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生成AI全盛期に「あえて使わない」Z世代 “AIヴィーガン”という新しい生き方とは

生成AIは、文章作成から画像生成、動画編集まで、多くの作業を数秒でこなす社会インフラとなりつつある。教育や仕事の現場でも生成AIの利用が前提化し、便利さと効率を求める流れは加速している。

しかし、この潮流の中であえて生成AIを使わない若者たちが現れている。彼らは“AIヴィーガン”と呼ばれ、生成AIの利用を避け、人間本来の創作や学習の価値を守ろうとしているのだ。

Euronewsの記事では、とあるゲームのアートコンペティションでAIが生成した作品の応募が認められた際に「努力が軽視された」と感じた若手クリエイターの声を紹介。こうした違和感はZ世代の間で静かに広がっている。

本記事では、この“AIヴィーガン”という新潮流に着目し、一定数の若者たちがなぜ生成AIを拒むのか、その背景にある倫理観・環境意識・創作観を読み解きながら、AI時代における新たな価値観の可能性を考察する。

生成AI全盛期に生まれた“AIヴィーガン”という選択

生成AIは、もはやデジタルネイティブ世代にとって当たり前のツールになりつつある。

大学のレポート作成、就職活動の自己PR文、SNSでの画像編集、さらにはメール文の作成まで、さまざまな場面で生成AIを使うことが合理的だと考えられている。教育機関でも企業でも、生成AIを適切に活用する力が“新しいリテラシー”として求められ始めている。

そのような環境下で、生成AIを「あえて使わない」「使うことを拒む」という姿勢は、むしろ目立った存在だ。同記事に登場する若者たちは、生成AIの利便性を理解しながらも、不信感や違和感を抱いている。

ある学生は「生成AIが生み出すものには魂がない」と語り、別の若者は「自分の思考がAIに寄生されていくようで嫌だった」と話す。こうした声は、海外のSNSコミュニティでも共鳴を起こしており、生成AIの利用を避ける若者が集まるRedditコミュニティには、既に7万人以上が参加している。

「生成AIを使わない」という選択肢が、若者の間でムーブメントに発展している背景には、単なる感情的な反発以上の深い理由が存在する。

なぜ彼らはAIを拒むのか、3つの主要動機

(1)倫理的理由 無断学習とクリエイターの権利侵害

生成AIが大規模な学習データによって成り立っていることは広く認知されるようになったが、そのデータの多くはアーティストや写真家、ライターらの作品が同意なく利用されたものだ。若者の中には、好きなクリエイターが「勝手に作品を学習された」と憤る姿を見て、AIそのものへの不信感を抱いた人も少なくない。

Euronewsの記事に登場した22歳の学生は、AIが生成したアートが急増する中で「人間の努力やオリジナリティが損なわれている」と語る。創作分野を学んでいる学生ほど、創作のプロセスそのものがAIに置き換えられることに対して強い拒否感を示しやすい。

(2)環境的理由 AI利用の裏側にある巨大なエネルギー消費

2つ目の理由は、生成AIの利用が環境に与える負荷だ。AIがテキストや画像を数秒で生成する裏側では、サーバーが膨大な電力を消費し、データセンターの冷却には大量の水が使われている。

近年の研究や報道では、モデルやデータセンター環境によって数値は大きく変動するものの、複数回のプロンプト応答で500ミリリットル前後の水を消費する可能性があるという推計も示されている。

つまり、AIの便利さの背後には、目に見えにくい水資源や電力負荷が存在しており、環境意識の高い若者ほどその点を問題視する傾向が強いのだ。

「肉を食べないことで環境負荷を減らす」というヴィーガン思想に似た文脈で、AIを「使わない」という選択をする若者が出てきているのは興味深い。

(3)学習・創作への悪影響 認知能力の低下と“努力”の喪失

3つ目の理由は、学習や創作の領域では、生成AIの利用が「考える力や創作過程を奪うのではないか」という懸念があるからである。

MIT Media Labの実験条件下では、学生が生成AIを使ってエッセイを書くと、自力で書く場合に比べて、文章内容の記憶が弱まり、脳のネットワーク結合が低下し、自分の作品としての実感が薄れる傾向が観察された。

