放映権ビジネスに見る女子スポーツの転換点

女子スポーツの収益成長率が男性スポーツを大きく超えるスピードを記録、それに伴い放映権をめぐる競争が激化しつつある。

デロイトの最新レポートによると、2025年の女子スポーツ放映権収入は5億9,000万ドル(約871億円)に達し、市場全体の25%を占める見込みだ。わずか数年前まで「ニッチ市場」と見なされていた分野が、今や放送局やストリーミングプラットフォームにとって無視できない存在になっている。

成長の勢いは統計データが物語る。マッキンゼーの分析では、2022年から2024年にかけて女性スポーツの収益成長率は男性スポーツの4.5倍という驚異的な数字を記録。米国市場に限定すると、2024年の約10億ドルから2030年には25億ドル以上へと、250%の成長が予測されている。

市場急拡大の原動力は、視聴者数の急増にある。ESPNが発表したデータによれば、NCAA女子バスケットボール(全米大学リーグ)の2024-2025年シーズンの視聴者数は、2022-2023年シーズン比で、実に41%もの増加を達成した。特筆すべきは、50万人以上の視聴者を集めた試合が15試合に上り、総視聴時間は29億分という記録的な数字に到達したことだ。

女子バスケットボール人気は「マーチ・マッドネス(全米大学トーナメント)」でさらに顕著となった。2025年大会の平均視聴者数は120万人に達し、2023年比で22%増、2022年比では89%の増加を記録したのだ。こうした視聴者の増加は、放送局にとって広告収入の拡大を意味し、結果として放映権料の高騰につながる構図が生まれている。

しかし、マッキンゼーの調査は興味深い事実も浮き彫りにしている。現在の女子スポーツ放映権は、視聴時間あたりの収益で比較すると男性スポーツより依然として低価格に設定されているのだ。この「価格差」こそが、今後の成長余地の大きさを示唆するもので、各プレイヤーによる投資拡大を促す要因になっている。

放送局やストリーミングサービスが女子スポーツに熱い視線を送る理由は明白だ。成長率の高さに加え、熱心なファンベースの拡大、そして相対的に割安な放映権料という三拍子が揃っているからだ。この争奪戦がどのような形で展開され、女子スポーツの価値をさらに押し上げていくかが今後の焦点となる。

大手から新興まで、参入相次ぐ配信プラットフォーム

女子スポーツ放映市場の急拡大は、ストリーミングプラットフォームの存在抜きには語れない。各プレイヤーによる放映権獲得の動きが活発化しており、これが市場を活性化する触媒になっている。

最も象徴的な動きは、ネットフリックスによるFIFA女子ワールドカップの米・カナダ国内独占放映権の獲得だろう。同社は2027年大会と2031年大会の2大会分の権利を確保しただけでなく、試合中継に加えて独占ドキュメンタリーシリーズの制作も計画中だ。

アマゾンPrime Videoも積極的な姿勢を見せる。全米女子プロサッカーリーグ(以下、NWSL)との契約により、2025年シーズンは、プレーオフのクォーターファイナル1試合を含む27試合を独占配信。毎週金曜夜の定期配信枠を確保し、米国とカナダのプライム会員向けにサービスを展開中だ。トップ選手のマルタ氏やバーブラ・バンダ氏ら、スター選手の試合を中心に編成することで、視聴者獲得を狙っている。

新興プラットフォームの動きも活発化している。スポーツ専門チャンネルSwerveTVが2025年7月にローンチしたSwerve Sportsは、女子スポーツに特化した24時間無料ストリーミングチャンネルとして注目を集める。RokuやPluto TVなど主要プラットフォームで配信を開始し、バスケットボール、バレーボール、ソフトボールなど幅広い競技をカバーする。同社CEOのスティーブ・シャノン氏は「女子スポーツのファンエンゲージメントにおいて可能性を再定義する」と意気込みを語っている。

国際展開も加速する。All Women’s Sports Network(AWSN)は、サウジアラビアでMBC Shahidプラットフォームを通じて24時間チャンネル「SSC AWSN」を開始する。この配信を通じて、特に20カ国以上の選手が参加するサウジ女子プレミアリーグの国際的認知度向上を目指す構えだ。

リーグ側も独自の配信戦略を展開している。NWSLは、無料登録制のアプリ「NWSL+」を通じて、Apple TVやFire TV、Rokuなどで視聴可能な環境を整備した。試合のライブ配信だけでなく、ハイライトやリプレイコンテンツも提供することで、ファンとの接点を増やす取り組みを進めている。

Z世代が求める「参加型」スポーツ観戦

若年層の視聴ニーズの変化、これに呼応するスポーツのストリーミング環境の整備により、視聴体験も大きく変わりつつある。

これに関してSamsung Adsの調査が象徴的な数字を示す。同調査によると、Z世代ファンの55%がスポーツ視聴において「リアルタイム統計やインタラクティブ機能」を求めると回答、受動的な視聴ではなく、能動的な参加ニーズの高まりが示唆されたのだ。

また広告視聴者の30%がQRコードをスキャンして別画面にアクセスするという行動データも報告されており、テレビーモバイル双方向の視聴スタイルが主流になりつつある状況も明らかになった。

その先端を行くのがMonumental Sports Networkの取り組みだろう。同社は2025年2月、ワシントン・キャピタルズとウィザーズの試合で、ライブオッズ、クイズ、投票機能を統合し、視聴者が試合を見ながら、選手の詳細統計やプレーごとの分析、リーグ順位表などにアクセスできる仕組み「Monumental Game Center」の提供を開始した。

また、同社は6月にBetMGMとの提携を拡大し、全米女子バスケ(WNBA)のワシントン・ミスティクスの全試合にもこの技術を導入。プレー・エニウェア社の技術を活用し、オプトイン方式で21歳以上の視聴者にベッティングオッズやゲーミフィケーション要素の提供を開始した。BetMGM最高収益責任者のマット・プレボスト氏は「女子スポーツはスポーツベッティング業界の成長の最前線にある」とビジネス機会の拡大に期待を寄せる。

マッキンゼーは、女子スポーツの収益拡大にはファンデータの理解と行動データの活用が不可欠と強調。単に試合を配信するだけでなく、誰が、いつ、どのようなコンテンツを求めているかを把握し、パーソナライズされた体験を提供することが競争優位性の源泉になると指摘している。

米国だけでも2030年までに25億ドル規模への成長が見込まれる女子スポーツ市場は、まだその潜在力の一部を顕在化させたに過ぎない。放映権ビジネスを軸とした女子スポーツエコシステムの進化は、メディア企業、テクノロジー企業、そして投資家にとって、見逃せない機会となるはずだ。

文:細谷 元(Livit