マイクロソフトのAIエージェントビジョン、「同僚」となるAIの実現へ

グーグルの攻勢が強まる企業向けAI市場で、マイクロソフトは新たな一手で引き離しにかかる。

切り札となるのは、同社が2025年4月末に発表した「Microsoft 365 Copilot Wave 2」。従来のAIアシスタント機能を大きく進化させたもので、専門性を持つ「AIエージェント」によって構成されるプラットフォームだ。たとえば、ウェブ上の情報を収集・分析する「Researcher」や、複雑なデータ分析を行う「Analyst」など、特定の業務に特化したAIエージェントを選び、それらを組み合わせて専門性の高いタスクを遂行できる。

マイクロソフトが描くAIの進化には3つのフェーズが存在する。第1フェーズではAIが人間を支援し、第2フェーズではAIエージェントが人間と協働でタスクを実行、そして最終的な第3フェーズでは、AIエージェントが人間の高次なガイダンスのもと、プロセス全体を自律的に運用する。

現在、われわれは第2フェーズに突入しつつある。マイクロソフトの2025年版Work Trend Indexによれば、ビジネスリーダーの81%が今後12〜18カ月以内にAIエージェントを組織のAI戦略に「中程度」または「広範囲」に統合すると予測。同社はこの時代を「フロンティアファーム」の時代と位置付け、AIを「デジタルチームメンバー」として活用する企業が生産性を劇的に向上させると見込んでいる。

マイクロソフトはAIエージェントに関して、具体的にどのような施策を投入したのか。以下で詳しく見ていきたい。

Microsoft 365への統合、AIエージェントを職場に浸透させる狙い

マイクロソフトの強みは、すでに多くの企業に導入されているOfficeのエコシステムにある。このエコシステムを活用して、AIエージェントを職場のあらゆるシーンに普及させることを狙う。

この目的を達成する上で、重要な要素となるのがWave 2アップデートで発表された「Copilot Agent Store」だろう。これは、「Researcher」や「Analyst」といったマイクロソフト独自のエージェントに加え、サードパーティーのエージェント、さらには企業が独自に開発したカスタムエージェントを提供する場となる。たとえば、JiraやMonday.comのプロジェクトチケットを更新するエージェント、Miroのホワイトボードでブレインストーミングを支援するエージェントなど、すでにさまざまなツールとの連携を実現している。

もう一つの重要な要素が「Copilot Search」だ。これは従来のキーワード検索とは異なり、自然言語での質問に対して組織のデータを横断的に分析し、回答を生成する機能。SharePoint、OneDrive、さらにはGoogle DriveやSlackなど、サードパーティーのプラットフォームからも情報を収集することができる。企業の複雑なアクセス権限に対応しながら、セキュアでコンテキストを考慮した検索が可能になるという。

さらに、SharePointの各サイトに専用のAIエージェントを配置し、プロジェクトに関する質問に即座に回答する機能も実装された。Microsoft Teamsでは、会議のリアルタイム要約や自動でアクション項目の抽出を行うエージェント、さらには多言語でのリアルタイム通訳を行う「Interpreter」エージェントの開発も進んでいる。

企業向けの管理機能も充実している。IT管理者向けの「Copilot Control System」により、エージェントのデータアクセスや動作を制御することが可能になる。Microsoft Purviewのコンプライアンスセンターには「Apps and Agents」ダッシュボードが追加され、AIの使用状況を監視することが可能となった。Viva Insightsの「Copilot Analytics」と「Agents Reports」では、Copilotの活用度や影響を測定できる。

さらに、「Copilot Notebooks」という新機能により、プロジェクト関連のドキュメント、メール、スプレッドシートなどを一つのワークスペースにまとめ、そのデータセットに特化した分析が可能になった。デザイン&リサーチ部門責任者ジョン・フリードマン氏は「プロジェクトの情報を一箇所に集約し、その情報に基づいた的確な対話を実現する」と説明している。

企業での導入事例、AIエージェントがもたらす具体的な成果

AIエージェントの実際の活用事例から、その有効性が明らかになりつつある。

Microsoft 365 Copilotの早期アクセスプログラムにおける297人のユーザーを対象とした調査では、70%が生産性の向上を実感したと回答。一部のタスクでは平均29%の時間短縮を達成し、特に会議の要約機能では作業時間が約4分の1に短縮されたという。

