8億ユーザーでも赤字拡大のOpenAIと売上11兆円宣言のAnthropic AI覇権争いの”売上戦争”が幕開け
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OpenAI「3兆円達成」の舞台裏――8億ユーザーでも課金率わずか5%の現実
「ChatGPTを使っている」と答える人は周囲に増えたが、「月額料金を払っている」という人はどれだけいるだろうか。実はこの問いが、OpenAIの収益構造における最大の弱点を浮き彫りにする。
OpenAIのSam Altman(サム・アルトマン)CEOは2025年11月、X上での投稿で同社の財務状況を初めて詳細に明かした。年間経常収益は200億ドル(約3兆1,400億円)に達する見込みで、2030年までに数千億ドル規模への成長を目指すという。さらに、今後8年間で1兆4,000億ドル(約220兆円)ものデータセンター投資を計画していることも公表した。
しかし、華々しい数字の裏には深刻な課題が潜む。ChatGPTの週間アクティブユーザーは8億人に達したが、このうち有料プランに加入しているのはわずか5%の約4,000万人に過ぎない。OpenAIの経常収益の約7割は消費者向けサブスクリプション(月額20ドルまたは200ドル)から生まれているが、95%のユーザーが無料で利用している現状では、サーバーコストすら賄えるかどうかもギリギリの綱渡りだ。
収支状況はさらに厳しい。2025年前半の6カ月間だけで、OpenAIは43億ドルの収益に対し135億ドルの純損失を計上した。今年の現金支出は80億ドルを超える見込みで、2026年には140億ドル、2029年までの累計で1,150億ドルの赤字が予測されている。Altman CEOは、企業向け製品や消費者向けデバイス、ロボティクス、科学的発見を支援するAIなど新規事業への投資を進めているが、黒字化への道のりは険しい。
Anthropic「11兆円宣言」の勝算――B2B特化で企業市場シェア32%獲得の衝撃
OpenAIが消費者市場で苦戦する中、対照的な戦略で急成長を遂げているのがAnthropicだ。同社は2028年までに売上700億ドル(約11兆円)、キャッシュフロー170億ドル(約2兆7,000億円)という野心的な目標を掲げている。一見すると実現不可能に思える数字だが、その根拠は明確だ。
注目すべきは、AnthropicのAPI売上。2025年には38億ドル(約6,000億円)と、OpenAIの18億ドルの2倍以上に達する見込みだ。さらに、コーディング支援ツール「Claude Code」は年商10億ドル(約1,570億円)に迫る勢いで、7月時点の4億ドルから急拡大を続けている。
この成長を支えるのが、徹底したB2B戦略である。Anthropicの収益構造を見ると、顧客企業からの売上が全体の約8割を占める。Microsoftとの提携によりMicrosoft 365アプリやMicrosoft Copilotへのモデル提供を開始したほか、Salesforceとの連携を拡大。DeloitteやCognizantでは数十万人規模の従業員へのClaude導入が進んでいる。
コーディング分野でのシェア42%という圧倒的な支配力は特筆に値する。これはOpenAIの21%の2倍に相当する数値であり、開発者からは「信頼性と効率性」で高く評価されている。2024年6月にリリースされたClaude Sonnet 3.5が転機となり、CursorやWindsurfといったAI統合開発環境、LovableやBoltといったアプリケーションビルダー、そしてClaude CodeやAll Handsのようなエンタープライズ向けコーディングエージェントなど、19億ドル規模のエコシステムを生み出した。
資金調達の勢いも止まらない。2025年9月には130億ドル(約2兆円)を調達し、企業価値は1,700億ドル(約26兆7,000億円)に到達。次回の資金調達では3,000億〜4,000億ドル(約47兆〜63兆円)の評価額を視野に入れているという。
市場シェア逆転劇――エンタープライズAI市場でAnthropicがOpenAIを抜いた理由
