世界中の今注目すべき現代アートが一堂に会するアートフェア『Tokyo Gendai』。2025年9月12日〜14日までの3日間、パシフィコ横浜にて開催される。

今年で3回目を迎える本フェアは、単なる展示販売の場を超えたプロジェクトとして発展し続けてきた。若手アーティストや女性作家の作品に注目した企画などを通じて、アートの社会的広がりを牽引している。

本記事ではフェアディレクターの高根枝里氏に、今年の見どころやフェアの役割、日本市場や現代アートに対する思いについて話を聞いた。

世界水準のアートフェアを東京で。込められた思いと展示の見どころ

世界中で数多くのアートフェアが開催されるなか、Tokyo Gendaiは日本から世界へと開かれたフェアを実現すべく誕生したと、高根氏は語る。

フェアディレクター 高根枝里氏

「東京で世界水準のアートフェアを開催したいという思いから立ち上げました。今年の参加ギャラリーの比率は、海外と国内でほぼ半々。国際的な交流を促し、広がりのあるアートフェアを目指しています」

世界水準を満たすために不可欠なのが会場設計だ。フェアの会場となるパシフィコ横浜は、天井高35メートルを誇る実にスケールの大きい展示会場である。その広いスペースを生かし、美術館と遜色ない展示壁や3.5メートル以上の幅の通路を組み込むことで、来場者が一つひとつの作品をじっくりと鑑賞できる空間が保たれている。海外のアートフェアと同様の設営クオリティを担保しているのだという。

「会場は大きく3つのセクターに分かれています。著名なギャラリーが集まる『Galleries』、アジアでの歴史にフォーカスした『Eda ‘Branch’』、若手から中堅のギャラリーや作家に注目した『Hana ‘Flower’』です。さらに、芸術文化財団の展示『Ne ‘Root’』、特別展『Tsubomi ‘Flower Bud’』、インスタレーションやパフォーマンスの『Sato ‘Meadow’』なども展開されます」

Sato ‘Meadow’(2024年)

各セクターの自然を想起させる名前は、日本の国土の約70%を占める森林に由来する。アートと自然との調和・融合を大切にしたい思いから名付けられたのだ。また、高根氏がフェア運営で大切にしているもう一つの価値観がある。「咲いた花見て喜ぶならば、咲かせた根元の恩を知れ」だ。

「アートフェアは、ギャラリー・芸術文化財団・コレクター・作家・鑑賞者・スポンサー・行政など、多くの関係者の協力により成り立っています。“根元の恩”に感謝し、つながりを大切にしていきたいです」

今年の見どころとしては、『Sato ‘Meadow’』に展示されるインスタレーション作品が昨年の5件から11件に増加した点が挙げられる。中にはフェア期間中に制作するライブペインティングやパフォーマンスもあり、作品が完成するまでのプロセスを間近で楽しめる。また、フェア会場外では、コレクター向けのプログラムやキュレーターシンポジウムの開催など、日本のアート市場を盛り上げる動きが活発だ。

2025年9月は、国際芸術祭『あいち2025』や、国立新美術館と香港の美術館M+との協働企画展も予定されており、日本のアートシーンが世界的に注目を浴びるタイミングとなるだろう。

アート初心者にも開かれた空間。市場拡大への起点に

Tokyo Gendaiは、アートに興味があるものの、ギャラリーや美術館に足を運ぶ機会がなかった人にも門戸が開かれている。会場内はセクターやギャラリーを自由に行き来しながらの鑑賞が可能で、気になる作品があればギャラリストや作家に直接話を聞ける。鑑賞中の会話も歓迎されており、一般的な美術館とは異なるコミュニケーションを交えた体験が魅力だ。

「開放感のある空間なので、自然と体が興味のある方向へと導かれるはずです。何よりドアのないオープンスペースですから、アートに不慣れな方にとっても非常に入りやすいと思います」

Tokyo Gendai, 2024年

また、シャンパーニュ・メゾンの「ペリエ・ジュエ」やサントリーウィスキー「響」などのラグジュアリーなアルコールブランドもパートナーとして参加。会場内ではアートと共に銘酒も楽しめる。来場者一人ひとりの興味・関心を尊重する空間づくりが、アートファン拡大に貢献している。

成長率は右肩上がり。日本のアート市場の現在地

現在、日本のアート市場は世界全体の1%ほどで、市場規模は8位にとどまっている。しかし、文化庁が発表した「The Japan Art Market 2024」によると、世界市場の成長率が1%ほどと緩やかであるのに対し、日本は11%の成長率を示した。

