AIが“隣に座る”時代、人の仕事はどう変わるのか。PKSHA代表に聞く未来のソフトウェア
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AIは、ビジネスパーソンにとって「特別な技術」ではなく、日々の業務で当たり前に使うツールとなり始めている。しかし、いま起きている変化はチャット画面に向かってプロンプトを打つ場面だけではない。私たちがAIだと意識しない場所でも、AIはすでに働き始めている。
昨今のAIブームのはるか前から、AIと向き合ってきたのがPKSHA Technologyだ。創業は2012年、生成AIという言葉が広まるよりずっと早くから、機械学習の技術を一つひとつ実際の業務へ組み込み、世の中の課題を解いてきた。AIの最前線に立つ経営者は、いま何を見ているのか。代表取締役の上野山 勝也氏に話を聞いた。
社会のインフラへと変化するAIの現在地
ChatGPTの登場により、AIは多くの人々にとって身近な存在となったが、AIが実際に活用されている領域はより広範囲だ。顧客からの問い合わせ対応、社内手続き、採用の調整、金融の審査や駐車場の見守りサービスなど、個人が手元で使うツールだけでなく、社会や業務の流れそのものに埋め込まれる存在となってきている。
AIは人の時間を取り戻す方向にも使える一方で、人の注意を奪い、行動を誘導する方向にも使えるというリスクもはらんでいるため、「便利であること=社会にとって望ましいこと」とは限らない。
そのため、「AIで何ができるか」だけではなく、どんなAIを、どんな社会のために実装するのか、という問いが、AIの本格普及期においてますます重要になっている。
技術を社会に届けるために。PKSHAが問い続けること
この問いに対する一つの答えが、PKSHAの歩みに表れている。同社は創業以来、先端技術をどんなソフトウェアに仕立てれば社会に届くのかを、探し続けてきたという。
「AIはあくまで手段です。新しい技術をどのようなソフトウェアに変換すれば、社会に残る未解決問題を解けるのか。私たちはその問いを大切にしてきました。技術が進化すれば、解ける問題の範囲も広がります。だからこそ、ポジティブな使い方を発明し、社会に広げていくことを重視しています」

上野山氏は、生成AIを「大きく強いレゴブロック」に例える。PKSHAはこれまでも、音声認識や自然言語処理などの技術をソフトウェアの部品として蓄積し、それらを組み合わせることで、業務課題を解くソフトウェアをつくってきた。そこに、人のように会話できる生成AIが加わったことで、未来のソフトウェアとして実現できる領域が広がった。生成AIは突然の方向転換ではなく、これまでの取り組みを加速させるブースターとなったのだ。
PKSHAが大切にしてきた考え方が「共進化」だ。新しい技術をパートナー企業の現場へ持ち込み、つくっては試し、課題を解ける形が見えたものを社会へ広げていく。積み重ねの中で、人とソフトウェアが互いに影響し合い、共に進化していく。この共進化という発想は、シリコンバレーで起業家たちと対話を重ねた経験から生まれたという。
「テクノロジーが人の関係性を変えていくという当時の予感は、いまや当時の想像を現実が超える形で証明されました。あの原体験がなければ、『人と人の間に入るAI』という設計思想には辿り着いていなかったと思います。共進化を意識し続けてきたからこそ、いまのPKSHAがあります。人とAIが本格的に共存していくこれからの社会と向き合ううえでも、あのときの直感は、これからも私たちの羅針盤であり続けると思っています」
PKSHAでは、研究者やエンジニア、事業開発、UXデザイナーが職種の壁を越えて同じチームで動き、それぞれのやりたいことを持ち寄って、一つのプロダクトやソリューションへ結実させている。
