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「2025年の崖」を過ぎた日本。技術力は世界水準である一方で問われる「実行力」

2026年は、日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)にとって象徴的な節目の年だ。経済産業省が2018年に警鐘を鳴らした「2025年の崖」が現実になるとされた時期を過ぎ、「Society 5.0」の提唱から10年が経つ。大規模な混乱は回避されたものの、問題の本質は解消されていない。生産性の停滞、デジタル赤字の拡大、世界トップレベルの研究成果を市場イノベーションへと転換できない構造的なねじれ。これらは今も日本に影を落とす。

世界750社以上の移動体通信事業者と400社の関連産業事業者が加盟し、日本からはNTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルなどが参画する、世界最大規模のモバイル通信業界団体「GSMA」は、この現状をどう見ているのか。

2026年4月14日、GSMAの責任者が来日し、メディア向けの説明会を開いた。登壇したのは、GSMA 事務総長のVivek Badrinath(ヴィヴェック・バドリナート)氏と、アジア太平洋地域責任者のJulian Gorman(ジュリアン・ゴーマン)氏。翌4月15日に発表されたレポート「Digital Nations 2026-Accelerating the Digital Leap in Japan(2026年デジタル国家──日本におけるデジタル化の飛躍的加速)」の内容をふまえ、日本の現在地と針路が率直に語られた。

R&D大国の日本、技術力はあるが市場への変換が課題

説明会の冒頭、バドリナート氏はGSMAが日本に注目する理由をこう説明した。

バドリナート氏「アジア太平洋地域のモバイル経済は2030年までに1兆ドルに達すると予測されており、日本はその規模とイノベーションの両面で、この成長に極めて重要な役割を果たしています。日本で行われている通信技術への多額のR&D投資は、国内だけでなく世界にも大きな影響を与えるのです。日本の産業界が向かう方向性、そしてそれが世界のテクノロジーシーンにどのように影響するかを理解することは、私たちの重要な取り組みの一つです」

GSMAが独自に開発した「デジタル・ネーションズ・インデックス」は、インフラ・イノベーション・データガバナンス・セキュリティ・人材の5つの分野で各国のデジタル化の進捗を評価するフレームワークだ。2025年版で日本は総合76点を獲得し、シンガポール(88点)・オーストラリア(81点)に次ぐアジア太平洋地域第3位に位置する。なかでも特筆すべきは、データガバナンスにおいて、調査対象国の中で唯一の満点(100点)を獲得している点だ。

デジタル国家を構成する5つの要素、デジタル・ネーションズ・インデックス(出典:GSMA Intellgence「Digital Nations 2026-Accelerating the Digital Leap in Japan」)

しかしゴーマン氏は、この結果を単純な成績表として読まないように釘を刺す。

ゴーマン氏「このインデックスは国をランク付けするためではなく、焦点を当てるべき分野を明確にするためのものです。日本はGDP比で調査対象国の中で最高水準のR&D投資を行っているにもかかわらず、イノベーションのスコアは26点と相対的に低い。日本は5G技術力や量子技術力、ロボティクス技術力は高いが、その技術力を市場経済において意味のあるインパクトへと変換することが課題として挙げられます」

研究開発力はある。インフラも整っている。しかしその力が社会・産業の変革に直結していない。それがGSMAの提示する日本の実像だ。

レガシー、詐欺、デジタル格差…。「2025年の崖」は過ぎたが、課題はまだまだ残る

振り返ると2018年に経済産業省が公表したDXレポートでは、レガシーシステムへの依存が続けば、2025年以降に最大12兆円規模のGDP損失が生じる(2025年の崖)と試算された。バドリナート氏は、懸念された全面的な混乱は大部分において防げたと評価しながらも、課題が残ると強調する。

バドリナート氏「Society 5.0の提唱から10年が経過した今、デジタルの崖に対しても大部分は防ぐことができています。とはいえやはり、まだ解決すべき課題は残されています」

例えばレポートを見ると、日本のデジタル決済比率は2024年に42.8%まで高まったものの、シンガポールや韓国はすでに90%を超えている。IMDの「世界デジタル競争力ランキング2025」では、日本は69カ国中30位と、シンガポール(3位)・台湾(10位)・韓国(15位)との差は依然として大きい。

またレポートでは、2021年に老朽化したITインフラに起因する大手銀行のシステム障害、2023年に旧式VPN機器の脆弱性を突いたランサムウェア攻撃による名古屋港の運用停止といった事例にも言及。レガシーシステムへの依存が、経済的損失にとどまらず国家のレジリエンスを揺さぶる問題であると指摘する。

加えて、「デジタル信頼」の欠如も深刻だ。警察庁によると、2025年の特殊詐欺・ロマンス詐欺・SNS型投資詐欺による被害総額は3,241億円と過去最高を更新し、件数も42,900件に達した。世界的なデータでは詐欺の90%が報告されていないとも指摘されており、実態はその10倍に上る可能性がある。

さらに「グレイ・デジタル・デバイド(高齢者層におけるデジタル格差)」も課題だ。日本では65歳以上が人口の約29%を占める一方で、インターネット利用率は70〜79歳で59.6%、80歳以上では25.6%まで低下する。

こうした課題を乗り越えるためにゴーマン氏は、次の3つの方向性を提示する。

ゴーマン氏「1つ目は、日本の比較優位性を生かすことです。5Gでのリーダーシップや量子技術、そして超高齢社会の課題を解決するための先端ロボティクスやAIなどの強みを活用するのが有効でしょう。日本の現状として、年齢が上がるにつれてデジタル経済への参加が著しく低下しており、高齢者を支えるためにアナログなシステムやインフラを維持することは競争力において大きなコストとなります。