この研究は小規模で、長期的な影響を断定できるものではないが、「AIが思考や記憶のプロセスにどう影響するのか」という問題提起として注目されている。また、創作を学ぶ若者にとっては、生成AIが努力のプロセスを一気にショートカットしてしまうことへの違和感が大きい。

努力の積み重ねこそが創造性の源泉だと考える彼らにとって、生成AIは便利でありながら成長の機会を奪う存在でもある。この価値観が、“AIヴィーガン”という選択を後押しする一因になっている。

若者の価値観の変化 効率より“本物の体験”へ回帰

近年、Z世代の間では、効率や即時性を重視するデジタル環境への疑問が徐々に高まりつつある。スマートフォンやSNSを前提とした生活に慣れた彼らの一部には、デジタル疲れや過剰な効率追求への違和感があり、より“本物らしさ”や“自分らしい体験”を重視する傾向も見られる。こうした価値観の変化は、便利さよりも創作の手触りや自己表現を大切にする姿勢とも結びついている。

AI生成物は確かに早くて便利だが、その過程に自分の努力や個性は存在しない。そのため「生成AIで作ったものは自分の作品ではない」と感じ、生成AIに頼らずに描いた絵や文章にこそ価値を見出す若者も多い。

こうした価値観は、アナログ回帰のトレンドとも重なる。手帳・紙の本・フィルムカメラの人気が再燃しているのもその一例だ。生成AIの普及が進むほど、若者の間では逆に「人間の創造性」への渇望が強まっている。

とはいえ、こうした潮流はZ世代全体というより、価値観の多様化の中で顕在化しつつある一部の若者の動きと言える。

普及とのギャップ 社会はAI前提、でも若者は違和感

社会は急速に生成AIの使用を標準化しようとしている。企業では生産性向上のために生成AIツールの活用が奨励され、学校でも生成AI利用のガイドラインが整備されつつある。しかし、「生成AIを使わない」という選択をする若者にとって、この流れは大きなプレッシャーになり得る。

Euronewsの記事では、インターン先で「生成AIを使って作業を効率化するように」と求められ、葛藤する若者の姿も紹介されていた。AIヴィーガンを名乗る学生たちの多くは、生成AIの活用を“強制”される環境に強い違和感を抱いている。

このギャップは、企業や教育現場に新たな責任を突きつける。すべての人が生成AIを使う必要はない。生成AIの利用を透明化しつつ、「使わない」選択肢も尊重する仕組みづくりが求められるようになるだろう。

日本への示唆 多様な選択が許容される社会へ

日本は世界でも特に効率を重視する社会であり、ビジネスの現場では「生産性向上」が最優先に語られがちだ。そして、生成AIは日本の企業文化と非常に相性が良く、導入への抵抗感も比較的少ない。しかし、日本にも「生成AIに頼らず、自分の表現を磨きたい」という若者は確実に存在する。

Z世代向けのマーケティングにおいても、“生成AI非使用”は新たな価値になり得る。たとえば、ハンドメイド商品、クラフト的なブランド、アナログ志向の体験型サービスなどは、生成AI全盛の時代だからこそ輝きを増している。

逆に、すべてを生成AIで最適化しようとする企業は、若者から“味気なさ”を指摘される可能性すらあるのだ。

最終的に問われるのは「生成AIを人間がどう使うか」ではなく、「自分の価値をどう見出すか」である。AIヴィーガンの若者たちは、単に生成AIを否定しているわけではない。彼らは、創作、学び、生き方の中で、「人間らしさ」を守るための選択をしているのだ。

生成AIの使用が当たり前になった時代だからこそ、「使わない自由」「不便さを選ぶ自由」をどう確保し、尊重するか——社会全体で考えていくべきテーマが、AIヴィーガンの声を通じて浮かび上がっている。

文:中井 千尋(Livit

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