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「人は仮想現実の世界に多くの時間を費やすことになるかもしれない」と指摘した『サピエンス全史』著者のユヴァル・ノア・ハラル氏。人工知能によって、人が担っていた作業の多くが自動化され、時間を持て余した私たちは、リアルでは得られない刺激を求め、仮想現実の世界に身を置くことになるかもしれない。
そんな未来を予見するかのように、いまソーシャルVRに注目が集まっている。Oculusを買収したFacebookはソーシャルVRサービスのβ版「Facebook Spaces」を正式に発表している。
ソーシャルVRとは、デジタル化された仮想現実のなかで、アバターを使ったコミュニケーションを楽しむVR体験を可能にする技術だ。今まではGoogle Earth等のサービスで眺めるだけだった世界の様子も、ソーシャルVRがあれば、まるで現実のように体験できるようになる。
ソーシャルVRによる仮想現実の世界と現実のギャップを無くそうと試みているのが、スイスのスタートアップMindMazeだ。同社は、脳科学の研究成果を活用した技術「ニューロテクノロジー」を応用して“表情を読み取る”システム「MASK」を発表した。
身体が不自由な患者のためのVR技術
MindMazeは、医療機関向けのVRプロダクトを提供している企業だ。提供するプロダクトは、手足の不自由な患者のためのリハビリ用に利用されており、ヨーロッパやアジアではすでに50もの病院で導入されているという。
今回、MindMazeが発表したMASKは、表情認識用の専用センサーを導入したデバイスだ。既存のVRヘッドセットと組み合わせることで、仮想現実の世界に表情をもたらしてくれる。
MASKの存在は、ソーシャルVRの体験をさらに向上させる可能性を秘めている。
現実の表情とアバターの表情を同期できる
MASKの特徴は2つだ。1つは、機械学習と生体信号処理による表情認識。顔の筋肉が動くときに発せられる電気インパルスを検出し、アバターに反映させることで、現実とアバターの表情が同期される。これは、人間の表情をスキャンしているわけでなく、表情を作り出す筋肉に流れる電気信号を読み取っている。
つまり、顔の表情に現れる前の変化を読み取っているため、表情がアバターに反映されるまでのタイムラグはほとんどなくなる。それはまさに、アバターにユーザーが「憑依」している感覚に近いかもしれない。仮想現実上で、相手の表情が読み取れれば、今まで以上に”リアル”に感じられるようになることは、容易に想像できる。
テキストコミュニケーションだけでは伝わる情報量が少ない。対面時のコミュニケーションで、人は表情からも情報を読み取っている。表情が同期されることで、仮想空間上で、相手が何を考えているのか、テキストだけでは分からない情報も分かるようになる。
もう1つがVRヘッドセットの形を選ばずに、組み合わせられる点だ。発表されたMASKは、挿入部分が軽量のパッド状になっているため、Googleの「Daydream」のようなモバイルヘッドセットから、「Oculus Rift」のようなデスクトップ向けヘッドセットまで対応する。
いまや、各社からさまざまなVRヘッドセットが登場しており、今後も新たに登場していくであろうことは予想できる。所有するVRヘッドセットによって、仮想空間上での体験が限定されるといった事態も防げる。
ソーシャルVRがさらに進化する
MASKは、VR空間で個人で没入体験をしているだけでは十分に活かしきれない。MASKとソーシャルVRサービスを組み合わせれば、仮想空間上で行われる体験もさらなる向上が期待できるだろう。仮想現実上で相手の表情が確認できるようになれば、現実世界と同様、相手の反応を見ながらのコミュニケーションが可能になる。
VR技術は視覚や聴覚が中心に開発が進んできたが、最近では皮膚感覚フィードバックを得るための触覚技術も開発が進んでいる。触る感覚までVRで再現できる日も遠くはない。
表情が同期され、視覚、聴覚、触覚等も再現できるようになれば、いよいよ現実と仮想現実の区別がつかなくなる日も近い。
ハラル氏が指摘した通り、仮想現実の世界に大半の時間を費やす未来は、テクノロジーの進化によって夢物語ではなくなってきている。そうなれば、MindMazeが開発している手足の不自由な患者のためのVRソリューションもより充実したものになりそうだ。
img : MASK