AIが急速に社会へ浸透し、働き方や価値観が劇的に変化している今、「人を導く力」とは何を意味するのか。そしてAIには決して代替できない“リーダーシップの本質”とは何なのか。

世界150カ国で『7つの習慣®』に代表される人材育成サービス・組織開発コンサルティングを展開するフランクリン・コヴィー米国本社 エデュケーション部門 プレジデントであるショーン・コヴィー氏に、AI時代を生き抜くために必要な考え方と次世代のリーダー像について話を聞いた。

ショーン・コヴィー(Sean Covey)氏
フランクリン・コヴィー米国本社 エデュケーション部門 最高責任者。経営者、作家、講演家として世界的に活躍し、原則中心のリーダーシップ・アプローチを基盤に、教育を通じた人材育成と組織変革を推進。フランクリン・コヴィー社の学校改革プログラム「リーダー・イン・ミー」を統括し、同プログラムは現在、世界60カ国・8,000校以上で展開されている。著書に『実行の4つの規律』『大切な6つの決断:選ぶのは君だ』『7つの習慣 ハッピーキッズ』『7つの習慣 ティーンズ』などがあり、ニューヨーク・タイムズ紙ベストセラーにも選出。特に『7つの習慣 ティーンズ』は20言語に翻訳され、世界で800万部以上を売り上げている。

「リーダー人材の不足」67.8%。日本企業が直面する構造的課題

帝国データバンクの調査によると、日本企業の約7割(67.8%)がリーダー人材の不足を実感している。現場では「人員不足で育成の余裕がない」「プレイングマネジャーが多く、育成時間を確保できない」といった声が多い。

一方で、人事担当者の83%が「今後3年間でリーダーに求められるスキルは急増する」と回答。「求められる能力」と「育成機会」のギャップは拡大の一途をたどっている。世界的にも、日本は「リーダーの供給体制が脆弱な国」とされる。その背景には、“個人の成長が組織文化に還元されにくい”という構造的課題がある。

この状況を変えるためのキーワードとして、注目されているのが、スティーブン・R・コヴィー博士の思想を継ぐ「原則中心のリーダーシップ教育」だ。

 “人格を育てる” フランクリン・コヴィーのリーダー教育

フランクリン・コヴィーは、『7つの習慣®』を基にした研修プログラムを中心にさまざまな人材育成サービスを世界150カ国以上で展開している。単なるスキル習得にとどまらず、「人格の成長」から行動変容を促す点が特徴だ。

『7つの習慣®』とは、スティーブン・R・コヴィー博士が提唱した「効果的な人間(Highly Effective People)」になるための原則をまとめたもの。主体性を持つこと(第1の習慣)から始まり、終わりを思い描くこと、優先順位の明確化、相互理解、協働(シナジー)など、人としての成熟を“依存→自立→相互依存”へと導く普遍的なプロセスが体系化されている。

このプログラムは企業の人材育成だけでなく、教育現場にも導入されており、実践を通じて「主体性」「協働力」「信頼構築力」を育むことを目的としている。受講者の多くがエンゲージメントやパフォーマンスの向上を実感しており、“人格教育”を軸にしたリーダーシップ開発モデルとして注目されている。

日本でも約2,200社以上が導入しており、「主体性」や「信頼関係の構築」「エンゲージメントの向上」に成果を上げている。

エデュケーション部門のプレジデントを務めるのが、スティーブン・R・コヴィー博士の息子であり、教育改革の実践者でもあるショーン・コヴィー氏。父の思想を継承しながら、現代社会の課題に即したアップデートを続けている。

ショーン氏はリーダーシップについて次のように語る。

「AIなどのトレンドが急速に進化する中で、どの分野でもリーダーシップの不足を感じます。ただ、リーダーシップは才能ではなく“教育によって育てられるもの”です。フランクリン・コヴィーでは、国語や算数と同じように“リーダーシップ”も教育の一科目として体系的に教え、育てるべきだと考えています」

彼が強調するのは、「リーダーシップは教養である」という考え方だ。

「リーダーシップとは肩書きではなく、“選択”です。リーダーという役職がなくても、誰もが本当の意味でのリーダーになれる。だからこそ、企業は役職者だけでなく全社員にリーダーシップを教えるべきです。そうすることで、仕事だけでなく人生や倫理の面でも、より良い影響を与えられるようになると考えています」

