「ちゃんと働いてるのに、監視されている気がする」──AIは仕事を奪うより先に“働き方の自由”を奪うのか
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Slackの緑のランプ(オンラインステータス)が消えていないか気になる。返信が少し遅れると、「見てなかったの?」と言われる気がする。
オンライン会議の参加時間、タスクの処理速度、稼働状況——。働き方がデジタル化するなかで、私たちは以前よりも“見える”状態で働くようになった。もちろん、それ自体は悪いことではない。リモートワークやAIツールによって、働き方の柔軟性は確かに広がった。
しかしその一方で、特に若い世代の中には、「ちゃんと働いている証明を、ずっと求められている感じがする」という疲労感を抱える人も増えている。
近年は、AIを活用した労務管理や業務監視ツールも拡大している。イギリスの新聞The Guardianも、AIによる労働監視や自動管理の広がりについて報じている。
AIの普及による失業リスクはよく語られる。しかし今、より現実的に起き始めているのは、「AIに仕事を奪われること」より、「AIに管理され続ける働き方」なのかもしれない。
「ちゃんと働いてるのに、ずっと不安」
働き方がデジタル化するなかで、「働いていること」が以前より可視化される場面は増えている。特に若い世代は、「十分に働いていない」と受け取られたくないというプレッシャーを感じながら働く人も少なくない。
たとえば、Slackの返信速度、Teamsのオンライン表示、稼働ログ、タスク処理件数、そして会議参加時間など、「働いていること」が可視化される場面は増え続けている。
特にリモートワークでは、「見えない不安」を埋めるために、常にオンライン状態を維持し、すぐに応答できることが暗黙の安心材料になりやすい。
その結果、「すぐ返さないとまずいかも」、「オンラインを切るとサボってると思われそう」、「ちゃんとしてないと思われたくない」という感覚が積み重なっていく。
これは単なる労働時間の問題ではない。むしろ、「常に評価されている感覚」そのものが、人を疲弊させているのである。
AIはすでに“上司”になり始めている
背景にあるのは、リモートワークの拡大や、常時接続型の働き方、そして「成果を見える化する」流れだ。近年、AIを活用した労務管理や業務監視も急速に広がり始めている。
現在、企業ではすでに、シフト最適化、業務監視ツール、パフォーマンス自動評価、キーストローク測定、配送ルート管理、稼働予測など、AIを活用した管理システムが広がり始めている。一部では、PC操作や稼働状況を監視・分析する「Bossware(監視型ソフトウェア)」も注目を集めている。
もちろん、企業側にも理由はある。リモートワークの拡大によって、従業員をどのようにマネジメントするかが難しくなったためだ。AIによる分析や可視化は、業務効率や公平性を高める側面もある。
しかし問題は、“測定できるもの”だけが評価されやすくなることだ。たとえば、返信の速さ、オンライン状態の長さ、タスク処理量などは可視化しやすい。
一方で、アイデアを練る時間や、雑談から生まれる発想、すぐに成果へ結びつかない試行錯誤、「なんとなく気になる」という感覚を深掘りするプロセスは数値化しにくい。つまりAIによる管理は、「測定できる労働」を優先しやすい構造を持っている。
「AIを使う人」と「AIに管理される人」の格差の時代へ
ここで重要なのは、AI格差は「AIを使えるか」だけではないという点だ。むしろ今後は、「AIを活用して働く人」と「AIによって管理される人」の格差が広がる可能性がある。
たとえば、裁量の大きいホワイトカラーでは、AIは仕事の「補助ツール」として機能しやすい。資料作成や情報整理、アイデア出し、コード生成などをAIに任せながら、人間はより創造的な仕事に集中できる。
一方、現場職やギグワークでは、AIは「管理システム」として導入されやすい。配送時間や接客速度、稼働率、生産効率などがリアルタイムで最適化・評価される。
つまりAI時代の格差は、「AIを使えるか」だけではなく、「どこまでAIに管理される働き方をするか」によっても広がる可能性がある。
“効率化”は、人をラクにするとは限らない
AIによる効率化は、本来、人間の負担を減らすためのものだった。しかし現実には、効率化がそのまま「余裕」につながるとは限らない。
むしろ、より速く業務をこなし、より多くの業務に対応し、常に連絡が取れるようになるほど、「もっと働けるはず」という期待も強まりやすい。
これは、テクノロジーによって労働効率が上がっても、必ずしも労働時間やストレスが減らなかった歴史とも重なる。
特に今は、測定される働き方そのものが心理的負荷になり始めている。常に見られているという感覚や、数値で比較されることへのプレッシャー、自らの勤務態度を証明し続けなければならないという疲労感、仕事から心理的に離れられない状態──こうした要因は、ウェルビーイングや心理的安全性にも深く関わっている。
つまり問題は、AIそのものではない。むしろ、「効率」と「人間らしさ」のバランスをどう設計するのかなのである。
AI時代に、“人間らしく働く”とは何か
ここまで見てきた問題は、単なるAIによる監視の話ではない。人は、どこまで管理や評価の対象となりながら働けるのかという問いでもある。
もちろん、AIによる最適化や分析には価値がある。しかしその一方で、人間には、じっくり考えを巡らせる時間や、思考を整理する余白、雑談から生まれる発想など、すぐには成果につながらない試行錯誤も必要だ。だが、常に測定・評価される働き方では、そうした余白は失われやすい。
近年、「Human-centered AI(人間中心のAI)」という考え方も広がっている。これは、AIで人をより細かく管理することではなく、「人間の自律性や心理的安全性をどう守るか」を重視する設計思想だ。
重要なのは、「どこまで管理できるか」ではなく、「人が安心して働ける環境をどう築くか」なのかもしれない。
AI時代に求められるのは、より細かな管理なのだろうか。それとも、安心して休み、常に自らを証明しなくても信頼される働き方なのだろうか。
文:中井 千尋(Livit)