画するドイツのコンソーシアムも30億ドル以上を投じたようだ。20年かかる壮大なプロジェクトで、建設は2018年から開始され、時速300キロの高速列車で運行される予定だ。
一方、中国は次世代高速列車を開発しているといわれており、完成すれば旅客列車であれば時速500キロ、貨物列車であれば時速250キロでの運行が可能になるという。中国ー欧州間を1万2,000キロとすると、単純計算で旅客列車は24時間、貨物列車は48時間で到着できることになる。
ここまで時間短縮できると、中国ー欧州間のモノの移動に大きな変化が生まれると考えられる。
たとえば、海鮮、フルーツ、野菜、乳製品など鮮度が重要な食材の輸出入が増える可能性がある。これまでは空輸で対応していた分野だ。空輸コストは最終消費者価格を押し上げる要因だが、陸路で大量に運べるようになるとそのコストは下がり、消費を促進させる効果が期待できる。
中国では中間層・富裕層の台頭が顕著になっているが、これらの層は多少高くても健康的で安全な食品を選ぶ傾向が強いといわれている。欧州はオーガニック食品市場が世界のなかでもいち早く立ち上がり拡大している地域。中国の中間層・富裕層のニーズと親和性が高いといえるのではないだろうか。
このほか欧州から中国へは、ワインなどの嗜好品や医療品など迅速なデリバリーが必要な分野の輸出が増加する可能性がある。
中国から欧州へは、中国の工場でつくったアパレル製品やスマートフォン/タブレッの迅速デリバリーを容易にすることも考えられるだろう。欧州市場で、最新のファッションラインやガジェットが店頭から消えるということは見かけなくなるかもしれない。
このように高速鉄道が完成すると、行き交うモノが激増し、輸出入手続きの時間・コストが大幅に増える可能性がある。中国はこの問題の解決を電子国家エストニアのデジタル管理システムに見出そうとしているのだ。
政府・民間で、エストニアの「一帯一路」参画
こうしたエストニアと中国の緊密化は政府間の取り組みにも明確に出始めている。
2017年11月末、エストニアと中国の間で経済協力関係に関わる3つの協定が締結された。その3つとは「シルクロード・イニシアチブ覚書」「デジタル・シルクロード合意書」「Eコマース合意書」だ。
協定名からも、両国がどの分野で協力関係を強化しようとしているのかは明白だ。
上記で説明した物流に関する協力は「デジタル・シルクロード合意書」と「Eコマース合意書」に盛り込まれているようだ。
「デジタル・シルクロード合意書」にはEコマース・エコシステムの構築、テクノロジー情報の交換、物流連携の強化などが含まれ、「Eコマース合意書」にはEコマースにおける共通手続きの構築、起業家へのEコマース奨励などが含まれている。
これら一連の協定からも中国が「一帯一路」構想を進める上で、エストニアに大きな期待を寄せていることが見て取ることができるはずだ。
協定に即してすでにいくつかの動きがある。エストニアの物流企業GTSエクスプレスの鉄道子会社が中国の鉄道企業と提携。2018年6月から中国中部の西安市からから出発した列車の貨物をエストニアのムーガ港で受け取ることを開始する。
また、2018年4月、エストニア・タリンにあるバルト地域最大のテックパーク「Science Park Tehnopol」と中国でもっとも歴史のあるテックパーク「Haidan Science Park」が協力関係を強化することを発表。
Science Park Tehnopolにはスカイプやサイバーネティカなどの有力テクノロジー企業が拠点を構えている一方、Haidan Science Parkは北京大学など中国の有力研究機関との強いネットワークを持っている。電子行政システムやサイバーセキュリティに強みを持つエストニアと人工知能やロボティクスに強みを持つ中国がそれぞれの強みを生かし協力関係を強化することであり、「一帯一路」構想にどう影響するのかを含め注目される動きである。
「一帯一路」構想は壮大なプロジェクトであるが、その実現にはデジタルテクノロジーの活用が欠かせないといえる。アジア、欧州、アフリカをまたぐ数十億人の巨大経済圏創出に向けて、人口130万人のエストニアがどのように関わっていくのか、今後の展開に注目していきたい。
文:細谷元(Livit)