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戦争を加速させるAI、人命を救うAI――世界平和ランキング2026が示す「AI for Peace」という可能性

世界の平和は、静かに、しかし確実に悪化している。

オーストラリアのシンクタンク、Institute for Economics and Peace(以下、IEP)が2026年6月に公表した「Global Peace Index(GPI)2026(以下、GPI 2026)」によれば、世界の平和度は12年連続で悪化した。

163の国と地域を対象に23の指標で評価するGPI 2026は、世界人口の99.7%をカバーする「平和」の代表的な国際指標として知られる。

一方で、日本は前年13位から10位へ順位を上げ、再びトップ10入りを果たした。ニュースとして伝えられたのはこの順位変動だったが、約150ページに及ぶレポートを読み進めると、より注目すべきテーマは別にあることが分かる。

それはAIが戦争を変え始めている一方で、「AI for Peace」という新たな可能性も生まれているという指摘だ。

世界平和ランキングは単なる「治安ランキング」ではない。AI時代の安全保障、そして社会の未来を考えるレポートへと進化しているのである。

世界の平和は12年連続で悪化した

GPI 2026によると、世界の平均平和度は前年からさらに悪化した。特に深刻なのは、現在進行中の紛争の数が第二次世界大戦後で最多水準に達していることである。

ウクライナ戦争は5年目に入り、中東情勢も依然として不安定だ。国家間だけでなく、非国家武装組織による紛争やテロも続き、世界は複数の危機が同時進行する「Polycrisis(複合危機)」の時代に入ったとIEPは分析する。

IEP創設者のSteve Killelea(スティーブ・キレリア)氏はレポートの中で、「世界秩序は歴史的な転換点にある」と述べ、AIやドローンなどの新技術が戦争の性質そのものを変えつつあることに警鐘を鳴らしている。

こうした状況の中でも平和を維持している国々には、ある共通点があった。

上位国に共通するのは「平和を支える社会基盤」

GPI 2026のトップ5は、アイスランド・ニュージーランド・スイス・スロベニア・アイルランドだった。アイスランドは19年連続で世界1位を維持している。

興味深いのは、これらの国々はいずれも「軍事力が強い国」ではないことである。

例えば、アイスランドには常備軍が存在しない。ニュージーランドは武器輸入の減少によって「Militarisation(軍事化)」指標が改善した。スロベニアは犯罪や政治的暴力が少なく、「Safety and Security(安全・治安)」の改善によって順位を上げている。

19年連続でGPI世界1位のアイスランド

つまり上位国を支えているのは、単なる治安の良さではない。政治への信頼、透明性の高い行政、教育、人権の尊重、健全な経済活動など、社会そのものが安定していることが高く評価されているのである。

この考え方は、後述するIEP独自の概念「Positive Peace(積極的平和)」へとつながっていく。

日本はなぜ10位に返り咲いたのか

日本は前年13位から10位へ順位を上げた。GPIスコアは1.489で、シンガポールに続くアジアで2番目に平和な国となった。

改善の最大要因は、「Ongoing Conflict(継続中の紛争)」分野である。レポートによれば、日本はこの分野で6.3%改善し、特に「Intensity of Internal Conflict(国内紛争の激しさ)」指標は25%改善した。

日本国内では武力紛争や大規模な政治的暴力がなく、殺人率や銃犯罪率も依然として世界最低水準にある。こうした国内の安全性が改めて高く評価された格好だ。

しかし、日本の平和度がすべての面で改善したわけではない。日本は「Militarisation(軍事化)」では3.6%悪化した。

背景には、防衛費の増額や長射程ミサイルの導入、統合作戦司令部の新設など、安全保障政策の大きな転換がある。中国の軍拡、北朝鮮のミサイル開発、台湾海峡情勢など、東アジアを取り巻く安全保障環境が急速に変化していることが影響している。

つまり、日本は「国内は世界有数の平和国家でありながら、周辺環境の悪化によって軍事的対応を強めざるを得ない」という、ある種のねじれを抱えているのである。この構図は、多くの先進国にも共通する課題となっている。

世界平和ランキングは「AIレポート」でもあった

今回のGPI 2026で注目すべきは、ランキングそのものだけではない。2026年版では「AI, Conflict and Peace」という独立した章が設けられ、AIが戦争と平和の双方に与える影響が詳しく論じられている。

これまでAIといえば、ChatGPTや業務効率化、生産性向上といった文脈で語られることが多かった。しかしGPI 2026が示したのは、AIは「仕事を変える技術」であると同時に、「安全保障を変える技術」になりつつあるという現実である。

レポートでは、AIによる標的選定、自律型ドローン、リアルタイム画像解析などが、軍事作戦の速度と精度を劇的に高めていることを紹介している。IEPによれば、ドローン攻撃は2018年から2025年までの間に約115倍へ増加し、少なくとも565の武装組織がドローンを使用したという。

