「知の蓄積」をAIソリューションで次世代に繋ぐ ヌーラボが挑む“ナレッジ継承”
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あらゆる業務がクラウド上で行われている昨今、ビジネスの現場では、業務に関わる知識や記録がチャットやドキュメントなど、さまざまなツールに分散してしまいがちだ。
また、現代のビジネス現場では、プロジェクトの複雑化に伴い、メンバーの入れ替わりが激しくなっている。
こうした「流動化するプロジェクト」において今、深刻な問題となっているのが、過去の経緯や意思決定の背景が失われてしまい、正しく組織がナレッジを蓄積できていない「知の損失」だ。
マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によれば、知識労働者は業務時間の約20%を「情報の検索や収集」に費やしており、日本の競争力低下の大きな要因となっていることが伺える。
さらに、利便性を求めて導入したはずのSaaSが情報を分散させ、人間が「情報を探し、整理する」という非本質的な業務に忙殺される「ツール疲れ」も起きている。
経済産業省の「DXレポート」が警鐘を鳴らす通り、多くの企業が「ツールの導入」に留まり、組織的な変革を実現できない「DX敗戦」の状態にあるのだ。
これら「知の損失」は、単なる情報管理の問題ではない。人手不足時代の企業経営や、日本全体の生産性向上にも関わる社会課題となっている。
「ナレッジが分散している状態はチームの生産性の足かせになるだけでなく、将来的なAIの活用による成長に対しても負債になってしまいます」
そう語るのは、タスク管理ツール「Backlog」を手がけるヌーラボの中島成一朗CPOだ。今回は、中島氏への取材を通じて、知識や情報を組織として蓄積し、やがては社会全体の生産性を向上していくヒントを探る。
- <企業概要>
- 株式会社ヌーラボ
- 「チームで働くすべての人に」をコンセプトに、チームのコラボレーションを促進するツールを手がける、福岡発のSaaS企業。プロジェクト・タスク管理ツールの「Backlog」のほか、オンラインホワイトボードツールなどを提供する。3人のプログラマーによって2004年に設立され、福岡本社のほか東京に拠点を持つ。
人の流動化、そしてプロジェクトの流動化
ビジネスの現場で、「人」の入れ替わりが激しくなっている。単に、「転職市場が活発化している」という話ではない。
副業や兼業などに取り組む人が増え、また企業も部署や会社の垣根を越えた協業を積極的に展開し、新しい価値を創造しようとする機運が高まっている。
中島氏はこう語る。
「これらのトレンドの拡大は、リモートワークが定着したコロナ禍以降、クラウド上で仕事を進めるスタイルが浸透したことが、ひとつのきっかけになったと考えています。場所や所属に縛られず、さまざまな人が同時並行で作業を進められるようになったのです」
同時に生じているのが、「プロジェクトの流動化」だ。近年は、部署をまたぐプロジェクトや外部パートナーとの協業が増えている。プロジェクトの立ち上げと終了のサイクルも早くなり、参加メンバーが頻繁に入れ替わるようになった。
その結果、意思決定の経緯や過去の知見が十分に引き継がれず、組織の知識が失われやすくなっている。
「不確実性の高い時代になり、スピード感をもって次々アウトプットを行う企業が増えています。結果として、個人や組織もプロジェクトベースでの働き方を求められるようになりました。
少子高齢化が進むなかで、将来的には一人が複数企業で働くことも当たり前になるかもしれない。プロジェクトも人材も、今後ますます流動化が進むと予想されます」
「知の損失」が社会に何を及ぼすのか
そこで浮上する課題が「知の損失」だ。日常業務の記録はメールやチャット、ドキュメントなど複数のツールに分散している。
さらに部署ごとに利用するツールや運用ルールも異なるため、必要な情報を探すだけでも時間がかかる。結果として、過去の経緯や意思決定の背景が共有されず、組織の知識が蓄積されにくくなっている。
これが、情報の「属人化」を引き起こし、組織としてナレッジを正しく保持できなくなってしまう。すなわち、「知の損失」につながる。効率的な業務にとっては「大敵」だと言えるが、中島氏は「日本は、特に深刻な状況である可能性が高い」と分析する。
「日本は米国のようにジョブディスクリプションに基づいた仕事の定義づけもなく、業務のアサインや責任範囲が曖昧になっている傾向があります。さらに、直近生じているコミュニケーションツールの多様化が拍車をかけ、ナレッジの集積が難しくなっているのです」

