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経済や産業の進化に不可欠なBtoB企業に焦点を当て、強みや社会的価値を可視化することで、そのダイナミズムと未来における価値成長を紐解く企画「Social Shifter〜進化を加速させる日本のBtoB」。今回は、モチベーションに特化したコンサルティングファームとして注目を集める、株式会社リンクアンドモチベーションを取り上げる。
日本経済を支える根幹は、いつの時代も「人」と「組織」の力だ。しかし、終身雇用制度がゆらぎ、働き方が多様化する中、企業はどのようにして社員のモチベーションを高め、会社をひとつの組織として機能させていけばいいのか。その答えは、これまで経営者の「勘」や「経験」によって直感的に扱われてきた、いわばブラックボックスの中にある。
そのブラックボックスを解き明かし、人と組織の課題という曖昧な領域に挑み続けてきたのが、リンクアンドモチベーションだ。同社は独自の基幹技術「モチベーションエンジニアリング」を武器に、年間で約1,500社の課題解決を支援している。
今回は執行役員である真砂 豊氏に話を聞きながら、曖昧さを解き明かす「技術」の核心や組織変革の裏側に迫る。

- <企業概要>
- 株式会社リンクアンドモチベーション
- モチベーションに特化したコンサルティングファームとして、2000年に創業。創業以来、独自の基幹技術「モチベーションエンジニアリング」を武器に、組織人事領域のコンサルティングやクラウドサービスなど、人と組織の課題解決に向けた多様なサービスを提供。「人」と「組織」の関係性を科学的に分析・可視化し、企業の変革を支援している。
人の感情を科学し、誰もが再現可能な「技術」へと昇華させる
リンクアンドモチベーションの主なサービスは、人的資本経営に向けた組織開発・人材開発・人材採用などの支援だ。具体的には、コンサルティングや、組織のエンゲージメント状態や個人の成長課題を可視化し、改善するツールとして「モチベーションクラウド」を提供している。
同社のサービスの土台であり、核となる技術が「モチベーションエンジニアリング」であると真砂氏は語る。

「経済学の世界には、利益を最大化するために合理的な判断を下す『完全合理的な経済人』という考え方があります。しかし、現実はどうでしょうか?人には感情があるので、論理だけでは動きませんよね。例えば、お金を貰う以上に『ありがとう』と言われたり、周囲から『すごいね』と評価されるほうが嬉しいことがあります。人は経済的な利得だけでなく、ある状況下では感情的な欲求を優先する。これを私たちは『限定合理的な感情⼈』と定義しており、感情を持つ『人』を動かすための技術が、モチベーションエンジニアリングです。私たちはすべてのサービスに同技術を組み込んでおり、入社後はまずこの技術を学び、習得することから始まります」
モチベーションエンジニアリングには、創業から変わらないふたつのこだわり、「実効性」と「再現性」が込められていると真砂氏は続ける。
「『実効性』とは、単に組織の課題を分析し、レポートを提出するだけで終わらないということです。一般的なコンサルティングは、顧客に『こうすべきです』と提言するまでが役割とされていますが、私たちの役割は、提言が組織に良い変化を生み出し、お客様の事業目標の達成に貢献するまで伴走することだと考えています。私たちのゴールは、あくまで組織の変革を実現すること。そのために、組織の診断から変革に向けた施策の実行、そして効果の公表まで、一貫したプロセスで支援します。そして、もうひとつのこだわりが『再現性』。コンサルタント個人の勘や経験に頼るのではなく、データとナレッジに基づいた技術によって、異なる企業や組織においても同じ条件下で同じ結果を出せるようにすることです。たとえば、そのためのツールの一つが『モチベーションクラウド』。ツールの活用によって、組織の状態を科学的に診断し、変革のための具体的な打ち手を導き出します。どんな組織であっても成果を出せる『技術』として、モチベーションエンジニアリングは確立されています」