さらにAIは、これまで数時間から数日かかっていた情報の分析や標的の選定を数秒単位へ短縮しつつある。戦争は今やAIによって「より速く、より安く、より広範囲に」遂行できるものへ変貌しつつあるのだ。

しかし、GPI 2026が論ずるのは悲観論だけではない。同じAIが、人命を救い、災害対応を支え、紛争を未然に防ぐ技術にもなり始めているという、もう1つの未来を提示している。

「AI for Peace」は理想論ではない。すでに世界で始まっている

AIが戦争を変えつつある一方で、GPI 2026がもう1つ強調するのが「AI for Peace」という考え方である。

AI for Peaceとは、「AIによって戦争をなくす」という壮大な理想ではない。AIを使って人命を守り、社会の混乱を抑え、争いが起きにくい環境をつくるという、より現実的なアプローチである。

すでに、その萌芽は世界各地で見られる。ウクライナでは、国土の約4分の1が地雷や不発弾の危険にさらされているとされる。UNDP(国連開発計画)は現地のスタートアップを支援し、ドローンで撮影した約3万枚の画像をAIに学習させ、地雷や爆発物の可能性が高い場所を検出するプロジェクトを進めている。

目的は、AIに地雷を除去させることではない。どこから調査を始めれば最も多くの命を救えるかを、人間がより早く判断できるようにすることだ。

農地での耕作や子どもたちの安全な通学、物流の再開など、AIは戦場だけでなく、その後の社会復興を支える技術としても活用され始めている。

災害対応もまた「AI for Peace」の重要な領域である

AI for Peaceは紛争だけを対象としているわけではない。2026年、ベネズエラを襲った大地震では、NASA・Microsoft・EUの地球観測プログラム「Copernicus」が連携し、衛星画像とAIを組み合わせて被害状況を迅速に分析した。

従来であれば、被災地域全体を把握するまでには相応の時間を要した。しかしAIは膨大な衛星画像から倒壊建物や道路寸断を短時間で抽出し、救助隊が優先的に向かうべき地域を示した。

災害発生直後は、人命救助のため迅速な状況把握が求められる。AIは「何が起きたのか」を理解する時間を短縮し、「どこへ向かうべきか」を示すことで、人命救助そのものを支援しているのである。

これは軍事技術とは対極にあるようでいて、本質的には同じ技術である。大量の情報を解析し、限られた資源を最適に配分する能力は、戦争にも救助にも応用できるからだ。

同じ技術でも、その用途や運用のあり方によって社会にもたらす影響は大きく異なる。

AIは「見えない暴力」を可視化し始めている

もう1つ重要なのが、衛星画像とAIによる人権侵害の記録である。紛争地域では、ジャーナリストや調査員が現場へ入れないことも少なくない。

そのような状況でも、衛星画像とAI画像解析を組み合わせることで、建物の破壊状況やインフラへの被害、大規模な人口移動の状況などを客観的に把握できるようになってきた。

ガザやウクライナでは、こうした技術が国際機関や調査報道機関によって実際に活用されている。

AIは、紛争地域で起きている暴力や被害を可視化し、その記録を残す手段にもなりつつある。こうした透明性の確保は、民主主義だけでなく、平和を支える重要な基盤の1つといえる。

「Positive Peace」が示す、平和の新しい定義

GPIを発行するIEPは以前から「Positive Peace(積極的平和)」という概念を提唱してきた。これは、「戦争がない状態」を平和と考える従来の発想とは異なる。

IEPは、平和とは「社会が持続的に繁栄し、暴力が起きにくい状態を支える制度や文化、価値観の集合体である」と定義する。

概念を構成する要素として挙げられるのが、機能する政府・健全なビジネス環境・資源の公平な分配・他者の権利の受容・近隣国との良好な関係・自由な情報流通・高い人的資本・低い腐敗の8項目である。

この視点で見ると、AIはまったく違った意味を持ち始める。例えば、教育AIは人的資本を高める。行政AIは公共サービスを改善する。災害予測AIは社会のレジリエンスを高める。インフラ保守AIは経済活動を支える。

つまり、AIは戦争への直接的な対応だけでなく、「争いが起きにくい社会」を支える技術になり得るのである。

日本企業にとって「AI for Peace」とは何か

日本ではAIというと、業務効率化や生成AIの活用が話題になりがちだ。しかし世界では、AIを国家や社会のレジリエンスを高める技術として位置づける議論が急速に進んでいる。

日本企業にとっても、AI for Peaceは新たな活用領域となり得る。防災やインフラ点検、医療・介護、教育、行政DX、気候変動対応などは、社会の安定やレジリエンス向上に関わる領域であり、Positive Peaceの考え方とも接点がある。

人口減少や自然災害、高齢化といった課題への対応を通じて培った知見は、同じ課題を抱える世界各国でも活用できる可能性がある。

AIを巡る技術開発では、モデルの性能向上だけでなく、社会課題の解決にどのような価値を生み出せるかという視点も重要になりつつあるのだ。

文:岡 徳之(Livit

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