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スウェーデンが仕掛ける「国民全員AI」計画──日本の行政DXは周回遅れなのか?

スウェーデンはなぜ「AIの無償化」に踏み切ったのか──”AI Reform”の全貌

「公共セクターAI」という言葉を聞いて、あなたは何を想像するだろうか。日本では、自治体が生成AIを試験的に導入し始めた段階だが、スウェーデンでは既に次元の異なる取り組みが始まっている。公務員、教員、学生、NPO職員など230万人(人口の約4分の1に相当)に、最先端AIツールへの無償アクセスを提供する「AI Reform」だ。

この大胆な施策の背景には、1990年代に実施された「PC改革」の成功体験がある。当時、スウェーデン政府は家庭向けのPC購入に税控除を提供し、約100万人の国民が早期にパソコンを手にした。人口約440万世帯のうち100万世帯がPCを導入したこの施策は、その後のSkype、Spotify、Klarnaといったテクノロジー企業の誕生を後押しした。

今回のAI Reformは、この成功モデルの再現を狙う。ストックホルムに拠点を置くAIスタートアップSana Labsが主導し、同社のAIエージェント「Sana」を2年間無償で提供。資金は民間財団「Swedish AI Reform Foundation」が拠出する1,200万クローナ(約1億9,000万円)に加え、トーマス・フォン・コッホ氏、ブレドラナ・サレン氏、スヴェン・ハグストレーマー氏、カール=ヘンリック・スヴァンベリ氏といった投資家からの寄付で賄われる。

特筆されるのは、この取り組みが単なる「ツール配布」にとどまらない点だ。政府が任命した委員会は2025年2月、「AI-for-all」を掲げる包括的なロードマップを発表。そこでは、スウェーデンのAI能力ランキングが近年急落していることへの危機感が示された。Global AI Indexにおける同国の順位は、かつての上位から下落し続けており、委員会は「中国・インド・アメリカとのAI競争で取り残されるリスク」に警鐘を鳴らした。

委員会議長を務めた元Ericsson CEOのスヴァンベリ氏は、「スウェーデンはAIで後れを取っている。政治主導の行動が緊急に必要だ」と述べ、報告書に盛り込まれた75の提案を迅速に実行するよう政府に求めた。その中には、今後5年間で15億ユーロ(約2,800億円)をAI開発に追加投資する計画も含まれる。

この国家戦略の核心にあるのは、「全国民のAIリテラシー向上」という思想だ。AIを一部の専門家だけのものにせず、すべての市民が活用できる環境を整備することで、国家全体の競争力を高めることを目指す。

はじめての国民向けAIインフラの現実──使われ方、課題、混乱

華々しく発表された「AI Reform」だが、現場の実態はどうなっているのか。利用者の声からは、理想と現実のギャップが浮かび上がってくる。

ストックホルムの工科大学でプロジェクトマネージャーを務めるダニエル・ヴァーレ氏は、Sanaの無償アクセスを早期に利用し始めた一人だ。彼は毎月付与される200クレジット分をわずか1週間で使い切ってしまったという。「追加のクレジットが欲しいわけではない。これは遊び場のようなものだから」と彼は語る。ヴァーレ氏は、メールの表現を調整したり、資金申請の締め切りリマインダーを設定したりする用途でSanaを活用し、業務効率の向上を実感している。

一方で、同じ早期利用者でも利用には慎重な姿勢を示す者もいる。ヴァーレ氏自身、「機密情報を扱う際にはSanaでも不安が残る」と認め、シリコンバレー発のAIシステムよりは信頼しているものの、完全に安心はできないと語る。この「信頼の問題」は、AI Reformの根幹を揺るがしかねない課題となっている。

さらに深刻な問題は、米国企業への依存だ。オックスフォード大学のAI倫理学者キャリッサ・ヴェリス氏は、スウェーデンのような国が政策レベルで米国のテクノロジー企業に依存することへの懸念を表明。「これらのシステムは安価ではなく、信頼性に欠ける技術や企業への依存度が高まることが問題だ」と警告する。彼女は各国政府に対し、「企業やクラウドサービスへの依存を避け、できる限り自律性を保つべきだ」と助言している。

