さまざまなビジネスにおいて、売るだけに留まらない継続的な顧客との関係が求められている。改めて、評価を集めているのがコミュニティの力だ。

このコミュニティの力を15年以上も前から評価し、ビジネスに取り入れているのがAppleが展開する「Apple Store」だ。

コミュニティと一言でいっても形や役割はさまざまだ。Apple Storeの場合ではユーザーと店舗、ユーザーと製品が継続的な関係性を築き、再び来店してもらう、再び購入してもらうためのものとして機能してきた。

Appleはコミュニティにさらに力を入れるべく、新たな一手を打った。Appleは2017年4月25日「Today at Apple」というトレーニングプログラムを開始すること発表した。「Today at Apple」では専門スタッフのほか、一部の店舗では世界トップクラスのアーティストやフォトグラファー、ミュージシャンなどを講師に迎え、さまざまなレベルの講座を開講。国内でも5月から順次開催されており、ライフスタイルフォトグラファーの福田洋昭氏や、音楽プロデューサーのVERBAL氏など多様な著名人のセッションが予定されている。

Today at Appleの発表に合わせ、Appleのリテール部門SVPアンジェラ・アーレンツ氏は以下のコメントをしている。

「すべてのApple Storeではそのコミュニティに学びの機会をつくり、インスパイアされるきっかけを提供する場でありたいという願いが根幹にあります。(中略)私たちが作ろうとしているのは現代版の公共広場です。誰もが歓迎される場所に、Appleが提供する最高のものが集まり、人と人がつながり、夢中になれる新しいものを見つけたり、個々の技能をステップアップできる、そんな場所です。参加する誰にとっても面白く、刺激のある体験になるだろうと私たちは考えています」(プレスリリースより)

同社は店舗という場と製品を中心にしたコミュニティを生み出し、参加者同士が関係性を構築したり、新たな趣味や楽しみ、可能性の発見、クリエイティビティの発揮がなされる場にしようと考えている。今回のToday at Appleは現リテール部門SVPのアーレンツ氏配下でのコミュニティ戦略において、中核を担う役割が期待される。

コミュニティによって成長してきたApple Store

近年でこそコミュニティ形成の価値が改めて注目を集めているが、Appleが製品、店舗を中心としたコミュニティに力を入れ始めたのは、最初のApple Storeを作った2001年にまで遡る。Appleが当時からコミュニティに力を入れていたことの象徴が修理サポートを担当するGenius Barであり、いまは無きOne to Oneプログラムや各種ワークショップだ。

初代リテール部門SVPとしてApple Storeの青写真を描いたロン・ジョンソン氏の肝入りの取り組みがGenius Barだ。修理サポートを行うGeniusBarには主に2つの役割が考えられる。

1つは、より便利な使い方から基本的な操作方法など、「Apple製品をもっと使えるようになりたい」と考える前向きなユーザーへの対応だ。彼らをサポートすることで、満足度やブランドへのロイヤリティは向上し、再度Apple製品を選んでもらうことにつながる。

もう1つは、製品にネガティブな印象を持つユーザーの考えを変えることだ。故障等が原因でGenius Barを訪れるユーザーは、Appleに対しネガティブな印象を抱いている。自社に対してネガティブな印象を持っている状態にあるユーザーを正しくケアし、ポジティブな感情を抱いた状態に転換させる。仮に、ユーザーがネガティブな印象をいだいた状態であっても、直接ケアすることができれば、コミュニケーションを通した問題解決によって、再度Appleへの印象をポジティブに転換するチャンスを手にしている。

これら2つの役割を担うGenius Barがあることで、ユーザーはApple Storeに行くことで、製品に関する課題が解決することを学習。再度課題が生じたときに、再訪することを考えるようになる。このループを生み出すことがGenius Barの大きな役割だろう。

Appleは店舗体験を通したロイヤリティを数値でも計測し、常に効果検証を行っている。Apple Storeは初期段階から、顧客のロイヤリティを計測するNet Promoter Score(ネット・プロモーター・スコア、以下NPS)を導入。修理サポートや購買体験を通し、顧客のロイヤリティがいかに変化し、再訪や周囲への推奨をどれほど行うかをKPIの一つに据えている。この数値を向上させるためにGenius Barは大きな役割を担っているのだ。

Genius Barに加え、Appleは会員制のマンツーマントレーニングプログラムのOne to Oneや、製品の使い方をワークショップ形式でレクチャーするワークショッププログラムを用意することで、店舗やブランド、製品に対するロイヤリティを向上させてきた。今回のToday at Appleは、One to Oneとワークショッププログラムを統合し、新たな役割として整備したものだ。

プロダクトを中心としたコミュニティが生み出すビジネスの可能性

TIMEが2016年に報じたリサーチ結果によると、Apple Storeの床面積あたりの売上高は米国で一位を獲得した。この床面積あたりの売り上げという数字は同社が2011年から度々一位を獲得し続けているものだ。無論、Apple自体の躍進が大きな後ろ盾とはなっているものの、小売業としては製品単価が高くないことや生活必需品でないことを考えると、かなり優れた結果であることは明らかだ。その一因はコミュニティによる顧客のロイヤリティの高さも担っているだろう。

現SVPのアーレンツ氏は初代SVPのジョンソン氏が考えたコミュニティ型のApple Storeの姿を踏襲しつつ、着実に前に進めようとしている。わかりやすい例が、昨年8月に変更された、Apple Storeの名称変更だ。全てのApple StoreからStoreという表記を取り、「Apple Store 表参道」といった表記を「Apple 表参道」へと変更。単純な小売店ではないことを明らかにしている。

この名称変更に続けてアーレンツ氏が行ったのが、今回のToday at Appleの導入だ。これまでのワークショップと異なり、参加者も自ら体験をしつつ講師の話に耳を傾け、時には質疑時間も設けるスタイルを採用。一方向のレクチャーではなく、自身での操作やフィードバックといったインタラクションを通して理解を深めるスタイルは、Genius Barと同様対面で行えるメリット活用した効果的なアプローチとなるだろう。

アップルによるコミュニティ型のリテールビジネスから学べる点は決して少なくない。無論、店舗といった場を中心にするものだけではないだろう。あらゆるビジネスにおいて、ユーザーとの関係性の構築は重要な課題であり、高いロイヤリティや継続的な関係性を構築するコミュニティの力は今後ますます求められていくだろう。

img: Apple