「日本は、古典絵画から現代アートまで幅広くて質の高い作品が豊富なことから、他国に比べても稀に見る“美術資産国”といえるでしょう。美術館の来館者数も非常に多く、さらに市場が広がる可能性は大いにあります。11%の成長率がある背景には、コロナ禍により生活環境を見直す方が増えたこと、そして、ファミリービジネスとしてコレクションしてきた方々の代替わりが起きており、新たに現代アートに興味を持つ若いコレクターが増えていることが挙げられます」

Tokyo Gendai, 2024年

世界水準のアートフェアを東京で開催すべく立ち上げられたTokyo Gendai。その価値は、アートの枠を超えて日本文化を世界に発信する役割も担っている。

「各国には特有の文化があり、他国が真似できるものではありません。日本には本当に見どころがたくさんあります。アートに限らず、伝統芸能などの舞台芸術もありますし、食文化などはそれだけを目的に来日される方がいるくらいです。Tokyo Gendaiを通して、より多くの方に日本文化の奥深さに触れていただければと思います」

新進アーティスト支援と女性作家への注目

今年から若手アーティストを応援する『Hana Artist Award』が開催され、受賞者には賞金1万ドルが贈られる。アワードの新設には、未来を担うアーティストたちの躍進を後押しする意図が込められていた。

「若手アーティストのモチベーション向上に加え、受賞者の認知度向上にも寄与したい思いがあります。広がりのあるアートフェアにしていく意味でも、このアワードが有益なプロモーションとして機能し、若手アーティストの将来を後押しするよう願っています」

加えて、「Tokyo Gendaiが未来をつくるプラットフォームとして日本と海外の架け橋でありたい」とも語る。実際に、フェアへの出展がきっかけで著名な海外アーティストの作品が日本の美術館にコレクションされた例もある。過去2回の開催が着実に実を結んでいるのだ。高根氏はこうした未来をつくるアクションにやりがいを感じている。

また、今年の特別展『Tsubomi ‘Flower Bud’』では、現代美術としての表現の中に、伝統的な工芸の技法を用いる日本の女性作家に注目。社会課題に関する展示プログラムであり、今年も過去2回に続いて女性作家を取り上げている。

Tsubomi ‘Flower Bud’, 2024年

「一子相伝での継承が多い伝統的な工芸の技法を用いる作家は少なく、女性となるとさらに数が限られます。だからこそ、そのユニークさは注目に値すると思います。そして、工芸は本来、日常生活で使われる一方で、現代アートは用途から解放されているのです。本来対極的な存在が交わる、新しくおもしろい展示になるでしょう。特に海外の方々の心に強く響くはずです」

気づきと豊かさをもたらす現代アートの力

インタビューを行ったのは8月の初旬。翌月に開催を控えた忙しい時期だったが、高根氏の視線はすでに来年以降にも向けられていた。

「来年はさらに海外との連携を深めたいと考えています。今年は20カ国から出展いただきますが、より一層国際ネットワークを広げたいです。まだ詳細は公表できませんが、水面下で仕掛けていることがたくさんあります」

世界には80億人が多様な感性を持って暮らしており、アートが評価される最適な“居場所”は必ずしも自国とは限らない。そうした認識のもと、Tokyo Gendaiは世界をつなぎ、未来をつくるプラットフォームを目指す。

「限られたコミュニティにいると、考えが凝り固まったり、行動に制限をかけてしまったりする場面もあると思います。でも、現代アートは新たな視点や価値観に気づかせてくれる存在です。人生のフェーズや置かれた環境によって心に響く作品は変わりますが、必ず一つは“今”の自分に寄り添ってくれるアートに出会えるはずです。そのような作品が見つかれば、日常はより豊かになるのではないでしょうか」

現代アートとの出会いがもたらす変化は、私たちの日常にささやかな豊かさをもたらすかもしれない。市場としても、世界への架け橋としても成長を続ける現代アートに目を向けることは、新しい価値創造のきっかけになるかもしれない。

■第3回 Tokyo Gendai

【会場】
パシフィコ横浜 展示ホール C/D
神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1
【会期日時】
ヴェルニサージュ:2025年9月11日(木)17時~20時
一般公開:2025年9月12日(金)~9月14日(日)11時~18時(最終日は17時まで)
【チケット】
ウェブ、実店舗にて販売(詳細はこちら
Tokyo Gendaiオフィシャルサイトの「ストーリーズ」ページではアート業界を牽引する方々のインタビュー記事などを閲覧できます。

取材・文:安海まりこ
写真:水戸孝造