地域のために持続可能な農業を目指す。SSからトマト栽培へ
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高齢化や人口減少を背景に、さまざまな課題が山積する地域社会。担い手不足が進む農業では耕作放棄地の増加などが深刻化している。持続可能な農業の突破口となり得るのが、他業種からの新規参入だ。人材やネットワークなど、既存アセットを備える地域密着型の事業者にも、可能性は大きく広がっている。
出光興産株式会社が推進する「スマートよろずや構想」は、こうした農業を含む幅広い地域ニーズに応えるプロジェクトだ。同社系列のSS(サービスステーション。ガソリンスタンドを指す)に新たな機能を組み込み、燃料供給にとどまらない生活支援拠点へと進化させ、地域課題の解決を目指している。SSを運営する事業者(特約販売店)と出光興産が協力し、ユニークな相乗効果を生み出している事例も多い。
AMPでは連載を通じ、「スマートよろずや構想」の事例を紹介している。第9回となる本記事では、地域のインフラ拠点であるSSを運営しながら、サステナブルな農業に挑戦する明石石油株式会社を取材。SS経営などと並行してトマト栽培に乗り出した特約販売店の取り組みを追い、「エネルギー×農業」という新たな価値創出の可能性を探っていく。
地域の生活と産業を支えてきた、明石石油の発展
静岡県浜松市で120年以上にわたり地域の生活と産業を支えてきた明石石油株式会社。同社の歴史を振り返るのは、5代目の代表取締役を務める明石 真氏だ。

明石氏「当社は染料、石炭、石油販売と、時代のニーズに応える形で発展してきました。私が会社に入社したのは2002年。当時は石油の需要減少が加速し、赤字を抱えていた時期です。その後、2015年に社長に就任するまでの間、基盤事業の競争力と収益力の強化に力を注いできました。そうした中で、事業環境を見つめ直すきっかけになったのが、出光興産が開催する『出光経営カレッジ』でした。『自分たちが何を売りたいか』ではなく、『地域社会の要請は何か』『人々が何に困っているか』を考え抜くことで、次の時代を歩む視点を獲得しました」
「出光経営カレッジ」を経て、明石氏は改めて企業目的を設定。「社員の人間的成長と物心両面の幸福を追求すると共に、地域社会の豊かな生活の実現と産業の発展に貢献します。」と明示した。重視したのは自社の利益ではなく、地域や産業、社員の成長・発展だ。この企業目的を実践すべく、現在同社は3本柱で事業を推進している。

明石氏「SSを起点とした多彩なカーライフ事業、プロパンガス販売やリフォームなどを扱うホームライフ事業、潤滑油や燃料油などを扱う産業エネルギー供給事業です。特に私は、車検専門工場の新設、家庭における機器の修理・点検など、既存事業の拡大に力点を置いてきました。リフォームは『出光経営カレッジ』参加後に開始したもので、家庭でのささいな困りごとなど、高齢者ニーズに対応したいと考え、始めた事業です」
出光興産株式会社で明石石油をサポートするのが、関東第一支店の下谷 愛純氏だ。カーライフ事業では、車検予約サービス「らくらく安心車検」を導入するなど、デジタルツールを活用してサービスを拡充。また産業エネルギー供給事業では、大手企業への新規ソリューション提案に奔走している。

下谷氏「明石石油さんは、浜松市で盛んな輸送機器産業に潤滑油を、ウナギ養殖などでも知られる1次産業に燃料油を販売するなど、地域に欠かせない特約販売店です。浜松市の大手企業ではカーボンニュートラル需要も高まっていることから、私たちもバイオ燃料などのソリューションを提案しています。こうした機会の根底にあるのは信頼です。長年培われた地域との関係に、明石石油さんの強みがあります」
明石氏「浜松市には昔から、『やらまいか』という言葉があります。『やってみようじゃないか』を意味するベンチャー精神の表れで、新たなことにチャレンジする空気が地域全体に流れているのです。明石石油もそうした土壌の中で、新規事業を展開してきました」
こうした地域との関係性から始まったのが、明石氏による農業への参入だ。
持続可能な農業へ、知見ゼロからトマト栽培をスタート
浜松市は農業も盛んな地域であり、明石石油はビニールハウスなどで必要な重油などの燃料供給を担ってきた。多くの顧客と接する中で明石氏が目の当たりにしたのが、担い手不足の問題だ。
明石氏「お世話になっている農家さんが、毎年のように引退されていく。ニュースで流れる農業の高齢化は、浜松市においても一目瞭然でした。どんなにテクノロジーが発達しても、人間は食がなければ生きていけません。国際情勢も不安定化する中、食料自給率の低下も危惧していました」

