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経済や産業の進化に不可欠なBtoB企業に焦点を当て、強みや社会的価値を可視化し、そのダイナミズムと未来における価値成長を紐解く企画「Social Shifter〜進化を加速させる日本のBtoB」。今回取り上げるのは、株式会社クラレだ。
同社は、身近な製品をつくるのに欠かせない“素材”を生産しており、手がける素材は衣食住・情報通信・医療・交通・環境保全に関わるものまで多岐にわたる。高機能素材メーカーとして、暮らしの“当たり前”を下支えしてきたのだ。
誰もが知る面ファスナー「マジックテープ」も、ランドセル用素材として約7割ものシェアを占める人工皮革「クラリーノ」も、実はクラレの登録商標だ。
今回は同社 IR・広報部の鈴木 賢世氏と木内 亜里紗氏に話をうかがった。見えないところで人々の生活を支える、その静かな革新の舞台裏に迫っていく。

- <企業概要>
- 株式会社クラレ
- 1926年、当時の先端技術であった化学繊維レーヨンの事業化を目的として創立。第二次世界大戦後の1950年には、国内初の国産合成繊維として世界に先駆けてPVA繊維ビニロンの事業化に成功し、日本における化学繊維産業の草創期を切り開いた。その後、高分子化学・合成化学の独自技術をベースに化学分野で拡大を続け、今日では樹脂、化学品、繊維、活性炭などを製造・販売するスペシャリティ化学企業として、世界30以上の国と地域で事業を展開。独創的な技術から生まれた世界シェアNo.1製品の売上高は、グループ全体の約6割を占める。
- 企業公式サイト: https://www.kuraray.com/jp-ja/
暮らしの「当たり前」を密かに支える素材たち
クラレは1926年、岡山県倉敷市で大原孫三郎氏によって創立された。「世のため人のため、他人(ひと)のやれないことをやる」という氏の思いのもと、化学繊維レーヨンの事業化を目的とした。
化学繊維・合成繊維の製造から始まった同社だが、自社生産で培った高分子化学や合成化学の独自技術を駆使し、現在は樹脂・化学品・歯科材料・活性炭・繊維など、幅広い分野の素材を開発するスペシャリティ化学企業へと成長。今やクラレの素材は、キッチンやオフィスなど、私たちの日常生活に数多く溶け込んでいる。

その多くは目に見えない存在だが、今日の便利で快適な生活を支える“縁の下の力持ち”となっている。
IR・広報部の鈴木 賢世氏は、身近な製品に隠されたクラレの素材について語る。

「今、私たちが目にしているPCやスマホ、テレビなどの液晶ディスプレイには、2枚の偏光板が使われています。偏光板は液晶の光を正しく制御するために不可欠な部品で、この働きによって私たちは映像を鮮明に見ることができるんです。この偏光板のベースフィルムとして使われているのが、クラレの『光学用ポバールフィルム』です。当社はこの素材で世界トップシェアを誇っています。液晶ディスプレイの大型化、薄型化、高精細化などのニーズに対応する高品質な光学用フィルムは、原料となるポバール樹脂の生産から一貫して当社で担い、顧客が求める透明性や優れた偏光特性の実現を支えています」
水に溶けるユニークな特性を持つ「水溶性ポバールフィルム」は、生活の利便性向上に貢献している。
「たとえば、液体洗剤を毎回計量するのは手間がかかりますが、個包装洗剤だと、分量が決まっているので計量の手間が省けて時短になりますよね。こうしたフィルムも当社で開発しております。フィルムは水に溶けた後、排水処理施設や自然界の微生物によって分解されるサステナブルな素材です。ほかにも、農薬の個包装フィルム、さらには院内感染防止に貢献する病院用の水溶性ランドリーバッグなど、幅広い用途で活用されています」