また、連携は社内だけに留まらない。各業界を代表する企業と連携し、それぞれの課題に横断的に接しながら解決に挑むAI Solution事業は、まさにクライアントとPKSHAの共進化サイクルといえる。さらに、このAI Solution事業が、広くプロダクト展開を行うAI SaaS事業に作用し、互いに刺激し合いながらまた共進化し続けているのだ。
「AIの設計思想そのものが、ほかと違うのだと思います。『何を自動化するか』ではなく、『人と人、人とAIの関係がどう良くなるか』から考えているからこそ、社会に欠かせないと感じてもらえるプロダクトが生まれます。SIerやコンサルティング会社、SaaS企業とは違う価値の出し方ができる理由も、そこにあると考えています」
では、その思想は実際のサービスや現場でどのように表れているのか。
人や組織の間にある摩擦をなめらかに。コネクティブAIの発想
AIが減らすのは、単純作業だけではない。人と人、人と企業、人と情報の間にある摩擦も、減らすことができる。上野山氏が「コネクティブAI」と呼ぶのは、AIが人と人の間に入り、すれ違いや負担をやわらげる考え方だ。
わかりやすい例がコンタクトセンターだ。問い合わせ先がわからない、電話がつながらない、担当者につながっても本人確認や状況説明を何度も求められ別の窓口へ回される。こうした体験は顧客の不満を生むだけでなく、企業側にも確認や引き継ぎ、折り返し対応の負荷を増やしていく。そこにAIが入ることで、顧客と企業の間の不要な摩擦が減るというわけだ。
さらに、上野山氏が見据えるのは、会議にAIが同席する未来だ。
AIの役割は議事録を自動作成するだけにとどまらない。「この論点を掘り下げたほうがいい」「先週の議論ではこう話していた」といった形で、議論そのものを支援する存在となることで、チームの協働を促す存在になっていく。会議の中にAIが入ることで、発言の偏りや論点の置き去りが減り、議論が次の行動につながりやすくなるかもしれない。
AIは、一つの会議だけでなく、社内のさまざまな会議や部門の間にある情報の断絶を埋める存在にもなりうる。人間だけでは拾いきれなかった情報のつながりを、AIが見つけられる可能性があるという。
「人間の認知には限界があるので、これまでの組織はピラミッド型に情報を上げてきました。この構造では、上がってきた報告だけを見て『これが会社で起きていることのすべてだ』と思い込んでしまうこともあります。ですが、すべての会議にAIが入り、会議と会議の間をつなぐように動けるようになれば、その前提が変わります。部門をまたいだコラボレーションが生まれやすくなりますし、少し先の話をすれば、評価がもっと動的になったり、これまで埋もれていた人材の登用や抜擢につながったりする可能性も出てきます」

こうした変化は、AIが人間の仕事を奪うという単純な話ではない。むしろ、AIが周辺の摩擦を引き受けることで、人間が本来向き合うべき役割に集中しやすくなる。
「AIが隣に座る時代」にこそ問われる、人間本来の力
上野山氏は、これまでのソフトウェアを「人間の後ろに隠れているようなもの」だったと表現する。人が操作し、入力し、必要なときに使う道具。それが従来のソフトウェアだった。しかし、これからのAIは、人の隣で仕事を進める存在に近づいていく。AIが調査や要約、記録、過去の経緯の確認といった準備や整理を担うようになると、人の仕事の中心は、情報を集めることから、相手を理解し、判断し、関係を築くことへ移っていく。
「隣に座っているAIが自分をサポートしてくれて、AIとチームを組めるようになると、生産性が3倍になるような感覚になると思います。余計な仕事は引き受けてくれて、自分は本当に時間を使うべきところに集中できる。しかも、その『隣に座る存在』は職種ごとに形が違います。エンジニアの隣に座るAI、デザイナーの隣に座るAI、記者の隣に座るAIと、それぞれ別物としてつくっていく必要があるのです」