持続可能な農業を構築するために、自らが担い手となり、地域のために行動することを決めた明石氏だが、農業への参入障壁は高い。ノウハウもゼロからのスタートで、どのようにアプローチしたのだろうか。
明石氏「地域のビジネスマッチングフェアで、株式会社Happy Qualityという浜松市のベンチャー企業と出会いました。同社が目指していたのは、勘や経験に依存せず、データ管理で誰もが参入できる農業モデルです。フルーティーな味わいの中玉トマト品種『フルティカ』の栽培において、AIなどを活用した高度な技術によって、甘さを引き出すことに成功していました。その技術を契約農家に提供していることから、私たちもパートナーの一社になりました」
Happy Qualityと資本業務提携を締結し、協業に乗り出した明石氏。技術指導や流通支援を受けながらトマト栽培を開始し、グループ会社として明石ファーム株式会社を立ち上げた。

明石氏「Happy Qualityの選果場にて糖度やリコピンの含有量を測定し、一定の水準をクリアすれば、生産したトマトを買い取ってもらえる。このモデルにより、私たちもスモールスタートを実現できました。その後、徐々に自社ブランドの商品として、自前で流通させる仕組みを整えていきました」
同社は当初、傷や形状が理由で流通に乗らない規格外のトマトを、独自ブランドとして販売していた。現在は浜松市内のスーパーマーケットで販売されており、中玉トマトの人気商品として注目を集めている。
明石氏「明石ファームが掲げるミッションは、持続可能な地域農業の実現です。地産地消の仕組みを普及させたいと、地元スーパーマーケットとの連携にも力を入れました。気候変動の影響で供給が不足し、小売側でも野菜の確保は課題になっています。最初は販路開拓に難しいイメージを抱いていましたが、いざ営業してみると、どのスーパーマーケットも歓迎してくれました。現在は規格外トマトもブランドを分けて出荷しており、農産物の未利用廃棄の課題解決にも積極的に取り組んでいます」

さらに同社は、加工品の製造も始動。規格外野菜としても販売が困難なトマトをジュースに加工し、ECサイトなどで販売している。
明石氏「猛暑の時期、廃棄せざるを得ないトマトが半分を占めた経験がありました。大切に育ててきたトマトを捨てるのは、生産者としても心苦しく、持続可能な農業の方針からも外れてしまいます。社内でアイデアを出し合い、無添加100%ジュースに加工することを決定しました。ジュースの加工は専門業者に依頼でき、設備投資を抑えられるのも利点です。もともと生で食べられるトマトのため、おいしさには自信があります」

こうした明石ファームの事業は、出光興産でもバックアップしていく方針だ。下谷氏はその第一歩として、トマトジュースの試飲会を実施した。
下谷氏「東京オフィスの社員食堂で、トマトジュースの無料試飲会を開催しました。社内に明石ファームの魅力を知ってもらうことが目的だったのですが、ジュースの味は好評で、継続購入している社員もいるようです。今後は全国に広がる特約販売店のネットワークを生かしながら、PRなどでもお手伝いしていきたいです」
ビジョンを共有することが、地域の新規事業を育む
明石ファームとして農業をスタートして約3年。年間のトマト栽培量は50トンを超えており、黒字化も見えてきた段階だ。明石氏は今後、栽培面積の拡大を図るという。
明石氏「現時点で明石ファームの農地は50アール(5,000平方メートル)弱。耕作放棄地の賃借料は比較的安価で、規模拡大は比較的容易です。初期投資も一段落し、栽培面積の拡大は売り上げに直結すると見込んでいます。また、エネルギー供給事業者としての強みを生かし、冷房など猛暑対策を強化していきます。周年栽培で食の安定供給を実現するためには、夏場の高温障害対策は欠かせません。ビニールハウスへの冷房導入は普及していないため、同業者からは珍しがられることも多いです」
トマトのおいしさを保つのは、Happy Qualityの指導に基づく徹底的な品質管理だ。ビニールハウス内には、苗に自動で水を与えるシステムを設置。気温や照度、湿度などのデータをリアルタイムに測定し、灌水(かんすい)量を制御することで、高リコピン・高糖度のトマト栽培を実現している。

