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スマホをかざすだけで支払いが完了する現代、決済方法はこれ以上ないほどにスムーズである。だが、その便利さが逆に“無意識な支出”を生み出していることに、多くの人が気づき始めている。とくにZ世代と呼ばれる若年層の間では、あえてこの便利さを手放すことで支出を見直す動きが広がりつつある。それが「キャッシュオンリーウィークエンド(Cash-Only Weekend)」という新しい習慣である。
現金を使うことで見えてくる“支出の実感”
キャッシュオンリーウィークエンドとは、週末の支出をスマホやクレジットカードなどのデジタル決済ではなく、現金のみで行うというルールを設けるライフスタイルだ。たとえば金曜日の夜に1万円だけATMから引き出し、その現金だけを持って週末を過ごす。コンビニや飲食店、交通費、カフェなど、すべてをこの1万円内に収めることがルールである。
一見すると古くさく感じるかもしれないが、この方法には明確なメリットがある。現金は“残高”が物理的に手元に残るため、「あといくら使えるか」が常に意識される。また、実際に紙幣や硬貨を手放すことで、「お金を使った」という感覚がリアルに残るのだ。これにより、衝動買いや“なんとなく支出”が格段に減るという声が多い。
総務省の調査によれば、20代のキャッシュレス決済利用率は2023年時点で80%を超えており、Z世代の多くがスマホ決済や電子マネーを日常的に利用していることが明らかになっている。また、野村総合研究所のレポートでは、Z世代の約6割が「キャッシュレス決済では支出を意識しづらい」と回答しており、便利さと無自覚な出費とのギャップに課題を感じていることがうかがえる。
あえて不便な選択をするZ世代
Z世代はデジタルネイティブとして育ってきた世代であり、キャッシュレス決済やサブスク文化には最も親しんでいる。だが一方で、「アナログな体験」や「意識的な選択」に価値を見出す傾向も強い。たとえば、フィルムカメラの再評価、日記や手帳への回帰、デジタルデトックスの実践などに見られるように、「あえて不便なこと」がむしろ新鮮で豊かな体験として捉えられているのだ。
キャッシュオンリーウィークエンドも、まさにその文脈に合致する。現金という“面倒な支払い手段”を選ぶことで、自分の行動とお金の流れを可視化し、主導権を取り戻す。そこにZ世代は魅力を感じている。
週末限定だからこそ、無理なく続く
この取り組みが「週末限定」である点もポイントだ。平日は仕事や学業での移動・食事など、支出が流動的になりがちだが、週末は比較的自分の裁量で時間と支出をコントロールしやすい。また、娯楽や外食、買い物など“誘惑”が集中しやすいのも週末である。だからこそ、週末を現金払いに限定することで、「本当に必要かどうか?」を立ち止まって考えるきっかけになる。
無理のない範囲で始められることも魅力のひとつだ。週末に使う予算を事前に決め、引き出して封筒に入れるだけ。これにより、「今日はあと2,000円しかない」といった形で予算意識が自然と芽生える。
キャッシュオンリーウィークエンドは以下の3ステップで、誰でもすぐに始められる。
ステップ1:金曜日の夜に予算を決め、現金を引き出す
5,000円〜10,000円など、週末に使う想定額をATMから下ろす。
ステップ2:封筒やポーチで用途別に分ける
食費・移動費・娯楽などに分けておくと、用途が明確になる。
ステップ3:週末はスマホ決済を封印
決済アプリを一時的に非表示にする、クレカを持たないといった工夫をすることで“誘惑”を遠ざける。
これらのステップを試すことで、支出への意識を自然と高めることができる。
もちろん、週末には予期せぬ予定が入ることもある。友人からの急な誘い、外出先での思わぬ出費など、「現金だけで乗り切れるのか?」という不安はあるだろう。だが、このトレンドが優れているのは、ルールを“完璧に守ること”ではなく、“お金との向き合い方を意識する”ことに主眼を置いている点である。
たとえば、「現金しか使えないので今日はケーキをやめてドリンクだけにしよう」と自ら選択肢を絞ることで、結果的に無理のない予算内に収まるケースも多い。多少の例外があっても、目的意識を持って過ごすだけで十分に効果は得られる。
海外Z世代から日本へ広がる兆し
このトレンドは、まずアメリカのZ世代を中心に広がった。TikTokでは「#cashonlyweekend」「#cashstuffing」などのタグで、封筒に現金を詰める様子や、現金のみで過ごす週末のチャレンジ動画が拡散されている。中には、「この方法で1カ月に3万円の無駄遣いを削減できた」と語るユーザーもいる。
日本でも、物価高や将来への不安を背景に「節約」や「倹約」に関心を持つ若者が増えている。加えて、現金払い文化がまだ根強く残る日本では、このトレンドがより自然に定着しやすい土壌がある。封筒で用途別に分類することや、おこづかい帳のようなアナログな管理法にも親しみがあり、国内メディアやインフルエンサーが取り上げれば、一気に浸透する可能性を秘めている。
キャッシュオンリーウィークエンドは、週末だけのチャレンジとして始めやすい一方で、習慣として継続すればより大きな成果を生む。月に4回続ければ、それだけで1カ月分の支出傾向を“現金ベース”で可視化できる。
さらに、使途ごとに封筒管理を続けたり、週末後に簡単な振り返りメモを残したりすることで、支出の傾向や自分の金銭的なクセが見えてくる。これにより、将来的には家計全体の見直しや貯金計画の立案にも役立てることができる。
無理なく、小さく、だが継続的に。これこそが、この取り組みの本質である。
便利さを一時手放すことで、見えるものがある
キャッシュオンリーウィークエンドは、単なる節約術ではない。これは、お金との付き合い方を見つめ直すための“意識のリセットボタン”でもある。便利すぎる社会だからこそ、あえて不便な方法を選ぶことで得られる実感や納得感があるのだ。
無理に長期間実践する必要はない。まずは、今週末だけでも試してみてほしい。財布に1万円だけ入れて、スマホ決済を封印してみる。きっとその週末の過ごし方が、いつもと少し違って見えてくるはずだ。
文:岡 徳之(Livit)