変化の時代に求められるリーダーシップ論

多くの企業が直面しているのは、「組織の戦略と個人の能力をどう結びつけるか」という課題だ。急速に変化する環境の中で、マネジメントスキルだけでなく、文化を動かすリーダーシップが求められている。近年、フランクリン・コヴィー・ジャパンにも「単なる管理職教育ではなく、組織の文化を変革できるリーダーを育てたい」という要望が増えているという。

また、リモートワークやハイブリッド勤務が進む中、距離や環境に左右されずにチームを導く力や、変化を前向きに受け止めるマインドセットの転換も求められている。フランクリン・コヴィーはこうした「プレイヤーからチームを動かす存在」への意識改革をリーダー育成の中心に据えており、「人格」「マインドセット」「スキル」「行動」を一体的に育成するプログラムを展開している。

企業が本当に求めているのは、「変化に強く、人を導き、文化を動かすこと」ができるリーダーである。フランクリン・コヴィーは、原則と人格に根ざした教育でその育成を支えている。

「繰り返しますが、リーダーシップは“生まれ持った才能”ではなく“学べる力”です。肩書きや地位に関わらず、誰もがリーダーになれる。真のリーダーシップとは、“自分がどうありたいか”という選択から始まります」

彼が描くリーダーシップ像は、“地位ではなく選択”、“命令ではなく信頼”を軸にしている。

「変化の激しい今のような時代には、“Trust(信頼)”と“Inspire(鼓舞)”が、“Command & Control(命令と統制)”を超えていきます。つまり、リーダーは人を動かすのではなく、人を信じて動かす時代です。今こそ『7つの習慣®』の原理を軸として持ち続けることが重要なのです」

この「信頼と鼓舞」の思想の延長線上にあるのが、“Start with You(まず自分から始める)”という考え方だ。

フランクリン・コヴィーでは、リーダーの役割を「模範となる(Be a Model)」「方向性を示す(Set Direction)」「組織を整える(Align the System)」「メンバーをエンパワーする(Empower People)」の4つに整理している。エンパワーメントとは、個々の力を最大限に発揮できる環境を整えること。細かな管理ではなく、信頼と自主性の上に成り立つ文化こそが人を育てる。その出発点にあるのが「まず自分を変えること」だ。

「自分の目的や人格形成を意識し、内面から変化を起こすことが、真のリーダーシップの第一歩です」

AI時代にこそ問われる「人間らしさ」とリーダーシップ

AI技術の進化によって、社会や働き方が急速に変化する中、ショーン氏は「この時代にこそ、人間にしか持ち得ない力が重要になる」と語る。

「リーダーとは、他者の中にある価値を見出し、それを本人が自覚できるように導く人です。父のスティーブン・R・コヴィーも『リーダーシップとは、相手の中にある価値を明確に伝え、その人が自ら言葉にできるようにしてあげることだ』と語っていました」

リーダーシップとは、自己成長と他者成長の両輪であり、単なるマネジメントではない。人の中にある光を見つけ、それを照らすこと。その始まりはいつも、「人を変えようとする前に、自分から変わること」にある。そして、この“人の価値を信じる力”こそ、AIには決して真似できない、人間らしいリーダーシップの本質なのだ。

「これからのAI時代は、誰にも完全には予測できないと思います。AIは人類がつくり上げてきた最も強力なツールのひとつですが、あくまで“道具”であり、“人間の代替”ではありません。私自身もAIを活用していますが、ツールであるという本質を忘れてはいけないと思っています。これからの時代は、テクノロジーを使いこなすだけでなく、“人間らしさ”や“リーダーシップ”がより重要になっていくでしょう」

彼が強調するのは、AIには決して再現できない、人間だけが持つ以下の4つの力だ。

良心: 何が正しいか、善悪を判断する力
意志: 自ら選び、決断し、行動する力
自覚: 自分が生きていることを認識し、存在を意識する力
想像力: 未来を思い描き、新しい可能性を創り出す力

「AIは膨大な情報を処理することはできますが、“意志”や“良心”を持つことはできません。だからこそ、人間にしかできない創造や倫理的な判断を磨いていくことが、これからの時代のリーダーに求められているのです。こうした力は『7つの習慣®』の原理にも通じる、人間ならではのスキルです。これからは、こうした“人間だからこそ持つ力”をもっと意識的に育み、活かしていく必要があると感じています」

AIがビジネスの在り方を再定義しつつある今、求められているのは“効率”よりも“人間性”だ。フランクリン・コヴィーが一貫して提唱するのは、成果の源泉はスキルではなく人格力にあるという考え方である。デジタルと人間性の境界が溶けていく時代において、最も価値のあるリーダーシップとは「自分の在り方を問い続けること」なのかもしれない。