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ミラノサローネの歩みと影響力
イタリア・ミラノで毎年春に開催される世界最大級のデザインイベント「ミラノサローネ」。その2025年の開催は、単なる家具見本市という枠を飛び越え、デザインが持つ社会的・文化的影響力を再確認させてくれるものだった。
ミラノサローネ(正式名称:Salone del Mobile.Milano)は、1961年に始まった家具・インテリアの国際見本市だ。当初はイタリア家具の輸出促進を目的にしていたが、現在ではインテリア、建築、照明、プロダクト、アート、テクノロジーといった広範なジャンルを横断する、世界最大のデザインイベントへと成長している。
毎年30万人以上の来場者が世界中から集まり、ミラノ市内全域がデザインで染まる一週間。ロー市街にある巨大展示場「Fiera Milano, Rho」での公式展示(サローネ)と、ミラノ市内各所で行われる自主展示(フオーリサローネ)に分かれ、デザイナーや企業、学生までが多様な表現を競い合う場となっている。
2025年のテーマは「つながり合う世界」
今年の会期は2025年4月8日から4月13日。メインテーマは「Connected Worlds(つながり合う世界)」だった。
「Connected Worlds」は、物理空間とデジタル空間、自然と人工、個人と社会といった、あらゆる境界を越えて新たな関係性を構築するというテーマ。これに呼応して、展示の多くは没入型・体験型・対話型を重視する傾向が強まった。
今年の注目ポイント
1.没入型パフォーマンス:デザインと舞台芸術の融合
Cassinaはミラノ中心部のTeatro Liricoで「Staging Modernity」という演目を発表。巨匠シャルロット・ペリアンやル・コルビュジエとのコラボレーションを、俳優と映像、音響を組み合わせた演出で再構築した。

Kelly WearstlerやDimorestudioもシアトリカルな演出で、デザインの持つ物語性を際立たせていた。これらの展示から読み取れる新たなトレンドは、「空間を物語るメディアとして再定義する」動きである。デザインは物質的存在から、体験や感情と結びついた総合芸術へと拡張されている。
2.サステナビリティの深化:素材と製造の新境地
Hydro社のプロジェクト「R100」では、収集から製造まですべてを100km圏内で完結させた完全ローカルなアルミニウム家具を発表。これにより、輸送によるCO2排出を劇的に削減するモデルが示された。

この動きからは、グローバルからローカルへの揺り戻し、すなわち”Hyperlocal Design”という新たな潮流が見える。サステナビリティは単なる素材選びにとどまらず、製造・流通・回収にいたる循環全体を含めた新しいエコロジー観を指向している。
3.色の再解釈:グッチはバーガンディの支配
グッチは新コレクション「Rosso Ancora」で深い赤色、バーガンディを大胆に使用。空間全体が深い赤に染められた没入型空間は、訪れた人々に強烈な印象を与えた。

この展示から読み取れるのは、「カラーがコンセプトを語る」という潮流。インテリアにおける色は単なる装飾要素から、空間体験やブランド哲学の中核を担う表現手段として再認識されている。
4.五感で楽しむ:食と空間のクリエイティブな融合
食をテーマにしたユニークなイベントも開催された。フードアーティストのライラ・ゴハールは、マリメッコとのコラボによるベッドルームをテーマにしたコレクションを記念して、何台ものマットレスを並べ、同ブランドのストライプ柄のシーツで覆った「ベッド・イン」を演出。その一角のベッドは実はケーキで作られていた。

また、5Vieでは、ローマのSpazio Giallo Interiorsのカロリーナ・レヴィが「Prendete & Mangiate(取って食べよ)」という展示を企画。カラフルなガラス製品や器が並ぶ晩餐のテーブルには、粘土でできたハエも置かれ、まるで宴の余韻を感じさせる空間だった。
課題と展望:デザインが社会をつくる時代へ
ロンドンデザインフェスティバルやオランダ・アイントホーフェンで開催されるDutch Design Week(DDW)など、他都市でも類似のイベントは増加している。しかし、ミラノサローネは都市全体が一体化する規模と歴史、そして国際的影響力において未だ圧倒的な存在感を誇る。
一方で、宿泊施設不足や都市中心部の混雑も課題として顕在化しており、それらをどう解消するかが問われている。ミラノ市は今後、デザインイベントが都市にもたらす影響を再評価し、公共空間の持続可能な使用、交通渋滞の軽減、インクルーシブな参加機会の提供などに力を入れていく方針を明言している。
2025年のミラノサローネは、家具や空間のデザインを超え、私たちの暮らし方の未来を描く場となった。「Connected Worlds」というテーマは、単なるトレンドではなく、世界のあり方そのものを問う強いメッセージだ。次なるサローネが私たちにどんな問いと驚きをもたらすのか、すでに期待は高まっている。
文:岡徳之(Livit)