人の感情という最も扱いにくいテーマを科学し、誰もが再現可能な「技術」へと昇華させる同社のモチベーションエンジニアリング。考え方の起点は、現会長である小笹 芳央氏の経験にあった。
「小笹は前職のリクルート時代に多くの経営者と向き合うなかで、業種や規模を問わず、すべての経営者が『社員の意欲をどう高め、どう束ねていけばいいのか』に悩んでいると気づいたそうです。当時、戦略系やIT系のコンサルティングファームは数多く存在していましたが、モチベーションに特化したファームは世界中を見渡しても存在しませんでした。化石燃料や希少金属などの資源が少ない日本にとって、最大の資源は『人』。人が生み出す成果を左右する重要な要素であるモチベーションにこそ、ビジネスの可能性があると確信し、技術を確立していきました」
企業の成長を支える上で、社員のモチベーションは単なる「精神論」ではない。「資本」として捉え、科学的なアプローチで向き合う。その思想こそが、リンクアンドモチベーションの挑戦の根幹にあるわけだ。
「誘因」「動機」「貢献」の連鎖を起こし、組織を変える
では、リンクアンドモチベーションが定義するモチベーションとは何か。
真砂氏は、「誘因」「動機」「貢献」という3つの概念を用いて説明した。
「まず、人が組織に惹かれる『誘因』。例えば、企業ブランドや給与、働き方、経営理念、成長環境、組織風土など、外部から見て魅力を感じ、人が動くきっかけのことです。次に重要なのが、組織に入ってからの『動機』です。どれだけその企業で働きたいか、どう貢献したいかという個人の内発的なエネルギーです。そして、動機が具体的な行動に転換され、事業活動を通じて組織に『貢献』する。3つが連動して初めて、企業は持続的な成長を遂げられます。なかでも、誘因から動機が起こる段階こそが『モチベーション』だと捉えています。つまり、私たちは可変の要素である誘因と動機に働きかけ、最終的に貢献につなげることで、組織を変えるお手伝いをするのです」

一方で、3つの連鎖を断ち切るように、現代は人と組織の課題がさらに複雑化し、解決が難しくなっていると真砂氏は指摘する。原因として、3つの市場変化を挙げた。
「労働市場の変化は『流動化』と『多様化』です。終身雇用や年功序列といった日本的な雇用慣行が変わり、個人の働く動機が多様になったため、社員のモチベーションを引き出す難易度が格段に上がっています。一方で、商品市場で起きているのが『ソフト化』と『短サイクル化』。ソフトウェアやサービスがビジネスの中心となったことで、人材のスキルやホスピタリティが競争優位の源泉に位置付けられ、社員の意欲が業績に直結するようになったわけです。加えて、商品のライフサイクルが短くなったので、ヒット商品を生み出し続ける人材の価値もより高まりました。資本市場の変化は『無形化』と『義務化』です。企業の市場価値に占める無形資産の割合が高まり、人的資本情報の開示が義務付けられたため、社員が意欲的に働いているかどうかは投資家への重要なメッセージにもなっているのです」
3つの市場変化をまとめると、労働市場の変化によって社員のモチベーション向上の「難易度」が高まった一方で、商品市場と資本市場の変化によって「重要度」も高まり、避けては通れない課題となっているのだ。そんな難しくも重要な課題に対して一緒に向き合っていく伴走者が、リンクアンドモチベーションである。
実際に同社が主催するイベントでアンケートを取ったところ、関心の高いテーマとして上位に挙がったのは「事業戦略と接続した組織戦略の策定」や「企業カルチャー変革」だった。もはや、社員のモチベーションを上げ、組織変革を実現する取り組みは、変化し続ける市場で企業が成長し続けるための「必要条件」になっているのだ。
過去の支援事例の中で、大胆な組織変革に取り組んだ例として、印象に残っている企業もうかがった。
「例えば九州電力様は、人的資本経営に並々ならぬ力を注がれています。アントレプレナーシップを推進する方向に舵を切り、2023年から『QX(QdenTransformation)』という企業変革に取り組まれています。挑戦が実を結び、人材版伊藤レポートを取りまとめた伊藤教授が審査委員長を務める『キャリアオーナーシップ経営AWARD2024』の『企業文化の変革部門』で最優秀賞(大企業の部)を受賞したり、日本の人事部『HRアワード2025』の『企業人事部門』で入賞したりなど、高い評価を受けています。私たちは変革がより促進されるように、社員の皆さまのエンゲージメント向上や管理職の皆さまの成長支援で伴走してきました。
