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かつて「投資」といえば、ある程度の資産を持つ中高年層が中心となって行う行為だった。金融知識や経験を持ち、専門的な助言を受けながら着実に運用する──それが「正しい投資」のスタイルとされてきた。しかし、1996年以降に生まれたZ世代の登場により、投資の世界は大きく様変わりしつつある。
スマートフォンとアプリで誰もが投資を始められる時代。TikTokやYouTubeで投資の基礎を学び、ESG(環境・社会・ガバナンス)やサステナビリティといった新しい価値観を重視し、さらには暗号資産やAI関連企業にも果敢に挑戦するZ世代。彼らの存在は、金融業界にとっても無視できないインパクトとなっている。
本記事では、Z世代の投資行動を以下の4つの視点から掘り下げ、未来の金融トレンドを展望する。
1.Z世代は“投資先行型”──早期投資を可能にするテクノロジーの力
Z世代の投資行動を語る上で、まず注目すべきはその「早さ」だ。彼らは大学生や新社会人といった段階から投資に関心を持ち、実際に資産運用を始めている。世界経済フォーラムの調査(3月実施)によると、Z世代の30%が大学在学中または若年成人期に投資を開始したと回答しており、これはミレニアル世代の15%、X世代の9%、ベビーブーマー世代の6%と比較しても、圧倒的に高い数字である。
このような早期の投資参入を可能にしているのが、テクノロジーの力だ。米国のRobinhoodや日本のLINE証券、PayPay資産運用、楽天証券のポイント投資など、スマートフォンベースの投資アプリが普及したことで、少額かつ簡単に投資を始められる環境が整ってきた。
こうしたサービス群に共通するのは、「投資を特別な行為ではなく、日常的な選択肢の一つとして位置づけている」点にある。Z世代は金融リテラシーを独学で身につける傾向が強く、アプリの使いやすさや親しみやすさが投資の第一歩を後押ししているのである。
さらに、Z世代は「時間の価値」にも敏感である。複利の力を理解し、「早く始めること」が将来の資産形成においていかに重要かを直感的に捉えている。テクノロジーとインセンティブ設計は、彼らの行動を加速させるだけでなく、投資そのものに対する心理的なハードルを下げ、行動変容を促しているのだ。
2.「Finfluencer」が投資指南役?──ソーシャルメディア時代の新たな情報源
Z世代にとっての「投資の先生」は、必ずしもファイナンシャルプランナーや証券マンではない。彼らが日常的に活用しているのは、SNS上で投資に関する情報を発信する“Finfluencer=フィンフルエンサー(金融系インフルエンサー)”たちである。
たとえばTikTokでは「数十秒で学べる投資の基礎」や「NISAの始め方」など、短くわかりやすい動画が多く見られ、YouTubeでは「20代のリアルなポートフォリオ紹介」や「積立投資のコツ」などの体験型コンテンツが人気を博している。X(旧Twitter)では、日々の相場分析や速報ニュースをフォローしながら、リアルタイムで他の投資家と意見を交換することも可能だ。
こうしたSNS発信者の影響力は年々拡大しており、実際にフィンフルエンサーの推奨によって特定の銘柄や投資スタイルに注目が集まる事例もある。しかし一方で、多くのフィンフルエンサーが正式な金融資格や専門的訓練を持たずに情報発信を行っている点には注意が必要だ。
5月に公開された、SNS上で活動するフィンフルエンサーの影響と信頼性について分析した研究論文(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスとバルセロナ自治大学の研究者による共同研究)では、SNS上で活動するフィンフルエンサーの多くが、証券アナリストやファイナンシャル・プランナーといった公的資格を持っておらず、その影響力に対して情報の信頼性や透明性が十分でないケースがあることが指摘されている。