わずか2年前まで、企業向けAI市場はOpenAIの独壇場だった。しかし、2025年の状況は一変している。Menlo Venturesの調査によれば、Anthropicが企業市場シェア32%を獲得し、OpenAIの25%を抜いてトップに躍り出た。2023年末にはOpenAIが50%のシェアを握り、Anthropicはわずか12%に過ぎなかったことを考えると、驚異的な逆転劇だ。
この逆転を可能にした要因は何か。第一に、企業が求めるのは「汎用性」ではなく「特定業務での性能」という点だ。調査では、66%の企業が同一ベンダー内で最新モデルへ移行する一方、ベンダー自体を変更したのはわずか11%に留まった。つまり、企業は一度選ばれたプラットフォームへの忠誠度は高いが、常に最高性能のモデルを追い求めているということだ。実際、Claude 4のリリースから1カ月以内に、Anthropicユーザーの45%が最新版へ移行し、旧版のSonnet 3.5のシェアは83%から16%へ急落した。
モデル価格が年間で10分の1に下落しているにもかかわらず、企業は旧モデルでコスト削減するのではなく、最新の高性能モデルへ一斉に移行している点も興味深い。性能がすべてを決する市場において、Anthropicは一貫して企業を満足させるモデルを投入し続けており、これも同社への信頼性を高める要因になっている。
第二の要因は、Anthropicが掲げる「安全性と倫理」への姿勢だ。同社共同創業者のDaniela Amodei(ダニエラ・アモデイ)氏は、製品リリース前から「Constitutional AI(憲法的AI)」という概念を打ち出し、モデルが一定のルールに従って動作する仕組みを構築してきたと語る。規制を重視する大企業にとって、こうした安全装置の存在は導入の障壁を下げる決定的な要因となった。安全性は事業成長の制約ではなく、むしろ加速装置として機能しているのだ。
日本企業が選ぶべきは「ChatGPTブランド」か「Claude性能」か――2030年への戦略分岐点
自社のAI戦略を考える日本企業にとって、選択肢は主に3つある。OpenAI、Anthropic、そしてGoogleだ。どれを選ぶべきか。答えは、企業が何を重視するかによって大きく異なる。
OpenAIの最大の強みは、圧倒的なブランド力と消費者市場での普及率だ。週間アクティブユーザー8億人という数字は、ChatGPTがすでに「AI=ChatGPT」という認知を確立していることを示す。さらに、Microsoftとの深い統合により、Microsoft 365やGitHub Copilotといった既存ツールとシームレスに連携できる点も魅力だ。全社員が日常的に使うツールにAIを組み込みたい企業にとって、OpenAIは依然として有力な選択肢といえる。
対するAnthropicの強みは、エンタープライズ特化の姿勢とカスタマイズ性の高さだ。AmazonとのAWS連携により、日本企業にとって馴染み深いクラウド環境での導入が容易となっている。実際、野村総合研究所はAmazon Bedrock上でClaudeを活用し、複雑な日本語ビジネス文書のレビュー時間を50%削減した。金融、製造、流通など幅広い業界で導入が進んでおり、専門用語を含む日本語文書の理解力が高く評価されている。
Anthropicは2025年9月、国際展開を加速すると発表し、東京に初のアジア拠点を開設。同社幹部によれば、消費者向けClaudeの利用の約8割は米国外からで、韓国・オーストラリア・シンガポールでは一人当たりの利用率が米国を上回っているという。
一方、Googleも無視できない選択肢だ。2026年春、KDDIからGoogleのGeminiモデルを活用したAI駆動型ニュース検索サービスが提供開始される予定で、日本企業との連携実績を積み上げている。
選択基準は明確だ。全社員に広く使わせたい、汎用性を重視するならOpenAI。特定業務での性能を追求し、カスタマイズ性を求めるならAnthropic。既存のGoogleのエコシステムとの統合を優先するならGoogle。2030年に向けて、各社の戦略の違いがますます鮮明になっていくだろう。
文:細谷 元(Livit)