また、JR九州様も人的資本経営に力を入れています。経営陣と従業員の対話を重視し、社員一人ひとりのチャレンジ精神を大切にされています。たとえば、意欲と能力のある社員がより挑戦しやすくするために人事賃金制度を改革されたほか、社長を委員長とする『人材戦略委員会』を設置し、人材戦略のPDCAサイクルを着実に回す体制を整えられています。このように、カルチャーと仕組みの両面から、着実に成果に繋げられています。私たちも、こうした挑戦を後押しする文化の醸成や仕組みづくりを継続的にご支援しています。
いずれも企業内の経営者や社員の皆さま自らが変わりたいという強い意志を持ち、行動した例で、私たちは伴走者として独自のアプローチで後押ししたに過ぎません」
組織変革ストーリー ~九州電力株式会社 × リンクアンドモチベーション~
組織変革ストーリー ~九州旅客鉄道株式会社×リンクアンドモチベーション~
日本発の組織論を世界に広げ、ポジティブな「働く」があふれる社会へ
リンクアンドモチベーションは今後、モチベーションエンジニアリングを軸に、日本初の組織論をグローバルにも展開していくという。
「日本はこれまで、ものづくりやコンテンツづくりで世界に存在感を示してきました。一方で、マネジメントや経営などの抽象概念については、世界において欧米発の理論が主流です。しかし、組織成果のために個人が動き、個人の欲求充足のために組織が動くという私たちの『One for All, All for One』の価値観は、世界に通用するはずです。そこへモチベーションエンジニアリングを掛け合わせることで、日本から海外へ革新的な理論を輸出したいと考えています」
すでにシンガポール、タイ、ベトナム、フィリピンには現地法人を設立し、日本発の組織論がグローバルでも通用するか、検証を始めている段階だと話す。
また、海外進出だけでなく地域創生にも注力しており、地方銀行や自治体、教育機関と連携し、地域の「企業」と「人」を育てるエコシステムづくりも支援している。最近では、ふくおかフィナンシャルグループや阿波銀行と業務提携を行い、これまで培ったノウハウを地方企業にも転用しながら、地域の企業や人材の価値向上も目指している。
株式会社ふくおかフィナンシャルグループと業務提携契約を締結
株式会社阿波銀行と業務提携を開始
最後に真砂氏は、モチベーションエンジニアリングが社会に浸透した先の未来として、個人的な想いも語ってくれた。

「『働く』という言葉に、前向きな響きがあふれる社会をつくりたいです。スイスの言語学者であるフェルディナン・ド・ソシュールは『言語が世界を分節(分けること)する』と語りました。つまり、社会に流通する言葉が、社会のあり方を形づくるのです。今の日本では『管理職は罰ゲーム』『配属ガチャ』といったネガティブな言葉が多く流通していますよね。仕事に困難や厳しさはつきものですが、それは働くことの一側面に過ぎません。でもそういった言葉の方がニュース性があるのでどうしても話題になってしまい、結果として、若者や学生たちは『イキイキと楽しそうに働く大人はフィクションにしかいない』と思い込んでいる。それは彼ら彼女らの責任ではなく、過去をつくってきた大人の責任です。だからこそ私たちが先陣をきって、働くことの喜びや価値を可視化し、ポジティブな言葉として社会に広げる。続けていればいつか、日本の未来を担う若者が『働くことを楽しみにできる社会』を実現することにつながると信じています」
働くことをネガティブに語る言説がある一方、SNSでは「幸せな夫婦」や「学びに本気な姿勢」が称賛される時代になりつつある。これからの若者は、前向きな価値観に敏感である世代だと、真砂氏も考えている。同社の挑戦が若者のイメージを変え、「働く=楽しい」が当たり前の未来を築くきっかけになるかもしれない。
取材・文:吉田 裕基
写真:水戸 孝造