つまりSNSは、Z世代にとって身近で便利な投資学習の場であると同時に、「情報の取捨選択」が不可欠な環境でもある。フィンフルエンサーの知見を活用することは有効だが、発信者の専門性や根拠を吟味し、自らの判断軸を持つことが、健全な投資行動につながる。
3.儲けより「意味」を求める──サステナブル投資に向かうマインドセット
Z世代の投資スタイルの中でも特筆すべきなのが、「価値観に基づいた投資」への傾倒である。彼らは、企業の業績やチャートだけではなく、その企業が何を目指し、どんな社会的課題に取り組んでいるのかに強い関心を持つ。
具体的には、環境に優しい技術を持つ企業(再生可能エネルギー・循環型経済)、ダイバーシティに配慮した経営を行う企業、あるいは倫理的なサプライチェーンを実現する企業などが投資対象となる。いわゆるESG投資は、Z世代の間でますますスタンダードになりつつある。
モルガン・スタンレーの調査では、Z世代の99%、ミレニアル世代の97%がサステナブル投資に関心を持っており、彼らの80%が「今後、サステナブル投資に対する比率を増やす」と回答している。つまり、彼らにとって投資とは「自分の信念を世の中に反映させる手段」なのである。企業にとっては、もはや社会的責任を果たすことが、Z世代の資金を呼び込む前提条件になってきている。
4.リスクも楽しむ?──暗号資産、AI関連株、そして「分散する戦略」
Z世代は、リスクを避けるのではなく、適切に受け入れながらリターンを追求する姿勢が際立っている。特に暗号資産における投資比率は高く、世界経済フォーラム(WEF)の報告では、Z世代は約35%、ミレニアル世代は62%がポートフォリオの3分の1〜半分以上を暗号資産に充てているとされる。この数字は、暗号資産が単なる投機対象ではなく、実質的な資産形成手段として若年世代に定着していることを示している。
この背景には、暗号資産の「分散性」や「透明性」といったテクノロジー的価値がある。加えてWEFの報告では、Z世代やミレニアル世代が暗号資産を、投資信託や債券、ETFよりも“理解しやすい”と感じていることが明らかになっている。これは、従来の“暗号資産=複雑でハイリスク”という通念とは対照的な認識であり、若い世代の感覚にテクノロジーが強く響いていることを物語っている。
一方、Z世代は暗号資産だけでなく、AIを用いた投資ツールも積極的に取り入れている。2024年の調査によれば、ミレニアル世代とZ世代の41%がAIアシスタントによる投資管理に抵抗感がなく、むしろ肯定的だと答えている(ジェネレーショナル比較では、X世代29%、ベビーブーマー14%)。AIを投資判断のパートナーとして受け入れる姿勢は、デジタルネイティブならではの合理性を示している。
とはいえ、Z世代は無謀な「一点集中投資」ではなく、高ボラティリティ資産を適切に配分しながら、株式や債券、金、REITなど伝統的資産と組み合わせることでポートフォリオを戦略的に分散している。彼らにとってリスクは、避ける対象ではなく「理解し、制御し、成長に活かすもの」であり、そのプロセスを楽しんでいるかのようでもある。
こうした投資スタイルは、「新しい投資の常識」として既存の金融業界に影響を与えており、リスクを恐れずテクノロジーや価値観を味方にするZ世代の動きは、今後の金融インフラやサービスの設計においても重要な示唆を与えている。
Z世代が描く金融の未来
Z世代は、これまでの投資の常識を軽やかに飛び越えている。スマートフォンを駆使し、SNSで学び、価値観で選び、リスクを楽しむ。その一つひとつの行動は、金融という巨大な仕組みの中で新しい潮流を生み出している。
将来的には、彼らの価値観が金融商品の設計や企業評価、さらには金融教育そのものにまで影響を与えるだろう。投資とは単なる資産運用にとどまらず、「社会に対する意思表示」の手段となりつつある。
Z世代は、資産と未来の両方を同時に設計している。彼らが主役となる時代に、私たちはどのように向き合っていくべきか──その問いが、これからの金融社会を形づくる鍵となる。
文:中井千尋(Livit)