ごみ拾いで食べ物と交換──オランダ発「WasteBar」が若者を動かす、“正しさ”より効く仕組み
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「環境のために行動しましょう」。
このようなメッセージを目にする機会は、以前よりかなり増えた。マイボトルの利用や食品ロスの削減、ごみ拾い、リサイクルなど、日常生活で実践できる取り組みも広がっている。一方、その必要性を理解していても、こうした行動を継続することは容易ではない。
こうした「必要性を理解していても行動を継続できない」という課題は、環境問題に限らない。運動や健康的な食生活、家計管理、語学学習など、日常生活のさまざまな場面で見られる。重要性やメリットを理解することが、必ずしも行動の継続につながるとは限らない。
こうした課題に対して、1つの答えを示しているのが、オランダで始まった「WasteBar」という取り組みだ。
本記事では、WasteBarの事例を通して、「人を変えようとする」のではなく、「行動したくなる状況をどうつくるか」という発想の転換について考えてみたい。
ごみを集めると、食べ物や飲み物と交換できる
WasteBarは、ごみ拾いと飲食体験を組み合わせた環境イベントだ。参加者は街中でたばこの吸い殻や空き缶などのごみを拾って会場に持参し、集めたごみの種類や数に応じてフードやドリンクと交換できる。交換条件はイベントによって異なり、例えば、たばこの吸い殻20本でポッフェルチェス(オランダのミニパンケーキ)、10本でドリンクと交換できる。
ごみがフードやドリンクと交換できるものとして価値を持つ。それだけ聞くと少し変わったイベントに思えるかもしれない。しかし、この取り組みが注目されている理由は、回収したごみの量だけではない。
WasteBarでは、「環境のために行動しよう」というメッセージを前面に押し出すのではなく、ごみ拾いに楽しさやメリットを加えることで、参加への動機を生み出している。
拾ったごみが食べ物や飲み物に変わる。その小さな仕掛けによって、ごみ拾いは「やるべきこと」ではなく、「参加してみたいこと」に変わる。WasteBarが設計したのは、環境活動そのものではなく、人が自然と足を運びたくなる仕組みだったのである。
人は、「正しいこと」では動かない
私たちは、「良いこと」と分かっているのに、行動できないことがある。健康のための運動、十分な睡眠、環境のためのリサイクルなど、正しさを理解していても、毎日の行動を変えるのは容易ではない。
「必要性を認識していること」と、「実際に行動へ移すこと」の間にはギャップがある。節約や運動、環境配慮など、重要性を理解していても、必ずしも実践や継続につながるとは限らない。
これは、必ずしも意志の弱さが原因ではない。行動科学の分野では、人の行動は「何が正しいか」だけで決まるのではなく、「始めやすさ」「楽しさ」「周囲とのつながり」といった要素にも大きく左右されると考えられている。
その代表的な考え方の1つが「ナッジ(Nudge)」だ。人を命令や罰で動かすのではなく、自然と望ましい行動を選びやすい環境を整えるという考え方で、行政や企業の施策にも広く取り入れられている。
つまり、人を動かすには、「正しいこと」を伝えるだけでは足りない。「やってみたい」と思える理由や、「もう少し続けてみよう」と思える仕組みが必要なのである。
WasteBarが変えたのは、「人」ではなく「仕組み」
WasteBarの特長は、「環境のために行動しよう」と呼びかけるのではなく、参加へのハードルを下げる仕組みを設けている点にある。
ごみが食べ物や飲み物になり、友人と参加でき、会場には音楽が流れ、イベントとして楽しむことができる。環境問題は、「正しいことを頑張る活動」ではなく、「楽しい時間」の一部になっている。
人は、意識が変わったから行動するとは限らない。しかし、行動しやすい環境があれば、最初の一歩を踏み出しやすくなる。WasteBarは、人の意識を変えようとしたのではなく、まず行動しやすい状況をつくった。その発想こそが、多くの人を自然と巻き込む力になっているのである。
この発想は、環境問題だけではない
この考え方はWasteBarだけに当てはまるものではない。私たちの身の回りにも、「またやりたい」と思わせる仕組みは数多くある。ポイントカードやスタンプラリー、ランニングアプリのバッジ、語学アプリの連続学習記録などは、その代表例だ。
いずれの仕組みも、「頑張ってください」と励ますというよりも、「もう少し続けてみよう」と思わせるきっかけをつくっている。
これらの発想は、企業の会員プログラムや自治体の健康施策、店舗アプリ、社内制度など、さまざまな場面にも応用できる。重要なのは、人が「またやりたい」と思える理由をどれだけ設計できるかだ。
行動を促すきっかけは、金銭的な報酬だけではない。達成感や仲間との一体感、周囲からの評価、楽しさといった体験も、行動を継続する動機になり得る。
WasteBarが示しているのは、人は報酬だけで動くという単純な話ではない。人は、「またやってみたい」と思える体験によって、少しずつ行動を変えていくということである。
「正しさ」は、入口でしかない
環境問題への取り組みは、今後ますます重要になる。しかし、「正しいからやるべきだ」というメッセージだけで、人の行動が変わるわけではない。
WasteBarが示すのは、行動変容を促すうえで重要なのは、誰かを説得することではなく「自然と行動につながる環境」を設計することだという点である。
人を動かすのは、罪悪感でも義務感でもない。「もう一度やってみよう」という前向きな気持ちが、新しい行動を生み出していく。そして、一度行動が変わると、その積み重ねが意識を変えていく。
今後は、意識向上を促すだけでなく、人が自然と参加し、継続したいと思える体験や仕組みの設計が重要になる。こうしたアプローチは、サステナビリティに限らず、健康や教育、地域づくりなど、さまざまな社会課題への応用が期待できる。
WasteBarの事例が示すのは、個人の意識を変えることだけでなく、行動しやすい仕組みを整えることの重要性だ。参加へのハードルを下げ、継続につながる体験を設計する。こうした仕組みの積み重ねが、人々の行動変容を促し、社会課題の解決につながる可能性がある。
文:中井 千尋(Livit)