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Z世代はなぜ「出世」を求めなくなったのか “選び直せるキャリア”という新しい価値観

「昇進したら月200ユーロ給料が上がった。でも、そのお金は心理カウンセラーへの支払いで消えた」。

フランスの新聞Le Mondeが取材し、その後スペインの「HuffPost España」が紹介した若手マネージャー、Billy(ビリー)氏の証言である。

昇進によって部下の管理やチーム運営に伴う責任が増え、週50時間を超えて働くようになった一方で、昇給分はメンタルケアや身体の治療費に充てられた。

この事例を「最近の若者は出世したがらない」と受け止めるのは早計だ。世界ではいま、管理職を避ける「Conscious Unbossing(意識的な非出世主義)」、人生の途中で長期休暇を取る「Micro-Retirement(マイクロリタイアメント)」、複数の仕事を持つ「Polyworking(ポリワーキング)」といった、一見すると関連のないトレンドが同時多発的に生まれている。

本稿では、それらを1つの視点で読み解いてみたい。そのキーワードが「退出権(Exit Option)」である。

管理職は「ゴール」ではなくなった

欧米でここ1〜2年、急速に注目されているキーワードが「Conscious Unbossing(意識的な非出世主義)」だ。若手社員が管理職への昇進をあえて望まない現象を指す。

イギリスの人材会社Robert Waltersが国内で実施した調査では、Z世代の52%が中間管理職になりたくないと回答した。また72%は「人を管理するより、自分の専門性を深めたい」と答えている。管理職を敬遠する理由として最も多かったのは、「責任やストレスに見合うリターンがない」というものだった。

同様の傾向はイギリスだけではない。Robert Waltersの各国調査では、カナダやUAE、ベルギーなどでも若年層の管理職離れが確認されている。

興味深いのは、企業側との認識の違いである。同じ調査では、約9割の企業が「中間管理職は組織運営に不可欠」と回答している。一方で、その役割を担いたい若手は減っている。企業にとっては人材育成の問題であり、若手にとってはキャリア選択の問題だ。両者のギャップは今後さらに広がる可能性がある。

イギリスの新聞The Guardianはこの現象について、「若い世代は管理職という肩書きではなく、スキルや自律性を重視している」と報じている

成功を諦めたのではなく、成功の計算式が変わった

ここで重要なのは、Z世代が向上心を失ったわけではないという点である。副業やAIの学習、資産形成、SNSでの個人発信といった行動を見る限り、彼らはキャリア形成に極めて積極的だ。

では何が変わったのか。答えの1つは、仕事の評価軸である。プロフェッショナルサービス企業のDeloitteが2025年に44カ国、2万3,000人以上のZ世代・ミレニアル世代を対象に実施した調査では、彼らが仕事に求めるものとして「Money(収入)」「Meaning(仕事の意味)」「Well-being(心身の健康)」の3つが示されている。

Z世代・ミレニアル世代は、収入だけを重視しているわけでも、意味だけを求めているわけでもない。3つの要素を同時に満たすことが、仕事選びの前提になっている。

Billy氏の事例も、この文脈で見ると理解しやすい。月200ユーロの昇給という経済的メリットはあった。しかし、その対価として長時間労働と精神的負担が増え、結果として昇給分はカウンセリングや治療費に消えた。年収は増えても、人生全体のリターンは増えなかったのである。

「退出権」が新しいキャリア資産になる

こうした変化を見ていると、近年のトレンドには1つの共通点があるといえる。「Loud Budgeting(ラウド・バジェティング)」とは、自分の予算や金銭的な目標を周囲にオープンにし、不要な支出を断る考え方だ。

「Micro-Retirement(マイクロリタイアメント)」は早期リタイアではない。65歳まで自由を先送りするのではなく、人生の途中で数カ月から1年程度の休暇を取り、働き方を組み替える発想だ。

「Polyworking(ポリワーキング)」も一般的な副業とはやや意味合いが異なる。1つの会社に依存せず、複数の収入源や専門性を持つことで、キャリアの選択肢を増やすことを目的としている。

これらはすべて、「もっと稼ぎたい」という欲求だけでは説明できない。共通しているのは、いつでも辞められること、移れること、やり直せることに価値を置いている点だ。

本稿では、この状態を「退出権(Exit Option)」と呼びたい。退出権とは、会社を辞める権利そのものではない。特定の会社に依存せず、自分で働き方を選び直せる状態を指す。副業も投資、AIスキルの習得、リモートワークへのこだわりも、そのための手段として捉えると一本の線でつながる。

企業が問われるのは昇進制度ではなく、キャリアの柔軟性である

この変化は若者論で終わる話ではない。企業はこれまで、「昇進」と「昇給」を最大のインセンティブとして設計してきた。しかし、もし若い世代が求めているものが選択肢や柔軟性であるならば、従来の報酬設計だけでは十分とは言えない。

Robert Waltersのイギリスディレクターは、若い世代は管理職そのものを拒否しているのではなく、「自分の価値観に合わないキャリア」を拒否していると指摘している。

企業に求められるのは、管理職になる一本道だけではなく、専門職として評価されるキャリア、複線型の昇進制度、一定期間の休職や学び直しを許容する仕組みなど、複数の選択肢を提示することだろう。

成功の定義は変わり始めている

20世紀の成功は、組織の階段を上へ上へと登ることだった。もちろん、そのモデルが消えるわけではない。管理職を目指す人も、起業する人も、これからも存在し続ける。

しかし、少なくともZ世代の間では、それだけが成功ではなくなっている。彼らが求めているのは、出世を放棄することではない。必要なら挑戦し、必要がなくなれば別の選択肢を選べる状態である。

本稿で「The Exit Generation」と呼んだのは、そうした価値観を持つ世代を表現するためだ。これは、管理職離れ、副業、資産形成、マイクロリタイアといった現象を「退出権」という1つの視点で捉える、本稿独自の概念である。

より高い肩書きを得ることだけが、成功ではない。必要に応じてキャリアを選び直せることも、新たな成功の形になりつつある。こうした価値観の変化は、若い世代のキャリア観だけでなく、企業の人材戦略にも影響を与えていくだろう。

文:岡 徳之(Livit

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