さらに注目すべきは、メール処理時間の削減(64%が実感)や文書作成の効率化(85%が初稿作成の高速化を報告)など、日常的な業務における具体的な効果だ。一度利用を開始すると77%のユーザーが「手放したくない」と回答。GitHubのCopilotと同様の傾向が観察されており、知的労働者にとってAIアシスタントは不可欠なツールになりつつあることが示されている。

企業規模での導入も急速に進んでいる。2024年末時点で、フォーチュン500企業の約70%がMicrosoft 365 Copilotを何らかの形で活用。IDCの調査によれば、企業のAI投資は平均して3.7倍のリターンを生み出しており、これが慎重な企業の背中を押す形となっている。

たとえば、産業機器大手のイートンは、財務部門の標準業務手順書(SOP)の作成・更新にCopilotを活用。従来は手作業で行っていた文書作成の時間を83%削減することに成功した。コンサルティング大手のマッキンゼーは、クライアントのオンボーディングプロセスをカスタムAIエージェントで自動化。専門家の特定やチーム編成、ナレッジ収集などを効率化することで、リードタイムを90%、管理業務を30%削減できる可能性が示されたという。

公共セクターでも成果が出始めている。英国アバディーン市議会は、社会福祉分野の事務作業にMicrosoft 365 Copilotを導入。ケースノートの要約や回答案の作成を自動化することで、年間300万ドルのコスト削減を見込んでいる。エンジニアリング企業のAmeyは、現場作業員向けにSharePointのAIエージェントを導入。マニュアルや安全関連文書への音声によるアクセスを可能にし、作業効率と安全性の向上を実現した。

ガートナーによれば、世界の生成AI支出は2025年に644億ドルに達する見込みで、2024年比76%の増加が予測されている。同社は、企業による初期のAIパイロット導入が期待通りの成果を上げられない「AIパラドックス」のケースがあるが、投資は依然として増加傾向にあると指摘している。

グーグルとの競争激化、AIエージェント市場の主導権争い

AI駆動生産性ツールの新時代において、マイクロソフトの競合相手として最も注目されるのはグーグルだろう。

同社もWorkspace(Docs、Gmailなど)にAIを組み込み事業展開を加速、2024年後半には「Agentspace」を発表している。これはグーグルのエコシステム内でAIエージェントを機能させるフレームワークで、企業データと連携したカスタムエージェントの作成を可能にするものだ。

またグーグルは、「Agent Gallery」と「Agent Designer」を導入。これはマイクロソフトの「Agent Store」や「Agent Builder」に対抗するもので、事前に作成されたエージェントの検索や、ノーコードインターフェースを通じた新規エージェントの作成を支援する機能となる。また、ウェブリサーチに特化した「Deep Research」エージェントも発表し、「Researcher」エージェントを擁するマイクロソフトへの対抗意識を鮮明化している。

しかし、市場展開においてマイクロソフトはファーストムーバーとしての優位性を維持。Microsoft 365 Copilotとそのエージェントはすでに多くのフォーチュン500企業で活用されているのに対し、グーグルの高度なエージェント機能は一部顧客向けのプレビュー段階にとどまる。アナリストは、マイクロソフトのWave 2リリースが「競合製品の新たな比較基準を確立した」と指摘している。実際、The Information(2025年5月)が報じたところでは、マイクロソフトのAIを既存ソフトウェアに統合する取り組みは奏功しつつあり、収益性が改善し始めているという。

マイクロソフトに追いつきたいグーグルは、価格面の優位性を武器に市場シェアの拡大を狙う。マイクロソフトはCopilotをプレミアムアドオン(月額30ドル/ユーザー)として提供。一方、グーグルは既存のWorkspaceプランにGemini AIの機能を組み込み、約4ドル/ユーザーの追加料金で提供する方針を示唆している。これはマイクロソフトより26ドル安い価格設定となる。

グーグルは、自社でAIチップ(TPU)を開発するなど、NVIDIAへの依存度が低く、その分AIコストを抑制できる強みを持つ。これが、今後のビジネス展開にどう影響するのかが注目される。

文:細谷元(Livit