「たとえば、『Aさんしかできない業務』『Bさんだけが把握している進捗』の増加は、プロジェクト管理上のリスクとなります。
絶え間ない人の入れ替わりが想定されるなかで、情報共有や引継ぎの滞りは、事業のボトルネックとなっています。中小企業などで知識の属人化を放置していると、事業の存続にも関わり、やがて社会全体に悪影響を与える可能性もあるのです」
組織に知識が蓄積されなければ、AIが学習・参照できるデータも不足する。知の損失が広がれば、日本企業全体のデジタル活用やイノベーション創出を妨げる要因にもなり得るのだ。
「ナレッジの蓄積」はAI時代にこそ必須
急速に進歩しているAI技術であっても、この「ナレッジの分散」という問題を乗り越えるには限界がある。
「ナレッジが分散していると、AIがさまざまなワークスペースやコミュニケーションツールの内部を走らせなくてはいけません。コストが重くなりますし、何よりAIによるアウトプットの質も低下します。生産性向上を目指すにあたって、足かせとなる可能性すらあります」
OECDの2025年のデータでは、日本の時間当たり労働生産性は38カ国中28位。AIの活用は生産性と生活の質の改善のカギを握るとみられるが、その前提に「ナレッジが適切に蓄積されているかどうか」が問われる可能性がある。
ナレッジが分散したまま放置されていた場合、AIによる生産性向上という恩恵を十分に受けられず、かえって企業に致命傷を負わせかねない。
ヌーラボがメスを入れようとしているのが、この「ナレッジの蓄積」という領域だ。プロジェクト・タスク管理ツールの「Backlog(バックログ)」は、官公庁やメガバンク、大手メーカーや商社などへの導入実績がある。
「組織の知識を蓄積するうえで重要なのは、メンバーが意識的に記録を残すことではありません。むしろ日々の業務のなかで自然に情報が残り、後から参照できる状態をつくることです」
やり取りはコメント機能で完結でき、自然とナレッジが集約・蓄積されていく。プロジェクト管理ツール上で意思決定の過程が記録されていれば、「なぜその判断に至ったのか」という文脈まで含めて共有できる。担当者が異動・退職した後も経緯を追えるため、知識の属人化を防ぎやすい。
AI機能が発揮した「想定外」の力
では、こうしたナレッジが蓄積した状態でAI活用を組み合わせると、どのような社会的効果が期待できるのか。その1つの答えが、2026年3月にリリースされた新機能「Backlog AIアシスタント」だ。

「Backlog AIアシスタント」の主な機能は下記の 3つとなっている。
(1)進捗レポート作成の自動化による情報集約・整理の後押し
(2)過去の経緯や議論に関する検索や要約
(3)プロジェクトの文脈を踏まえた最適な課題設定
こうした機能によって、プロジェクトに蓄積された情報を活用しやすくなる。過去の経緯や意思決定の背景を把握する負担が減るため、新たに参加したメンバーも短期間で状況を理解し、業務のキャッチアップも容易になる。
導入現場ではさらに幅広い活用が進んでいると中島氏は説明する。
「『Backlog』を導入していただいた企業の間で、自然とタレントマネジメントに近い活用スタイルが広がっていました。人材の経験・適性・志向・現時点で抱えているタスクなどを踏まえて、『このプロジェクトに誰をアサインするか』をAIに判断させていると聞きました」

AI時代に問われる「知を次世代に残す力」
AIが可能にした新しい機能、そして想定外の新しい可能性――それを実現させたのは、蓄積されたナレッジによるものといえる。適材適所の人材配置により、生産性向上と労働環境の改善につながる1歩にもなるだろう。
今後、労働人口の減少や熟練人材の勇退が進むなかで、知識や経験を組織の資産として残せるかどうかは、個々の企業だけでなく産業全体の持続的な成長を左右する。AIによるナレッジの蓄積は、そのための手段の1つといえるだろう。