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光害が奪った星夜を取り戻す──オランダ発“光を消す動物園”が再定義する暗闇の価値

都市に暮らす人々は、いつから星空を見失ってしまったのか。過剰な人工照明が夜空を覆い、自然のリズムは人々の生活から切り離された。光は都市の安全・利便性・発展の象徴である一方で、文明の進展と引き換えに私たちはひとつの豊かさを手放したのかもしれない。

オランダ・アムステルダムの動物園 ARTIS(アルティス)は、この問題に正面から向き合い、世界で初めて「Dark Sky(暗い夜空の保護)」認証を取得した“暗闇の動物園”として新たな道を歩み始めた。光害に覆われた都市の中心で、ARTISはあえて“暗さ”を取り戻し、暗闇そのものを来場者の体験価値に変えるという挑戦を進めている。

本稿では、その取り組みの背景、体験設計、そして日本における応用可能性について考察する。

都市から失われた「暗闇」という資源

都市の夜景は華やかで、人々を魅了する。しかしその美しさの裏側で、アムステルダムのような大都市では、夜空がオレンジに濁り、星はほとんど見えない。これは「光害(light pollution)」と呼ばれる現象で、人工照明が必要以上に空へ漏れ、光の幕をつくり出していることが原因だ。

実際、オランダは世界でも特に光害の強い国のひとつとされており、都市部の人工照明は毎年5〜10%という高い割合で増え続けている。DarkSky Internationalによれば、「アメリカとヨーロッパでは、99%の人々が“自然な夜”を体験できていない」という。つまり、多くの市民は本来見るはずの夜空を日常生活の中でほぼ完全に失っているということだ。

光害は、単に星空を隠すだけではない。昆虫の生態系を崩し、鳥類や夜行性動物の生活リズムを乱し、人間の睡眠にも影響を及ぼす。真っ暗な夜を知っているはずの生物たちは、いつの間にか昼夜の境目を奪われ、環境の変化への適応を強いられている。

都市に生きる私たちもまた、暗闇という環境を日常から失っている。「暗くなると不安」「照明は明るいほど良い」という価値観が無意識に形成され、自然の状態を知らない世代が増えているのだ。

光害は、生態系への影響だけでなく、都市が本来持っていた“夜の質”そのものを奪っている。そのため、暗闇を取り戻すことは単なる景観の改善ではなく、都市の環境を健全な状態へ戻すための回復行為でもある。

ARTIS が世界初の「Dark Sky Zoo」となった理由

アムステルダムの中心部に位置するARTISは、ヨーロッパでも特に光害の強い都市環境に囲まれている。その中で、あえて“暗闇を取り戻す”という取り組みを進めたのは、夜空や夜間の自然環境そのものが失われつつある現状への危機感が背景にある。

ARTISは園内の屋外照明を包括的に見直し、光害の原因となる不要な照明の撤去や器具の修正を行った。照明のインベントリ(全数点検)を行い、光が空に漏れ出す状況を改善する配置や仕様に調整。こうした取り組みにより、園内の夜間環境は都市部とは思えないほど自然に近づき、夜空が再び見えるような“暗さ”を確保することが可能になった。

ARTISのサステナビリティ・コーディネーター Savitri Groag(サヴィトリ・グローグ)は次のように述べている。

“Even in the heart of a major city, nighttime darkness can be protected.”
(大都市の中心であっても、夜の暗闇は守ることができる。)

人工光によって失われた暗闇を回復することは、単なる設備改善ではなく、都市の環境価値を再定義する取り組みである。こうした独自の努力が評価され、ARTISは世界で初めて“Dark Sky”認証を受けた動物園=Dark Sky Zooとなった。

都市の中心で自然の夜を再生させるというその挑戦は、環境保全と体験価値を両立させる新しいモデルとして世界的な注目を集めている。

暗闇の中で起きる変化──「Donker in ARTIS」の体験設計

ARTISは、暗闇が持つ価値を来場者に体験してもらうため、冬季に特別な夜間プログラム「Donker in ARTIS(暗闇のARTIS)」 を開催予定だ。このプログラムは2025年12月から2026年1月にかけて8夜限定で実施される特別開園で、都市の光に囲まれたアムステルダムの中で“暗闇を体験できる場”として注目を集めている。

