ニュースは本当に読まれなくなったのか ロイター研究所調査が示す、AI時代のメディア戦略と役割
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「ニュースが読まれなくなった」という言葉はここ数年、業界内外で繰り返し使われてきた。しかし、英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所(Reuters Institute)の最新調査が示しているのは、ニュースの価値が一方的に失われたという話ではない。むしろ、ニュースが人々に届くまでの経路や、消費のされ方などの前提そのものが変わりつつあるという状況だ。
ロイター・ジャーナリズム研究所が発表した『Journalism, Media and Technology Trends and Predictions 2026』は、世界51の国と地域から選ばれた280人のメディア幹部を対象に、2025年11月18日から12月20日にかけて実施された調査を基にしている。回答者は編集長やCEO、デジタル責任者、プロダクト責任者など、編集・配信・事業モデルの意思決定に直接関与する人々。業界の内側から見た危機感・期待・判断が、そのまま数値として表れている調査だ。
業界全体への慎重な見方と、自社への一定の手応え
調査によれば、ジャーナリズム全体の将来に自信があると答えた人は38%にとどまり、2022年の調査から22ポイント低下した。一方で、自社のビジネスの将来に自信があると答えた人は53%と、前年とほぼ同水準を維持している。この差は、業界全体が一様に衰退しているというより、変化への対応度合いによって企業間の分岐が進んでいることを示している。
サブスクリプションモデルを確立し、直販トラフィックを確保できている一部の出版社は、検索やSNSへの依存度を下げることに成功している。一方、広告依存度が高く、外部プラットフォームからの送客に依存してきたメディアほど、構造変化の影響を強く受けている。多くの幹部は、業界全体が同じ速度で適応できるとは考えておらず、適応の成否によって差がさらに広がると見ている。
検索とSNS流通は、すでに縮小局面に入っている
流通面での変化は、将来予測ではなく実測値として確認されている。調査では、出版社の多くが検索エンジンからのトラフィックが今後3年で43%減少すると見込んでいるが、Chartbeatのデータを見ると、その兆候はすでに現実のものになっている。2024年11月から2025年11月にかけて、Googleの自然検索からニュースサイトへの流入は世界全体で33%減少し、米国では38%減少した。
ソーシャルメディアからの送客も同様だ。Facebookからのニュース送客は43%減少し、X(旧Twitter)からの送客は46%減っている。これは一時的なアルゴリズム変更ではなく、プラットフォームの役割そのものが変わった結果と捉えられている。GoogleはAI Overviewsによって検索結果上で要点を提示し、SNSは外部リンクよりもフィード内で完結する動画や投稿を優先する設計へと移行した。ニュースは消費され続けているが、出版社のサイトに到達しないケースが増えているのだ。

AI時代に「競争しない領域」を選び始めた編集戦略
調査で最も明確に方向性が示されたのが、コンテンツ戦略の再定義である。AIが汎用的な情報整理や要約を担うようになった結果、ニュース組織は「どの領域で競争しないか」を具体的に選別し始めている。
調査では、現場取材やオリジナル報道を強化すべきだとする回答が、縮小すべきだとする回答を91ポイント上回った。分析や文脈整理は82ポイント、人間的なストーリーは72ポイントと続く。一方で、サービスジャーナリズムは42ポイント、エバーグリーン記事は32ポイント、一般的なニュースは38ポイント、それぞれ「減らすべき」との声が優勢だった。
これらの数字は、単に「質を重視する」という抽象論ではない。天気やテレビ番組表、商品レビュー、旅行ガイドといった情報は、AIチャットボットや検索結果で即座に提示されるようになった。こうした領域で従来型の記事を量産しても、競争優位を築きにくいという判断が、編集の現場で共有されつつある。
競合ではなく、組み込む存在としてのクリエイター

