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6時間でアプリを完成──“AIの群れ”が生むスウォームコーディング革命の実力とは

役割分担するAI集団、その驚異のメカニズム

一人の優秀な人材に全てを任せるのではなく、複数の専門家がチームを組んで仕事を分担する。ビジネスの現場では当たり前の光景だ。企画担当が戦略を練り、実行担当が作業を進め、品質管理担当がチェックを行う。この人間の働き方を、AIの世界でも再現する動きが、特にコーディング分野で加速している。それが「スウォームコーディング」だ。スウォーム(swarm)とは「群れ」を意味し、複数のAIが蜂の群れのように協力してソフトウェアを開発する手法を指す。

スウォームの基本構造は、人間の開発チームを模倣したもの。まず「プランナー」と呼ばれるエージェントが全体のタスクを分解し、戦略を立てる。次に「コーダー」エージェントが実際のコードを書き、「クリティック」エージェントがそのコードをレビューして改善点を指摘する。この分業体制により、各エージェントは自分の専門領域に集中できるようになった。これに伴い、一人の人間では到底処理しきれない作業量をこなせるようになりつつある。

特に注目されるのが「リプランニング」と呼ばれる機能の実用化だろう。従来のシステムでは、最初に決めた手順通りに進むしかなかったが、最新のスウォームシステムでは、作業途中で問題が発生したり、より良い方法が見つかったりした場合、エージェント自身がタスクリストを動的に編集することができる。この適応力こそが、複雑な開発タスクを自律的に完遂できる大きな理由となっている。

さらに高度なシステムでは、タスクの性質に応じてモデルを使い分ける「モデルスイッチング」も実装されている。高レベルの推論にはClaudeを、コード生成にはGPT-5を、素早い反復作業にはGrok 4をといった形で、各モデルの得意分野を活かした配置が可能だ。

何より重要なのは、これらのエージェントが開発者の実際の環境と統合されている点だろう。コードベースを検索するgrep、テストを実行するpytest、変更を管理するgit diffといった実用ツールを使いこなし、生成したコードをその場で検証・デプロイまで行うことができる。この「現実との接続」が、単なるコード断片の生成から、実際に動くアプリケーションの構築へと飛躍を可能にした。

マルチエージェントシステムの有効性は数字にも表れている。Anthropicの内部評価では、Claude Opus 4を主導エージェント、Claude Sonnet 4を補助エージェントとした構成が、単一エージェントのClaude Opus 4と比べて90.2%も優れた成果を示したという。

機内での6時間で本格アプリが完成した衝撃

理論的な可能性だけでなく、実際のビジネス現場でスウォームコーディングがどれほどの威力を発揮するか。起業家 マーク・ラダック氏の体験が、その答えを鮮明に示している。

カナダ在住のラダック氏は、48時間後に重要なデザインパートナーとの会議を控えていたが、プラットフォームの準備が間に合っていなかった。そこで大西洋を横断する飛行機内で自身のClaude Codeスウォームに作業を任せることにした。飛行機がアイスランド上空を通過する頃には、50以上のReactコンポーネント、3つのエンタープライズ統合をシミュレートする完全なモックAPI、そして管理画面一式が完成していたという。

通常であれば18日を要する作業が、わずか6時間に短縮された計算だ。しかも単なる試作品ではない。スマートフォンでもパソコンでも快適に使える画面、他社の業務システムとの連携機能、企業ごとにカスタマイズできる管理画面、テキストだけでなく音声でも情報を提供する機能、企業レベルのセキュリティと役職に応じた権限管理まで備えていた。さらに完全な説明書、品質チェック体制、サーバー環境の設定、自動デプロイの仕組みまで含まれていたのだ。

AIエージェントの自律作業能力の長時間化が、このような生産性の向上を可能にしている。

加速するAIエージェントの自律作業時間(METRより)
https://metr.org/blog/2025-03-19-measuring-ai-ability-to-complete-long-tasks/

たとえば、Replitが発表したAgent 3は、最大200分間連続して動作し、計画、コード作成、テスト、改良までを一貫して実行する。自己テストとデバッグのループを内蔵しており、コードを生成した後、それを実行、エラーを特定し、修正を適用、テストに合格するまで再実行を繰り返す。この仕組みにより、開発者が手動で介入する必要性が大幅に低くなった。

Replitの内部評価によれば、Agent 3は以前のコンピュータ利用モデルと比較して最大3倍の速度で動作し、コストは10分の1に抑えられているという。この性能の向上は、企業が抱える開発待ちのボトルネックを根本から解消する可能性を秘める。営業用ダッシュボード、経費管理システム、顧客サポートツールなど、従来のノーコードツールでは実現できなかった高度なアプリケーションも、AIに要件を伝えるだけで数時間から数日で構築できるようになるためだ。

AIエージェントの活用領域はソフトウェア開発だけにとどまらない。データエンジニアリング分野でも同様の革命が起きている。スタートアップのArdent AIは、データパイプラインの作成、管理、修復を自動化するエージェントを開発。同社によれば、かつて数日を要した複雑なデータエンジニアリングタスクを、わずか数分で完了できるようになったという。ローンチからまもなく年間経常収益10万ドルを超え、月間70%の成長率を記録している事実が、この技術への需要の高さを物語っている。

AIを指揮する新職種──求められる新たなスキル

AIエージェントの進化と普及が新たな職種を生み出している事実にも注目すべきだろう。

その代表格が「エージェントエンジニア」と呼ばれる職種だ。役割はコードを書くことではなく、複数のAIエージェントを設計・指揮し、その成果物を検証することにある。従来のソフトウェアエンジニアとは異なり、プロンプト工学、会話設計、評価手法、そしてプロダクトマネジメントを組み合わせた複合的なスキルセットが求められる。

医療AI企業のHippocratic AIでは、すでにエージェントアーキテクト、エージェント配置エンジニア、エージェントプロダクトマネージャーといった専門職の採用を開始。エージェントアーキテクトは新しいエージェントシステムの設計を担当し、適切なモデルの選定やプロンプト技術の選択、評価基準の定義などを行う。一方、エージェント配置エンジニアは実際の顧客環境への展開を担い、高度なプロンプトの実装や自動評価の作成、フィードバックの組み込みなどを実施する。また、ハルシネーションのようなAIの不確実性への対応もエージェントエンジニアの役割に含まれる。

しかし、新たな可能性と同時に深刻なリスクも浮上している。IDCは、アジア太平洋地域の企業の3分の1が、AIエージェントに関連するセキュリティとデータプライバシーの脆弱性を懸念していると推測。また、エージェントが侵害されれば、悪意ある活動が相互接続されたシステム全体に広がるリスクも懸念材料となっている。さらに、レノボの調査でも、IT責任者の48%しかAI開発とリスク管理に自信を持っておらず、10人中6人以上がAIエージェントを新たな内部脅威と認識していることも判明した。

こうした課題に対処するため、企業は人間とエージェントの協働モデルの模索に乗り出している。開発者はアーキテクチャ、ガバナンス、意図の設定に集中し、エージェントはコーディング、テスト、パッケージング、監視を担当するという分業体制だ。AIに任せきりにせず、人間が最終的な責任と判断を保持する。これが、スウォームコーディング時代の新しい開発原則となりつつある。

文:細谷 元(Livit

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