AI時代、「大学卒」より「手に職」が強い? Z世代がホワイトカラーを選ばなくなる理由
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「いい大学に入り、専門知識を身につけ、ホワイトカラーの仕事に就く」。
長い間、それは高収入や安定した雇用を得るための王道の一つと考えられてきた。しかし、AIの進化によって、その前提が揺らぎ始めている。
AIが文章を書き、資料をまとめ、コードを生成する。これまで大学で専門知識を身につけた人材が担ってきた仕事にも、AIが入り込むようになった。
一方、アメリカでは大学に通うための経済的な負担も大きい。高い学費を払って大学を卒業したとしても、その先に安定したキャリアが約束されているとは限らない。
そんななか、一部の若い世代が目を向け始めているのが、溶接や航空機整備、建設、空調設備などの「Skilled Trades(技能職)」だ。
アメリカのニュースメディアAxiosは2026年8月、AIによってホワイトカラーのキャリアが揺らぐなか、より少ない教育費負担で、安定した収入を得られ、自動化されにくい仕事として技能職を選択する若者が増えていると報じた。
AI時代のキャリア戦略は、「AIを使える人になる」だけではないのかもしれない。AIだけでは完結しにくい仕事を選ぶという、もう一つの選択肢が注目を集めている。
「大学に行けば安心」とは言えなくなった
大学へ進学する価値がなくなったわけではない。専門的な知識を学び、さまざまな人と出会い、将来の選択肢を広げられることは、今も大学の大きな価値だ。
変わり始めているのは、「大学を卒業すれば安定したキャリアに近づける」という前提である。
Axiosは、技能職への関心が高まる背景として、AIがホワイトカラー職に及ぼす影響に加え、高額な大学の学費や、卒業後にその費用に見合う収入を得られるかという若い世代の懸念を挙げている。
そして、AIの進化は、そこに新たな不確実性を加えた。大学で何を専攻すればいいのか。どのようなスキルを習得すれば、10年後も必要とされるのか。あるいは、AIを使いこなせるようになれば安心なのか。
これまでは、専門性を高めることが将来の安定につながると考えられてきた。しかし、AIの進化によって、その専門性を生かす仕事自体が変化する可能性がある。
若い世代にとって難しくなっているのは、単に就職先を選ぶことではない。「何を学べば、将来も必要とされる人材になれるのか」を予測すること自体が難しくなっていることである。
Z世代が“手に職”へ向かい始めている理由
そこで選択肢として浮上しているのが、現実のモノや設備を扱う技能職だ。
Axiosは25歳のOctavius Jackson(オクタビアス・ジャクソン)氏の事例を紹介している。ジャクソン氏は大学で2年間学んだのち、航空機の機体やエンジンの整備資格を取得するため、航空整備の専門教育機関へ進路を変えた。その判断には、AIによる影響を受けにくいキャリアを選びたいという考えもあったという。
高校卒業後、大学に進学せずに技能職に就くという選択も広がっている。
フィラデルフィアの高校、Father Judge High Schoolでは、前年に溶接コースを卒業した24人全員が、年収5万ドル以上の仕事に就いたとAxiosは報じている。同校では自動車や空調設備について学ぶプログラムも用意されている。
かつて技能職は、4年制大学を卒業して就く仕事と比べ、社会的に低く評価される傾向があった。
アメリカの職業教育関連団体Career Education Colleges and Universities(CECU)のCEO Jason Altmire(ジェイソン・アルトマイヤー)氏は、Axiosに対し、社会が4年制大学への進学を重視する一方、実践的な技能職を過小評価してきたと指摘。
そのうえで、Z世代の技能職への関心の高まりを背景に、こうした価値観が変化しつつあるとの見方を示している。
さらに技能職には、企業に雇用されるだけでなく、独立・起業するという選択肢もある。Axiosが紹介した住宅修理サービス企業Angiのデータによると、若い技能職従事者が事業を所有する割合は、4年制大学卒業者の2倍に上るという。