クリエイターやインフルエンサーの台頭について、調査は複雑な感情を映し出している。70%のメディア幹部が、クリエイターが出版社のコンテンツから時間と注意を奪っていると感じている一方で、76%は自社の記者によりクリエイター的な振る舞いを求めると答えた。さらに39%は、優秀な編集人材が個人として独立し、組織を離れるリスクを懸念している。
調査を見ると、ニュース組織の対応は大きく三つの方向に分かれている。第一は、既存の記者を「プラットフォーム人格」として育てる戦略だ。Wiredは記者をTikTokやInstagramの縦型動画に積極的に登場させ、ニューヨーク・タイムズもトップページで記者の顔や語りを前面に出す設計を強めている。エコノミストも、長年抑制してきたバイライン戦略を一部で見直し、ポッドキャストやニュースレターを通じて個人の専門性を可視化している。
第二は、若いクリエイターを組織的に雇用するモデルだ。Daily MailはDMG New Mediaという専門部隊を立ち上げ、約60人のクリエイターや動画編集者を配置している。CNNは2026年に向けて「CNN Creators」を本格展開し、ドーハに専用スタジオを設ける計画を進めている。オランダではMediahuisが若年層向けのSPIL Newsを立ち上げ、20代の記者がTikTokやYouTubeを主戦場にニュースを届けている。
第三は、外部クリエイターとの提携やスタジオ型支援である。Vox MediaはKara Swisher(カラ・スウィッシャー)氏やScott Galloway(スコット・ギャロウェイ)氏といった著名クリエイターとレベニューシェア型契約を結び、制作・販売・イベント運営を支援している。ワシントン・ポストのRippleプロジェクトも、Substack発の書き手などを自社プラットフォームに迎え入れる試みだ。
調査結果は、ニュース組織がクリエイターを単なる競合ではなく、新しい編集・流通の一部として組み込み始めていることを示している。
AI生成コンテンツと信頼の問題
AI生成コンテンツの増加も、調査後半の重要な論点だ。急成長しているYouTubeチャンネルの約1割が、ほぼAI生成動画のみで構成されており、TikTok上にはすでに10億本以上のAI動画が存在するとされる。一方で、C2PAなどのデジタル来歴情報を付与したニュースコンテンツは、世界全体でも1%未満にとどまっている。
調査では52%が、AIスロップ(低品質なAI生成コンテンツ)や偽情報の増加が結果的に信頼できるニュースの価値を高める可能性があると答えているが、48%はそうは考えていない。混乱が必ずしも報道機関への回帰につながるとは限らず、コメント欄やAIチャットボットに依存する層が増える可能性も指摘されている。
収益多角化と、実行を阻む現実的な制約
ビジネスモデルに関する調査結果は、安定と不安が同時に存在している状況を描いている。商業メディアにとって最も重要な収益源は依然としてサブスクリプションや会員制であり、76%が最優先課題に挙げている。広告についても、ディスプレイ広告やネイティブ広告を重視すると答えた人は64%にのぼり、短尺動画の普及を背景に再評価されている。オンライン・オフラインのイベントも54%が重要と回答しており、収益多角化の一環として位置づけられている。
新たな成長機会として注目されているのが、プラットフォームからの支払いだ。37%が、コンテンツライセンスやレベニューシェアを重要な収益源になり得ると見ている。ただし、AI企業との契約から「大きな収益」を見込んでいるのは20%にとどまり、49%は「限定的な貢献」、20%は「収益は見込めない」と答えている。期待と現実の間には距離がある。
調査後半では、イノベーションを阻む要因も具体的に示されている。62%が将来モデルへの投資不足を課題とし、53%はプロダクト人材や技術人材の不足を挙げている。26%は経営戦略が十分に明確でないと感じ、49%は組織内の部門間競合が新規プロジェクトの足かせになっていると回答。新しい収益源を模索する必要性は共有されているが、実行段階では多くの制約が存在している。
エージェント型AIと「測れない利用」という前提
調査の最終章は、技術トレンドがニュースの前提条件をどう変えるかに焦点を当てている。OperaのNeon、The Browser CompanyのDia、OpenAIが関与するとされるAtlas、PerplexityのCometといったAI搭載ブラウザは、記事を読む前に要約や翻訳を行い、ユーザーの代わりに情報を処理する機能を備えている。

専用アプリも同様の動きを見せている。元Googleエンジニアが開発したHuxeは、メールや関心領域、ニュースを組み合わせた音声ブリーフィングを自動生成する。OpenAIのPulseは、過去のChatGPT利用履歴と連動したカード型ニュース提供を行っている。こうした環境では、ニュースは固定された記事ではなく、文脈に応じて形を変える「リキッド・コンテンツ」として扱われる。
この変化について、調査では75%の幹部が、今後3年で出版社に「大きい、または非常に大きい影響」があると答えている。特に議論されているのは、測定と収益化だ。AIが要約や読み上げを行った場合、それを閲覧と見なすのか、どの程度利用されたと評価するのかについて、まだ明確な基準は存在しない。これは悲観ではなく、既存の指標や契約条件を再設計する必要性が高まっていることを示している。
要約される時代に、ニュースが引き受ける役割
同調査が描いているのは、ニュースが不要になる未来ではない。むしろ、ニュースが担う役割がより限定され、明確になっていくという仮定だ。要約しにくい論点を整理し、異なる立場を並べ、誤りがあった場合に訂正し説明すること。こうした行為は効率的ではないが、引き続きニュース組織に委ねられている。
要約される時代に、ニュースは何を引き受けるのか。その問いに対して、各メディアがそれぞれの条件の下で答えを探している。
文:岡 徳之(Livit)