ARTIS公式サイトでは、このプログラムを次のように紹介している。

“When the sun sets, it becomes darker in ARTIS than in the rest of the city. And then something special happens… Darkness makes things visible.”
(日が沈むと、ARTISは街の他の場所よりも暗くなる。すると特別なことが起きる──暗闇は、見えないものを見えるようにする。)

園内が暗闇に包まれると、普段見えない星が空に戻り、街の中心にいながら本来の夜空を観察できるようになる。また、夜行性動物たちが自然な行動を見せ始め、来場者は昼間とはまったく異なる生態を見ることができる。

「Donker in ARTIS」の特徴のひとつが、プラネタリウムの特別上映だ。ARTIS公式サイトには次のように記されている。

“Start your evening at the Planetarium. Experience total darkness, discover the starry sky and see the impact of light pollution.”
(夜の訪れはプラネタリウムから始まる。完全な暗闇を体験し、星空を再発見し、光害の影響を知る。)

来場者はまずプラネタリウムで“完全な暗闇”の中で星空と光害についての体験を行い、その後に実際の園内で夜行性動物の世界に触れる。このように 「学び」→「体感」 という流れを設けることで、科学的理解と実体験が一体化したプログラムとなっている。

暗闇によって視覚が制限されることで、物音や気配などの感覚が際立ち、来場者は自らの“感覚が再び開いていく”ことを感じ取る。「Donker in ARTIS」は、照明を落としただけの夜間開園ではなく、暗闇という環境そのものを体験装置に変えたプログラムである。

環境×体験の新しい価値創造

ARTISの取り組みは、環境保全の啓発だけにとどまらない。むしろその本質は「体験を通じて環境への共感を生み、ブランド価値に変換する」点にある。

光害問題を講義で伝えるのではなく、“暗さの回復そのもの”を体験で感じさせる。これは教育とエンターテインメントを融合させる新しいアプローチであり、来場者の記憶に強く残る。

またARTISは、動物園という枠を超えて“都市はどうあるべきか”という問いを投げかけている。暗闇をどう扱うかは、持続可能な都市づくりの根本的なテーマでもある。そして、ARTISは“光を減らした動物園”ではなく“暗闇を守る動物園”というブランドストーリーを打ち立て、強い差別化を実現している。

“暗闇”は日本の都市にとっても資源になり得る

日本でも光害は都市部を中心に深刻化しており、東京・大阪・名古屋では夜空が白く濁り、肉眼で星がほとんど見えない。しかしその反動として“本来の夜空”を求める需要は高まっている。実際、長野県阿智村は「日本一星が見える村」として年間約130万人が訪れており、暗闇そのものが強い吸引力を持つことが示されている。

ARTISの事例は、日本でも“暗闇を価値として再評価する”取り組みが十分に成立し得ることを示している。都市公園や文化施設では期間限定で照明を落とすことで、都市でも星空や静けさを体験できる空間をつくることができる。商業施設では光量を抑えた暗いゾーンを設けることで、五感の変化を味わう体験型コンテンツを生み出すことが可能だ。

さらに、暗闇の回復は環境保護の側面でも大きな意義を持つ。光害は夜行性動物の行動や生態系に影響を与えるため、日本の都市や自治体が照明計画を見直すことは環境負荷の軽減につながる。また、暗闇と星空をテーマにしたプログラムは、光害や生態系の問題を“体験を通じて学ぶ”環境教育としても機能する。

暗闇は、単なる演出ではなく、観光・環境保全・教育をつなぐ新しい都市資源となり得る。ARTISの取り組みは、日本の都市や地域においても、失われた夜の価値を再発見するきっかけとなるだろう。

暗闇の未来──見えないものを見るために

ARTISの挑戦は、都市に暮らす私たちに問いを投げかけている。「本当に明るさは“正しい豊かさ”なのか?」「見えすぎる世界に慣れた私たちは、何を見失っているのか?」暗闇は不便ではあるが、同時に“本来そこにあったもの”を立ち上がらせる。

自然のリズムや星空の存在に気づかせることは、単なる娯楽ではなく、人間と都市と自然の関係を再設計する試みだ。

光が強すぎる都市では、暗闇こそが新しい資源になる。そしてARTISの事例は、都市の未来が光を増やすことではなく、光を引くことによって拓ける場合があるということを示唆しているのではないだろうか。

暗闇に目を慣らすと、見えていなかったものが見えてくる。その体験こそが、これからの都市と文化の価値を決めるのかもしれない。

文:中井 千尋(Livit

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