AI Reform最大の皮肉は、推進役であるべき首相自身がAI利用をめぐって批判を浴びたことだろう。2025年8月、ウルフ・クリステション首相は、自身がChatGPTやフランスのLe ChatといったAIツールを「セカンドオピニオンとして頻繁に活用している」と公言した。同首相は「他国はどう対応しているか、逆の考え方をすべきか、といった質問に使っている」と説明したが、この発言は大きな波紋を呼んだ。

Sana Labsの運営責任者オリヴィア・エルフ氏は、「数千人の利用者がいる」と説明するが、この数字は230万人という目標に対してごくわずか。利用の広がりが遅い要因として、制度そのものの認知不足が指摘されている。

スウェーデンの教訓:日本がAI行政を進めるうえで見えてくる条件

スウェーデンのAI Reformから日本が学ぶべき教訓とは何だろうか。両国とも「公共セクターでのAI実装」を進めているが、そのアプローチは異なる。

日本では、まず政府内部での検証が先行している。デジタル庁は2025年5月から「源内(げんない)」と名付けられた生成AI利用環境を全職員に提供開始した。3カ月間で約950人(全職員の8割)が延べ6万5,000回以上利用。文章の校正、会議の議事録作成、国会答弁の検索など、実務に直結する用途で活用されているという。また、自治体向けには「Qommons AI(コモンズAI)」が400以上の自治体で導入され、2025年10月には無料利用枠を1自治体あたり100人から1,000人へと10倍に拡大した。

これらの取り組みは、スウェーデンの230万人規模には及ばないものの、確実に行政現場でのAI活用を広げつつある。両国の比較から浮かび上がるのは、成功に不可欠な4つの条件だ。

第1に、公民連携の在り方である。スウェーデンのAI Reformは、民間スタートアップSana Labsが主導し、民間投資家の寄付で資金を調達する官民協働モデルだ。日本のデジタル庁「源内」も内製開発を基本としつつ、今後は他省庁や自治体への展開を計画している。重要なのは、政府が単独で進めるのではなく、民間の技術力と柔軟性を活用する仕組みだろう。

第2に、資金モデルの持続可能性だ。スウェーデンのAI Reformは財団方式で1,200万クローナ(約1億9,000万円)を調達したが、230万人の2年間無償提供には明らかに不足している。一方、日本のQommons AIは無料枠の大幅拡大で導入障壁を下げているが、これも長期的な収益モデルが問われる。行政や国民向けAIインフラには、継続的な投資と透明性の高い財務構造が不可欠だ。

第3には、AIリテラシーの構築が挙げられる。デジタル庁の利用実績を見ると、3カ月間で100回以上利用した職員が150人以上いた一方、5回未満の利用にとどまる職員も170人に上った。課長級の半数は利用実績がゼロという結果も出ている。つまり、ツールを提供するだけでは不十分で、研修や事例共有を通じた組織全体のリテラシー向上が必須となる。スウェーデンでも利用者が「数千人」にとどまる現状を見れば、同様の課題を抱えていることがわかる。

第4に、データ主権と国内サーバーの問題だ。欧州ではAI主権を重視する組織は62%に上る。特にデンマーク(80%)、アイルランド(72%)、ドイツ(72%)でAI主権の懸念が高まっているほか、銀行(76%)、公共サービス(69%)、公益事業(70%)といった機密性の高い分野で、米国企業への依存リスクが指摘されている。日本でも同様に、行政データをどこまで外部サービスに委ねるかは慎重な判断が求められる。

「全員AI社会」を実現するには、技術の提供だけでなく、信頼性の担保、格差の解消、持続可能な仕組みづくりが前提となる。スウェーデンの挑戦は、その困難さと可能性を同時に示すものだ。日本の取り組みも含め、行政・国民AIはどこまで広がるのか、今後の動向が注視される。

文:細谷 元(Livit

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