「手に職」は、就職するための技術であると同時に、将来自分で仕事をつくるための技術にもなり得る。
なぜAI時代に技能職が強いのか
技能職が注目される理由の一つは、仕事をする「場所」にある。AIによる自動化が進んでいるのは、文章や画像、コード、データなど、デジタル情報を扱う領域だ。
しかし、現実の仕事には、画面の中だけでは完結しないものもある。例えば、配管の設置や空調設備の修理、航空機の整備、建物の建設などだ。こうした仕事では、現場ごとに異なる状況に応じて判断し、実際に手を動かす必要がある。
米国の配管・空調設備業界の人材育成を支援するPHCC Educational Foundationの副会長 John Zink(ジョン・ジンク)氏は、AIには配管を通したり、HVAC(暖房・換気・空調)システムを設置したりすることはできないとして、こうした仕事への需要を強調している。
つまりAI時代には、デジタル技術を使いこなす能力だけでなく、現実空間の現場で状況に応じて判断し、作業を遂行できる技能も強みになるということだ。
ただし、技能職はAIによる代替や自動化の影響を受けない、と断定することもできない。
Axiosは、より高度なロボットが建設現場のレイアウト作業や精密測定など、一部の業務をすでに担えるようになっていると指摘している。また、電話対応や技術者の派遣、事務作業などの領域でAIの使用が進んでいる。
技能職もテクノロジーと無縁なのではない。現時点では、現場での中核的な作業の多くを、依然として人間が担っているという方が正確だろう。
「大学か、手に職か」の二択ではない
ここで注意したいのは、「大学へ行くより技能職を選んだ方がいい」という話ではないことだ。
大学での専門教育が適している分野もあれば、学位が必要な職業もある。一方で、技能職にも技術革新は入り込み、現在需要が高い仕事でも、将来的にはその役割や働き方が変化する可能性がある。
むしろ今回の変化が示しているのは、「安定したキャリアへのルートは一つ」という考え方が崩れ始めていることではないだろうか。
大学への進学や専門的な職業訓練、働きながらの技能習得に加え、AIの活用や技能とデジタル技術の組み合わせなど、キャリア形成の選択肢は多様化している。
だからこそ、「大学か技能職か」「ホワイトカラーかブルーカラーか」という二択に捉われず、さまざまな学び方や働き方を組み合わせることも、これからのキャリア形成における選択肢の一つとなるだろう。
重要なのは、特定の職業に安定を求めることではなく、技術の進化による仕事の変化に対応し、新たな知識やスキルを習得し続けることではないだろうか。
AI時代、「いい仕事」の条件は何か
では、キャリア形成の選択肢が多様化するなか、これからの仕事選びでは何を重視すべきなのだろうか。
これまで「安定した仕事」を考えるとき、学歴や企業名、給与といった分かりやすい指標があった。しかし、AIによって仕事の内容そのものが変化する時代には、こうした従来の指標だけで将来の安定性を判断することは難しくなっている。
そこで重要になるのは、AIに代替されにくい職業を探すことだけでなく、技術の進化によって変わり続ける仕事の価値を見極める視点だ。
自分が持つスキルは、社会のどのような需要に応えられるのか。その仕事には、人間が担うどのような価値が残るのか。そして環境が変わったときに、新しい技術を学び直せるのか。
Axiosは、Z世代の一部が「現実の世界で何かをつくり、修理し、維持する方法を身に付けていること」を、AIによる仕事の変化への一つの備えとして見ているとまとめている。
「大学へ行けば安心」という時代から、「AIを学べば安心」という時代へ移るだけでは、おそらく十分ではない。社会の需要や技術の変化を捉えながら、自らのスキルを磨き続けることが、これからのキャリア形成において重要になるだろう。
Z世代の“手に職”への関心が映し出しているのは、技能職の再評価だけではない。AI時代において、安定したキャリアを築くために何が必要なのか、その判断基準そのものが変わり始めているのかもしれない。
文:中井 千尋(Livit)