AIスキルがあると給与62%増? 10億件の求人データから読み解く“AI時代の市場価値”
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「AIに仕事を奪われる」
生成AIの普及以降、そんな議論を目にする機会は増えた。しかし、実際の労働市場では何が起きているのだろうか。
PwCが2026年6月に公表した「Global AI Jobs Barometer 2026」は、6大陸・10億件以上のオンライン求人データを分析し、AIが仕事や賃金、求められるスキルに与える影響を調査したレポートだ。
同レポートから見えてきたのは、「AIが人間の仕事を奪う」という単純な未来ではない。むしろ、AIによって仕事の価値が大きく変わり、市場価値の高い人材像が急速に書き換えられているという現実である。
本記事では、ビジネスパーソンが押さえておきたい4つのポイントを紹介する。
AIは仕事を奪うのではなく、「仕事を二極化」させている
同レポートで最も興味深いのは、PwCが仕事を「AIに代替されるか・されないか」という従来の分類ではなく、「Professionalised(専門性が高まる仕事)」と「Democratised(専門性のハードルが下がる仕事)」という新しい視点で整理していることだ。
Professionalisedは、AIが定型業務を引き受けることで、人間がより高度な判断や専門性を発揮する仕事である。例えば、採用担当者であれば、履歴書のスクリーニングや候補者検索はAIが担い、人間は面接や採用戦略、条件交渉といったより付加価値の高い業務に集中できる。放射線科医や航空管制官などもこのカテゴリーに分類される。
一方のDemocratisedは、AIが専門的な分析や判断を支援することで、高度な専門知識がなくても業務を遂行しやすくなる仕事だ。在庫管理ではAIが需要予測や発注量を算出し、人間は現場対応やイレギュラー処理を担う。財務管理やローン審査なども同様の変化が起きている。
両者の違いは、求人や賃金の伸びにも表れている。2018年以降、Professionalised Jobsの求人は39%増加したのに対し、Democratised Jobsは17%増にとどまった。給与もProfessionalised Jobsのほうが42%速いペースで伸びている。
つまり、AI時代は「AIに置き換わる仕事」を探すよりも、AIによって自分の専門性が高まる仕事なのか、それとも専門性が薄まる仕事なのかという視点でキャリアを考える必要がある。
AIスキルは「年収プレミアム」を生み出している
AI時代の市場価値を考えるうえで、最もインパクトが大きい数字の1つが「62%」という賃金プレミアムである。PwCによれば、AIスキルを求める求人は、そうでない同等の求人と比べて平均62%高い給与が提示されていた。
このAIスキルには、生成AIの活用だけでなく、機械学習やAIシステムの構築・運用、プロンプトエンジニアリングなどが含まれる。
業界別に見ると、その差はさらに大きい。消費財・小売では118%、テクノロジー・メディア・通信では84%、製造業では73%の賃金プレミアムが確認された。AI人材への投資が、ほぼすべての産業で加速していることが分かる。
また、AI専門人材の採用は、2025年に求人全体の約8倍のペースで増加している。テクノロジー企業だけではなく、金融・医療・製造・公共分野まで幅広い業界で需要が拡大している点も特徴だ。
一方で、この数字は「AIツールを使えるだけで高給になる」ことを意味しているわけではない。PwCは、AIを導入して成果を上げている企業ほど、新規事業や新たな価値創出にAIを活用しており、その結果として採用や賃金も伸びていると分析している。
実際、AIの活用が進んでいる企業は、そうでない企業と比べて人員増加率は52.2%対35.7%、賃金上昇率は24.4%対16.6%と高い水準だった。
AIは雇用を減らす存在ではなく、成長企業では雇用も賃金も押し上げる要因になっているのである。
AI時代に価値が高まるのは「人間ならでは」のスキル
AIスキルが重要であることは間違いない。しかし、それ以上にPwCが強調しているのが、人間ならではの能力の価値である。
レポートでは、MITの研究をもとに「EPOCH」というフレームワークを紹介している。
求められる能力は、共感力・感情知能(Empathy)、信頼関係を築く力(Presence)、意見形成・判断力・倫理観(Opinion & Judgment)、創造性(Creativity)、そしてビジョンやリーダーシップ(Hope & Leadership)の5つである。
PwCの分析では、AIの影響が大きい仕事ほど、新しく追加される業務は人間らしい能力を必要とする割合が2.5倍高いという。
例えば採用担当者は、AIが履歴書選考や候補者検索を行うようになった一方で、人間には候補者との対話や組織との相性判断、採用戦略の立案がより強く求められるようになっている。
医療でも同様だ。看護補助者は、AIがバイタルや投薬スケジュールの管理を支援することで、患者とのコミュニケーションや突発的な状況への対応により多くの時間を使えるようになる。
つまり、AIは人間を不要にするのではなく、人間にしかできない仕事の価値を引き上げているのである。
新卒にも「シニアスキル」が求められる時代へ
同レポートで若手ビジネスパーソンに特に関係が深いのが、AIの影響が大きいエントリーレベルの仕事で、従来は中堅社員以上に求められていたスキルが必要になっているという変化だ。
具体的には、リーダーシップ、チームビルディング、ステークホルダーマネジメント、プロセスマネジメント、データに基づく意思決定などである。
AIの影響が大きい新卒求人では、こうした「シニアスキル」を求める割合が、AIの影響が小さい求人の約7倍だった。
背景には、AIが若手時代の定型業務を代替し始めたことがある。これまで若手社員は、資料作成や情報収集、データ整理などを通じて仕事を学んできた。しかし、それらの業務の多くはAIが短時間でこなせるようになった。
その結果、企業は若手社員にも、より高度な判断や顧客対応、チームとの協働を期待するように変化している。
さらに興味深いのは、AIの影響が大きい新卒求人の中でも、「シニアスキル」を多く求める仕事は2019年比で35%成長していた一方、それ以外の仕事は減少していたことである。若手採用がなくなるのではない。求められる若手社員像そのものが変わっているのである。
AI時代に最も重要なのは「学び続ける力」
PwCは最後に、ビジネスパーソンへのメッセージとして「学び続けること」の重要性を強調している。
AIの影響が大きい仕事では、必要なスキルの変化速度は、AIの影響が小さい仕事の2.2倍に達している。しかも、その差は前年からさらに75%拡大した。これは、一度身につけた知識やスキルだけでは市場価値を維持しにくい時代になったことを意味する。
AIを使いこなす能力はもちろん重要だ。しかし、それだけでは十分ではない。AIと協働しながら、判断し、創造し、人を巻き込み、新しい価値を生み出す力が求められている。
AI時代に市場価値を高めるのは、「AIに仕事を奪われない人」ではない。AIを使って、自分にしか生み出せない価値を拡張できる人である。
PwCの同レポートは、その変化がすでに始まっていることを、10億件以上という膨大な求人データをエビデンスとして示している。
文:岡 徳之(Livit)