明石氏「現場で作業を指揮するのは、トマトの栽培経験がある高校時代の友人です。作業は他の社員やパートさんが担う形で、生産体制を整えています。他部署からの異動も行っており、中小事業者では困難なジョブローテーションも、農業事業への参入によって実現できました。社員が成長するだけでなく、年齢やライフステージに応じて適職を提供できると期待しています」
ベンチャー企業や小売、飲食など、地域の関係者を巻き込みながら展開される、明石ファームの農業。「農業の持続可能性に関心を示すパートナーが多いからこそ、事業が支えられてきた」と、明石氏は3年間を振り返る。
明石氏「私たちはHappy Qualityに出資していますが、同時に事業を育ててもらう立場でもあります。資本関係にとどまらず、双方で相乗効果を生み出しているのは、地域課題を共有し、一緒にアプローチしているからでしょう。“持続可能な農業”というビジョンは多くの関係者が抱いており、地産地消の食材には、飲食店の皆さんも強い関心を示してくれます。皆で足りない部分を補填(ほてん)し合い、共に成長する関係性が、地域の未来を切り開くはずです」

下谷氏「明石ファームの農業は、エネルギー供給事業者として農家の皆さんと接点を持っていたことからスタートしました。ビニールハウスに燃料を供給する特約販売店は、全国にも数多くいます。農業参入を通じ、地域に貢献できる可能性は広がっているはずです。そして出光興産は、農薬散布などに向けたドローンの貸与、営農型太陽光発電の開発など、アグリテック関連のソリューション強化にも取り組んでいます。さまざまなノウハウを掛け合わせることで、農業の課題を解決していきたいです」
理念と地域ニーズが重なることで、「スマートよろずや構想」は加速する
農業という新たな領域に可能性を広げる、出光興産の「スマートよろずや構想」。特約販売店が新規事業に参入する上では、何がポイントになるのだろうか。
明石氏「農業への参入は、困難も多かったです。それでも事業化できたのは、地域貢献という使命感があったからでした。初めの意志が強固であれば、自ずと行動が明確になり、情報が集まり、仲間も増えていきます。逆に方針を決めなければ、同じビジネスチャンスが目の前を通過しても、気付くことはなかったでしょう」
下谷氏「地域ごとの声に耳を傾けられるのは、SSなどで日頃から地域との関係性を育める、特約販売店の強みです。明石ファームの挑戦は、『スマートよろずや構想』が掲げる“地域起点”を体現する事例といえます。当社ではエネルギーのみならず、社会課題解決に寄与する多彩なソリューションを用意しています。特約販売店がゼロからスタートする事業でも、力を発揮できるはずです」
明石氏「明石石油には創業以来、新たなことに挑むDNAが脈々と受け継がれてきました。全国の歴史ある特約販売店も複数の事業を展開していると思いますが、最初は全て新規事業だったはずです。特に事業環境が急変する現代においては、地域のニーズを見据えながら、商材を自分で考えていかなければなりません。その際に重要になるのは、自社の理念との親和性ではないでしょうか。日本各地にあるニーズと、特約販売店の理念がマッチしていけば、『スマートよろずや構想』の社会的意義も向上していくでしょう」
サステナブルな農業を目指し、地域の新たな循環モデルを構築する明石石油。その挑戦は、エネルギー供給にとどまらず地域課題の解決へと踏み出す「スマートよろずや構想」の実践例といえるだろう。全国の特約販売店にとっても新たな可能性を示している。
