なぜ今、企業は「大学」を持つのか──NTTデータGSLが実装する“教え合い、学び合う”企業内大学の正体
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技術革新のスピードが加速し、昨日までの正解が今日には通用しなくなる現代。企業にとって人材の「学び」は、もはや福利厚生の一環ではなく、生存戦略そのものとなっている。
特に高度な専門性が求められるIT・DX分野、そして企業の心臓部を担うERP(基幹業務システム)の分野では、人材の需給ギャップが深刻化しており、外部からの採用だけで組織を維持することが難しい状況にある。こうした背景から、いま先進的な企業が注力しているのが、自前で人を育て続ける仕組み「企業内大学」の設立である。
その一つの事例として、NTTデータ グローバルソリューションズ(以下、GSL)が運営する「GSL大学」は、単なる研修制度の延長ではない。組織の知見を社内で循環させ、社員のエンゲージメントを戦略的に高める、同社にとって欠かせない育成インフラとして機能している。
なぜ今、企業は“大学”を社内に持つのか。GSL大学の運営を担う組織開発部のメンバーへの取材から、その理由に迫った。
従来の研修と異なり、与えられるものではなく「能動的に学ぶもの」
かつての日本型雇用においては、会社が用意したキャリアの枠組みの中で現場経験を積みながら成長していくモデルが広く機能してきた。しかし、技術やビジネス環境の変化が急加速する現在では、受動的な学びだけでは変化に追いつけない。
「特にIT人材の獲得競争は激化しています。なかでも、私たちが主軸とするSAP(エス・エー・ピー)の世界は非常に専門性が高く、かつてのような『経験者を採用すれば解決する』というフェーズは終わりました」
そう語るのは、GSL大学の運営を牽引する組織開発部 部長の大村 友介氏だ。大村氏はGSL大学がスタートした2019年当時の切実な課題感を振り返る。

大村氏「2019年当時、SAP人材の市場価値は高騰し続け、キャリア採用だけでは事業拡大のスピードに追いつけないことが明白でした。一方で、既存社員の側にも『この会社にいても成長の限界があるのではないか』という不安が生じ、流出のリスクも抱えていた。つまり、『採用できない一方で、既存社員は流出してしまう』という、組織として最も避けたいジレンマに直面していたのです」
この危機感を突破するために構想され、2019年にスタートしたのが「GSL大学」の社内大学制度だ。彼らが目指したのは、研修という「点」の施策ではなく、体系的な学びを提供し、組織全体で知見を循環させるための「面」の構造改革だった。
大村氏「従来の人材育成と決定的に違うのは、学びを『人事部から与えられるもの』ではなく、現場が主役となって『教え合い、学び合う』思想を根底に置いている点です。それまでのGSLには、すばらしい知見を持ったプロフェッショナルが多数在籍していましたが、その知見は事業部やプロジェクトという『縦割り』の中に閉じていました。この分断をつなぎ、組織知を全社で循環させるためのプラットフォームが必要だったのです」

インナーブランディングにも効く。「大学」という名称にこだわった理由
GSL大学の最大の特徴は、その網羅性と「バーチャル組織」として位置づけられている点にある。組織図上の正式な部署ではなく、代表取締役が理事長を務め、事業本部長が副理事長を担うという強力なバックアップ体制のもと、全社横断的なプロジェクトとして運営されている。
なぜ「研修制度」ではなく「大学」という名称にこだわったのか。そこには、インナーブランディングの意図も含まれている。
大村氏「単にスキルを身につける場所なら『トレーニングセンター』でいいはずです。しかし私たちが作りたかったのは、研究や交流、そして自社のアイデンティティを形成する場でした。GSLにおける人材育成のすべてを『GSL大学』というキャッチーな名称で括ることで、社員の認知を高め、『ここでは常に新しい何かが学べる』という期待感を醸成したかったのです。大学というと、多くの人にとっては社会人になる前に通う場所というイメージがあります。しかし、大人になってからも通える“大学”が身近にあることで、学び続けたいという気持ちを後押しできるのではないか。それが結果的に、インナーブランディングにもつながり、エンゲージメント向上や離職防止に寄与すると考えました」
現在、GSL大学は大きく分けて「教育・育成」「研究」「交流」の3つの柱で構成されている。

例えば教育・育成に含まれる、IT未経験者や第二新卒を対象とした「SAPコンサル育成プログラム」は、3カ月でSAPの基礎から業務知識までを体系的に学ぶ。特筆すべきは、単なる座学ではなく、実践的な模擬プロジェクト演習が含まれている点だ。