例えば、営業職であれば、訪問前のリサーチや商談メモの作成、提案資料の下準備、社内への情報共有は、AIが支えてくれるようになる。しかし、それだけで顧客との関係が築けるわけではない。顧客は、自分の困りごとを最初から正確に言語化できているとは限らない。表に出ている要望の奥に何があるのかを探り、相手が安心して相談できる関係をつくるのは、人間の仕事として残り続ける。
「営業に必要な力は、AIが入っても大きくは変わらないと思っています。むしろ、その重要性は高まるはずです。最後は、顧客が『この人と一緒に仕事をしたい』と感じるかどうか。目の前の人の心をどこまで動かせるか。そこは、昔から営業の本質として変わらない部分だと思います」
若手のビジネスパーソンにとって、この変化は大きい。これまでは、顧客の過去の経緯、社内の判断の流れ、過去の商談メモといった文脈は、経験を重ねなければ見えにくかった。だが、AIが隣に座り、必要な情報や過去の議論を引き出してくれれば、若手でも早い段階から仕事の背景を踏まえて考えられるようになる。
「これからの時代に活躍する人は、その仕事に対して、徹底的に当事者意識を持って向き合っている人だと思います。自分が生み出すものが、顧客にとってどんな価値になるのか。さらにその先にいる、顧客の先の顧客にまで価値が届くのか。そこにフォーカスしている人ほど、優秀な営業になっていくのだと思います。結局は、その仕事に夢中になっている人がうまくいく。逆に言えば、小手先の営業は成立しなくなっていくと思います」

今後、AIが仕事の一部分を担うことになっていくのは間違いない。だが、それは人間の役割が薄まることを意味しない。準備や調べ物の差がAIによって埋まるほど、最後に残るのは仕事への向き合い方そのものになる。つまり、AIは人間の仕事を奪う存在ではなく、本物のスキルを持つ人の力をより引き出す存在になっていくのだ。
「何のためのAIか」 作り手の意思が問われる時代に
上野山氏は、AIにも良いものと悪いものがあると考えているという。人の働く喜びや協働を広げるAIもあれば、人の行動を操作し、収益を最大化するために人の関心を引き付けるAIもある。例えば、SNSや動画サービスのレコメンドは便利さをもたらす一方で、人の時間や注意を奪う方向に最適化されることもある。
上野山氏は、こうした状態を「digital zombification(デジタル・ゾンビ化)」と呼ぶ。この言葉には、収益の最大化に最適化されたAIが、人の脳を操作し人をゾンビのようにしてしまう危機感が表れている。
「重要なのは、AIがどうなっていくのかを眺めることではなく、AIをどういう形にしなければならないのかを考えることです。未解決問題を解くAI、人が働く喜びを広げるAI、人がよりよくコラボレーションできるAI。そうしたポジティブなAIを形にしなければ、ネガティブなAIが社会にあふれてしまう。だからこそ、作り手側の意思が重要になります」
この「作り手側の意思」こそ、PKSHAが言う未来のソフトウェアの核心だ。生成AIを組み込んだ便利なツールを増やすだけでは、人と企業、人と情報、人と人の間にある摩擦はなくならない。どの業務にAIを置き、何をAIに任せ、どこに人の判断や対話を残すのか。そこまで設計して、はじめてAIは未解決問題を解くソフトウェアになる。
「AIが当たり前になればなるほど、逆に、その人自身の知性やコアが重要になってくると思います。何を面白いと感じ、何に怒り、何をつくりたいのか。AIが道具として万能に近づくからこそ、それを使う人間の側の意志や感性が、最後の差になります。だからPKSHAは、一人ひとりの力をAIで拡張し、人と人がつながる場をつくっていける存在を目指しています。技術を追求しながら、同時に、人の可能性に賭けていくような会社でいたいと思っています」
AIの社会実装は、技術競争だけでなく、設計思想の競争まで問われる段階に入りつつある。AIをどう使いこなすかだけでなく、どんなAIと一緒に働きたいのか。AIが“隣に座る”時代には、その視点を持つこともまた、働く一人ひとりに求められているのかもしれない。
取材・文:柳谷 智宣