また、1972年にクラレが世界で初めて事業化したEVOH樹脂「エバール」は、プラスチックの中で最高レベルのガスバリア性を誇る。酸素をはじめさまざまな気体を通しにくい特性を活かし、食品の包装容器に薄いフィルム層として使用すれば、消費・賞味期限を延長できる。つまりフードロス削減に貢献できるのだ。
「エバールは極めてガスバリア性が高いため、ガラスや金属容器の代替として優れた保存性能を発揮します。容器がガラスじゃなくなれば軽量化にもつながるので、物流の負荷軽減、ひいてはCO₂削減にも貢献が可能です。」
2026年で創立100周年。今もなお息づく創業の精神
2026年、クラレは創立100周年を迎える。老舗企業となった今もなお、クラレには創業の精神が息づいている。「世のため人のため、他人(ひと)のやれないことをやる」という企業使命には、社会のため、人々のために、何ができるかを常に考えてきた独創の精神が込められている。新卒から事業部で経験を積み、IR・広報部に異動してきた木内 亜里紗氏は語る。

「当社の営業もこの言葉を用いて製品の説明をするぐらい、社内に広く浸透していると感じています。開発現場でもこの精神は根づいており、独創的で特長ある製品づくりにつながっているんです。クライアントやサプライヤーと『一緒に作り上げる』という考えを重視しているので、『自社だけが良ければいい』とは考えません」
クラレの強みは、優れた素材を開発するだけでなく、その技術を「どのように活かすか」を顧客と共に考え、社会課題の解決につなげる力にある。
「たとえば、先ほどの光学用ポバールフィルムを例に挙げると、取引先が液晶テレビのコントラストや視野角の向上を目指されているなか、我々も素材メーカーとして、できる限り課題解決に向けた提案をしていくスタンスを心がけています。取引先や顧客の困りごとや要望を聞き、関係先と対話しながら、当社の開発・生産・販売が三位一体となって製品づくりとサービスの提供に取り組んでいます」
加えて、子どもたちのためとなる活動にも積極的に取り組んでいる。
1992年から、小学生を対象とした「少年少女化学教室」を国内の生産事業所で開催し続けている。子どもたちに、実験を通して化学の楽しさを知ってもらうためのイベントだ。同様の活動は米国や欧州の拠点にも広がっている。
2004年からは、小学生が6年間大切に使用したランドセルをアフガニスタンの子どもたちに贈る国際社会貢献活動、「ランドセルは海を越えて」も実施。2024年までに16万個以上のランドセルを寄贈している。

社会課題に向き合い、素材で「より豊かな未来」をつくる
創業から変わらない精神と時代に合わせたアプローチで、クラレはさまざまな社会課題にも向き合っていると鈴木氏は語る。
「自然環境と生活環境の向上のために、クラレの技術でどう貢献できるかを常に考えています。その一つが、再生医療分野です。再生医療用の細胞培養に向けたマイクロキャリアを開発しており、ライフサイエンス領域にも力を入れ始めています」
PVAマイクロキャリアを国内発売 ~「第23回日本再生医療学会総会」でブース出展、セミナーを開催~ | 株式会社クラレ
クラレは「サステナビリティ長期ビジョン」を掲げ、2050年カーボンネットゼロの達成も目指している。達成のため、2035年までに自社グループからの温室効果ガス排出量を2021年比で63%削減、サプライチェーン全体では37.5%削減する具体的な目標を設定している。

災害への備えとしては、クラレが生産する合わせガラス用の中間膜が進化を続けている。
「ガラスとガラスの間に当社の高機能中間膜を圧着すると、セキュリティ性を高めたり、強度を大幅に上げたりできます。なかでも『セントリグラス』は、一般的な合わせガラスよりもはるかに強度が高く、新宿の東急歌舞伎町タワーやシンガポールのマリーナベイ・サンズなど、世界各地のビル建築にも採用されています」
多岐にわたる事業を展開するクラレが考える「より豊かな未来をつくる素材」とは、どのようなものなのだろうか。
「『より豊かな未来をつくる素材』とは、まさに創業者の思いが詰まった言葉『世のため人のため、他人(ひと)のやれないことをやる』を体現する素材のことだと思います。見えないところで社会を支え、人々の暮らしに寄り添う独創的な素材を、世の中に送り出し続けたいです」
クラレの挑戦は、これからも私たちの「当たり前」を守り、未来の豊かな生活を創造していくだろう。その舞台裏には、たゆまぬ技術革新と、創業者の精神を受け継ぐ社員たちの思いがあり続けるに違いない。
取材・文:吉田 祐基
写真:小笠原 大介