企業生成AI活用をめぐる2024年の変化

企業の生成AI利用に関する調査は、米国企業を対象とするものが多いが、デロイトからグローバルトレンドを示す最新調査が発表された。

これは2024年7月から9月にかけて、世界14カ国・2,773社を対象に実施されたもの。回答者の内訳は、米国が1,203社と最多で、次いでインド(200社)、英国(200社)、カナダ(175社)、ドイツ(150社)、フランス(130社)、ブラジル(115社)と続く。その他、オーストラリア、日本、メキシコ、スペインがそれぞれ100社、イタリアとシンガポールが75社ずつ、オランダが50社。回答者は取締役会メンバーや経営幹部から、部長・課長クラスまでの上級管理職で構成。ITと事業部門のリーダーが均等に含まれている。

同調査で特筆すべきは、2024年第1四半期と第4四半期のデータが比較されており、同年で起こった生成AIに関する変化を俯瞰できる点だ。

まず経営層の意識変化に関して、過去1年間で、取締役会メンバーの生成AIへの関心は62%から46%に、経営幹部の関心は74%から59%へと大幅に低下。一方で、技術部門のリーダーは86%と高い関心を維持していることが明らかになった。この変化についてデロイトは、初期の熱狂から実務的な取り組みへの移行を示すものと分析。実際、調査では78%の企業が次年度のAI投資を拡大する意向を示し、また生成AI関連の予算も増額傾向にあることが判明している。

しかし、現場での活用は依然として限定的だ。多くの企業において、生成AIツールへのアクセス権を持つ従業員は全体の40%未満。さらに、アクセス権を持つ従業員のうち、日常的に活用している割合は60%ほどであるという。

一方、技術面では大きな進展が見られる。基盤モデルやアプリケーションの能力は劇的に向上し、より小型で効率的なモデル、低レイテンシー、大きなコンテクストウィンドウ、拡張されたモダリティ、より高度な自律性、モデルの専門化などが実現している。

こうした状況下で、企業はテクノロジーインフラ(7ポイント増)や戦略(5ポイント増)の面で準備態勢を強化。ただし、リスクとガバナンス、人材面での体制整備には遅れが見られる。

AI投資や予算の拡大は他の調査でも示されており、2025年はROIを実現する堅実なプロジェクトが増える見込みだ。

想定した目的を超える収穫も

同調査で興味深いのは、生成AIの活用目的と投資対効果(ROI)の側面で「想定外の収穫」が報告されていることだ。

まず生成AIの活用目的では、多くの企業(約55%)が「効率性と生産性の向上」を目的に生成AIを活用していることが判明。一方、実際に達成された項目を見ると、「効率性と生産性の向上」が40%である一方、「新しいアイデアと洞察の獲得」(46%)や「イノベーションと成長」(45%)など、より戦略的な領域で高い割合が報告されている。効率性と生産性向上を目的に生成AIを活用したところ、アイデア、洞察、イノベーションで思わぬ収穫があったことを示唆するものだ。

部門別の活用状況も興味深い。IT部門が28%と最も高く、次いで運用部門(11%)、マーケティング(10%)、カスタマーサービス(8%)と続く。

他の多くの調査でも企業における主要なユースケースとしてコーディングが挙げられており、それらの調査結果と軌を一にするものとなる。

デロイトの調査では触れられていないが、コーディングタスクで最も利用されているモデルの1つClaudeの開発企業Anthropicが急速な収益増を達成していることも、これらの状況を裏付ける要素の1つだ。同社の2024年の売上は、前年比700%増となる8億ドルと推計されているほか、2027年には345億ドルまで増加する見込みという。

デロイト調査に戻り、業界別の動向をみると、技術・メディア・通信、ライフサイエンス・ヘルスケア、金融サービス業界における大企業での取り組みが特に活発化の様相となる。各業界で事業の根幹に関わる領域への導入も顕著になりつつある。たとえば、消費財業界ではマーケティング、エネルギー・資源・産業財ではオペレーション、金融サービスではサイバーセキュリティ領域での取り組みが増加傾向にあることが明らかになった。

気になるROIが最も高い分野とは?

ROIで見た「想定外の収穫」は複数に及ぶ。

投資効果が最も顕著だったのは、サイバーセキュリティ分野だ。この分野でROIが期待以上だったとの回答は44%に達し、期待以下だったとする回答(約17%)に27ポイントの差をつけた。これは他分野を大きく引き離す数字となる。

次いでIT部門も好調で、期待以上と期待以下の差はプラス15ポイントだった。さらに戦略(+10ポイント)、カスタマーサービス(+8ポイント)、サプライチェーン(+7ポイント)でも期待以上が以下を上回る結果となった。

一方、財務(-8ポイント)、営業(-8ポイント)、研究開発(-5ポイント)では、期待以下が期待以上を上回り、ROIが予想外に低かったことが判明した。マーケティング(+2ポイント)、プロダクト開発(0ポイント)、オペレーション(0ポイント)は、ほぼ期待通りのROIが達成されている。

ROIが予想外に低かった分野と、デロイトの調査時期が2024年7〜9月であったことを鑑みると、想定内の結果とも見て取ることができる。

まず要因の1つとして挙げられるのが、基盤モデルが数字に弱いという事実だ。この時期、奇しくもAIモデルが「9.11と9.9、どちらが大きな数字か」という質問に正答できないことが話題となっていた。この数字の弱さが、特に財務分野でのROI低下を招いた可能性が考えられる。数字の弱点は、OpenAIのo1やo3、DeepSeekのR1などいわゆる推論モデルの登場によって克服されている。

また、営業分野で特に注目される生成AIアプリケーションが登場し始めたのは、2025年に入ってから。AIエージェントフレームワークの活用や推論モデルをベースとすることで精度が大きく改善している。2024年7〜9月時点では、AIエージェントフレームワークが開発途上であり、また推論モデルへのアクセスが限定されていたことを考えると、アプリの精度もそれほど高くなかったことが想定される。研究開発分野も同じく、AIエージェントや推論モデルの登場によって、大きな前進を見せている。

課題と注目トレンド

デロイトの調査は、企業のAI採用を拒む要因も明らかにしており、今後はこれらの課題にどのように対応するのかが、企業だけでなく、AIモデル開発企業やアプリ開発企業にとって重要項目になると思われる。

AIの採用を阻む要因としては、実世界での誤りや事故のリスク(35%)、期待される価値の未達(34%)、質の高いデータの不足(30%)、バイアスや幻覚、不正確さによる信頼性の欠如(29%)が指摘されており、これらの課題に対し、多くの企業が12カ月以上の時間を要すると予測している。

一方、新たな技術トレンドとしてAIエージェントが注目を集めていることも浮き彫りとなった。52%の企業が自動化のためのAIエージェントに関心を示し、45%がマルチエージェントシステムの活用を検討。さらに44%がマルチモーダル機能に注目している状況だ。

しかし、AIエージェントの活用にはまだ課題が残る。企業は、まずはデータ管理、サイバーセキュリティ、ガバナンスの能力を構築する必要がある。現時点では、低リスクのユースケースから始め、重要度の低いデータで実験を重ねることが推奨されている。

企業での生成AI活用は、信頼性や正確性の向上、期待される価値の実現など、数年にわたる長期的な取り組みとなる。デロイトは、企業が市場動向分析や将来シナリオの検討を重ねながら、段階的に適切な体制を構築していく必要があると指摘している。

文:細谷元(Livit