大村氏「SAPは企業の基幹システムですから、単なるプログラミング知識だけでは不十分です。お客様の『ビジネスの流れ(業務プロセス)』を理解し、それをどうシステムに落とし込むかという、極めて高度な翻訳能力が求められます。このプログラムでは、3カ月で現場で戦える最小単位のプロフェッショナルを育成します。実際、未経験で入社した社員が、このプログラムを経て数年後にプロジェクトの中核として活躍している事例は数多く存在します」
GSLでは、「Udemy」などの外部プラットフォームの活用に加え、自社独自のノウハウを凝縮したeラーニングコンテンツを、「カオナビ」などのシステムを使って展開している。
大村氏「外部の教材は基礎を学ぶには適していますが、GSL独自のプロジェクト管理手法や、日本企業特有の要件への対応方法までは教えてくれません。eラーニングコンテンツには、現場のシニアコンサルタントが夜な夜な書き溜めたような、ネットで検索しても絶対に出てこない『生きた知見』や開拓したての『新しい技術』が蓄積されています。これを誰でも、いつでも見られるようにしたことが、組織全体の底上げにつながりました」
講師は社員。AI検索では知ることのできない生の知見を提供
GSL大学が「学習する組織」として真価を発揮しているのが、誰でも自由に参加できる「公開講座」だ。
大村氏「現在、私たちが最も力を入れているのが公開講座です。月に数回、リモートで開催され、1回あたり50人から、多いときには100人以上の社員が集まります。大きな特徴は、登壇する講師の多くが人事担当者ではなく、現役の現場社員であることです」
講師は自ら手を挙げる場合もあれば、周囲からの推薦で決まることもあるという。「あのプロジェクトの成功事例を共有してほしい」という期待に応えるかたちで、若手からベテランまでがマイクを握る。
大村氏「新卒2年目の社員が登壇することもあります。先輩たちが『自分がサポートするから、君が苦労して乗り越えたあの話をしてみなよ』と背中を押すんです。完璧な講義である必要はありません。むしろ、失敗談や泥臭いトラブル解決の話こそ、受講者からは『すぐに業務のヒントになる』『自分だけが悩んでいたわけじゃないんだ』と大きな共感を得られます。これが、単なる知識伝達を超えた、部署間での人と人をつなぐきっかけになっているんです」
取材の中で印象的だったのは、この公開講座が「社内インフルエンサー」を生む場にもなっているという話だ。
大村氏「講座を通じて『あの分野ならあの人が詳しい』という認知が全社に広がります。すると、講座が終わった後もチャットやDMで相談が飛び交うようになる。GSL大学という場が、部署の壁を越えた社内ネットワークを自動的に生成しているんです。これは、リモートワークが普及し、組織の希薄化が課題となる中で、非常に強力なエンゲージメント向上策になっています」
組織開発部 採用育成チームの酒井 綾子氏は、自らの役割を「学びの場をつくり、社員同士の学び合いが生まれるよう働きかける “お節介焼き”」だと定義する。

酒井氏「放っておけば、学びは現場の忙しさに埋もれてしまいます。『プロジェクトが忙しいから学習は後回し』。これが今までの常識でした。しかし、私たちはその常識に抗いたい。だからこそ、アンケートなどの反応を参考にしながら、活動がうまく機能していない場合はその原因を見極め、内容をブラッシュアップします。また、講義や学習コンテンツを用意するだけでなく、オフィスの中心に物理的な本棚を設置し、事業部長の愛読書を並べるといったアナログな仕掛けを続けているのも、学びを『日常の景色』にしたいからです」
この「お節介」ともいえる徹底した伴走体制が、社員の意識を少しずつ変えていった。
酒井氏「当初は『また組織開発部が何か始めたぞ』という冷ややかな視線もゼロではありませんでした。しかし、現場のメンバーが登壇しやすく、社員が受講しやすいよう、環境や仕組みを見直し、登壇した社員にスポットライトを当て続けることで、徐々に『教えることは自分の成長にもつながるし、かっこいいことだ』という文化が根付いてきました。今では、事業部側から『こういう講座をやりたい』という持ち込み企画も増え、『この分野なら自分が一番詳しい』と手を挙げる社員が現れるなど、登壇する社員の裾野が広がっています」
こうした文化の醸成は、採用にも大きな影響を与えている。
大村氏「採用面接で『GSL大学の制度を見て応募しました』と言ってくれる候補者が非常に増えました。特に若い世代は、会社を『単に給料をもらう場所』ではなく『自分がどれだけアップデートできる場所か』という視点で選んでいます。GSL大学は、私たちが何を大切にし、どのようなプロフェッショナルを育てたいかという姿勢を社内外に示す存在になっています」
自分のために学びを「利用」し、そして「還元」する。この循環が競争力へ
GSL大学の事例は、多くの日本企業が抱える「リスキリング」の課題に対しても一つの解を示唆している。
大村氏「世の中で言われているリスキリングは、どうしても『スキルの付け替え』という冷たい印象になりがちです。しかし、本来の学びはもっとワクワクするものであり、人間的なつながりの中で育まれるべきものです。私たちは、GSL大学を通じて『一生モノの武器』を社員に手渡したい。そして、その武器を持って、変化の激しい時代を自由に泳ぎ回ってほしいと考えています」
さらに取材の終盤、大村氏は力強くこう語った。
大村氏「私たちが大切にしているのは、個人の成長が組織の成長につながるという、ごく当たり前で、かつ強力な確信です。1人でも多くの社員がGSL大学を自分のキャリアのために『利用』し、そこで得たものを仲間に『還元』する。この循環こそが、AI時代においても揺るがない、企業の真の競争力になると信じています」

取材を通じて見えてきたのは、GSL大学が決して「効率的なスキル習得」だけを目的とした場所ではないということだ。
もちろん、SAPの高度な技術やビジネススキルは学ぶ。しかし、その根底にあるのは「あの人の話を聞きたい」「自分の知識で誰かを助けたい」という極めて人間的な熱量である。AIが情報を瞬時に要約し、最適な答えを提示してくれる時代だからこそ、現場の生々しい失敗談や、対話から生まれるインスピレーションの価値は、かつてないほど高まっている。さらに、企業内大学の運営による「入社後も成長し続けられる企業である」という事実そのものが、応募者や市場に対する一つの重要なメッセージとなっているのだ。
文:吉田 祐基
写真:小笠原 大介