2つ目は、グローバルなベストプラクティスを適用することです。ASEANやインド、そのほかの技術リーダーとの連携を通じ、『デジタルファースト』の文化を育成する必要があります。20年前に私が初めて来日した際、携帯電話を使ったデジタル自動販売機などにおいて日本は傑出していましたが、現在ではデジタル決済の普及などで他国に遅れをとっている側面もありますよね。

3つ目は、国際協力の深化です。日本の精密工学やサプライチェーンにおける強みを活かし、新興国とのパートナーシップを拡大していくことが求められます」

日韓比の6社が「Tokyo Accord」に署名、6G開発へコミットメントを示す

メディア向け説明会で最も熱量が高かったトピックの一つが、6Gだ。2026年4月15日、NTTドコモ・KDDI・ソフトバンク・楽天モバイルの国内大手通信会社4社に加え、フィリピンのGlobe Telecom、韓国のLG U+は、6G時代の到来に向けて「Tokyo Accord」にも署名した。これは、オープン性・産業変革・技術への信頼・持続可能な価値創造という原則のもと、6G開発のアプローチについて共通のコミットメントを示す合意文書だ。

バドリナート氏は、この協定の意義を次のように説明する。

バドリナート氏「私たちは今、『5Gスタンドアローン』や『Open Gateway』などを通じて5Gテクノロジーの真の可能性を引き出し、産業全体にその用途を広げていくフェーズにあります。そして同時に、6Gを定義・商用化するフェーズにも入っています。そのなかでTokyo Accordは、各社が協力してグローバルなイノベーションを実現し、より強固なインフラを構築するためのものです」

一方で5Gの現状についても、ゴーマン氏は課題を明示する。日本の5G普及率は55%を超えるが、全国展開の速度ではほかの地域や国に後れをとっているのが率直な評価だ。例えばシンガポールは、2022年半ばまでに全人口の95%をカバーする5Gを整備したことを踏まえ、日本が「5Gジャーニーの完遂」を急ぐ必要があるとレポートで指摘している。

日本のモバイルの現状(数値)(出典:GSMA Intellgence「Digital Nations 2026-Accelerating the Digital Leap in Japan」)

さらに5G収益化の新たな鍵として、ゴーマン氏が強調するのが「Open Gateway」だ。

ゴーマン氏「これはネットワークの力を解放するもので、金融サービス・詐欺対策・ユーザー体験の向上において強い需要があります。例えばSMSのワンタイムパスワードに代わる『サイレント認証』は、入力エラーを防ぎ、デジタルに不慣れな人でも使いやすいサービスを実現します。4G時代に、SMS収益がデータ収益を数十倍に拡大させたように、Open Gatewayは5Gの価値を解き放ち、経済を変革する鍵となります。成熟したデジタルエコシステムを持つ日本は、この分野でリーダーになれるはずです」

AIと通信の融合についても、ゴーマン氏は踏み込む。

ゴーマン氏「日本は、AIのリーダーにもならなければなりません。AI-RANなどの領域で、リードしているためです。そして、AIは高齢者のデジタル格差を埋めるためのエンジンにもなります」

一方で、AIによる雇用への影響を問われたバドリナート氏は慎重にこう答えた。

バドリナート氏「仕事の性質が変わることは確実です。ただ現時点では、AIツールはまだ人間のように複雑な問題を解決するレベルには達していません。例えばネットワークがダウンしたときに『AIがミスをした』で済ませることはできず、人間の意思決定プロセスはまだ不可欠だと考えています」

技術だけでは届かない。デジタル社会には「信頼」も不可欠

6Gなど次世代通信の議論が加速する一方で、その恩恵が社会全体に届くかどうかは、インフラの整備だけでは決まらない。モバイルを使えばだまされるかもしれないという不安が、高齢者へのデジタル普及を妨げているとバドリナート氏は話す。

バドリナート氏「特に日本の超高齢社会において、モバイルを使ってもお金を失ったりだまされたりしないという安心感を抱いてもらうことが、デジタルの普及を促すうえで重要です。一方でAIの自然言語処理は、画面操作に不慣れな人でも音声でアクセスできる扉を開く可能性を持っているため、ここに活路があるかもしれません。ただし、今世紀末には詐欺のほぼ100%にAIが関与するようになるという推計もあり、AIが悪用されないように私たちも協力して対抗する必要があります」

ゴーマン氏も、詐欺問題をデジタル経済の根幹を揺さぶるものとして位置付ける。

ゴーマン氏「詐欺はガンに似ています。被害者個人の財布だけでなく、その家族や友人にも被害を及ぼし、日常会話などを通じて拡散されることで、デジタル経済の基盤である『信頼』を破壊してしまいます。物理的な世界が信頼にもとづいて機能しているように、デジタル世界を安全に保つことは私たち全員の責任です。悪質な詐欺と戦うという責任を、エコシステム全体で負わなければなりません」

こうした課題も踏まえ、最後にゴーマン氏は日本への期待を次のように語った。

ゴーマン氏「日本は先進的な通信インフラや優れた研究力、強固なデータガバナンスなど、デジタルリーダーシップに必要な多くの基盤を備えています。だからこそ、現在の課題は『実行』にある。政策立案者および業界リーダーが連携し、技術的優位性を経済的・社会的成果へと転換するための行動を行うことが重要です」

「2025年の崖」を通過した日本は今、次のフェーズへの入り口に立っている。6Gの国際標準形成に関与し、AIを社会に実装し、超高齢社会に対応したデジタルインクルージョンを実現する。その素養が十分にあるなかで問われているのは、技術力ではなく、それを現実に変えるための意思と実行力だといえるかもしれない。

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