2025年3月27日に「TAKANAWA GATEWAY CITY」がまちびらきする。商業施設や文化施設が続々とオープンするだけでなく、世界中から企業や研究機関が集まるイノベーティブな拠点としても注目を集めている。また品川エリアは羽田空港からの良好なアクセス、リニア中央新幹線の開通など、国内外をつなぐハブとしても機能することから、長期的な進化も期待されているのだ。

この「TAKANAWA GATEWAY CITY」のまちづくりを手掛ける東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)は、同エリアで「環境」「モビリティ」「ヘルスケア」を主軸にした“地球益”の実現に向け取り組んでいる。これらをさらに花開かせ、品川エリアから日本、世界に革新をもたらすべく設定されたのが、「人財・叡智」「医療」「水素・GX」という三つの重点テーマだ。そのゴールは「100年先の心豊かなくらしの実現」であるが、具体的にはどのような構想が描かれているのだろうか。

今回、 JR東日本の魚地征一郎氏、原宏志氏、立間桃子氏を取材。「TAKANAWA GATEWAY CITY」から広がる、未来社会に向けたイノベーションの可能性を探っていく。

「100年先の心豊かなくらしの実現」に向け、全ての活動を地球益につなげる

JR高輪ゲートウェイ駅に直結したこの街では、駅前に位置するツインタワー「THE LINKPILLAR 1」が開業し、多くの人々が行き来している。今後はオフィスや商業施設が入居予定であり、さらに2026年春には複合ビル「THE LINKPILLAR 2」、複合文化施設「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」、レジデンス「TAKANAWA GATEWAY CITY RESIDENCE」も完成する。将来的には品川駅とウォーカブルにつながる計画で、南北約1.6kmに及ぶ壮大な街が構想されている。

「TAKANAWA GATEWAY CITY」の概要

まちづくりの中心的事業社であるJR東日本は、「TAKANAWA GATEWAY CITY」を「100年先の心豊かなくらしのための実験場」と位置付けている。社会課題の解決に向けた共創や実証実験、人財交流などの拠点を目指しているが、背景には地理的な優位性があり、「高輪はイノベーションをけん引する可能性に満ちている」と語るのは、JR東日本 品川ユニットで新規開発・イノベーションを担当する立間桃子氏だ。

立間氏「江戸の玄関口『高輪大木戸』があったこの地は、日本で初めて鉄道が走った場所でもあり、近代化の礎を築いたイノベーションのDNAが受け継がれています。また、リニア中央新幹線の起点となる品川駅と隣接し、羽田空港アクセス線(仮称)(※1)の開業も予定されるなど、日本全国と海外の結節点としてのポテンシャルを持っています。品川エリア全体は“国際交流拠点・品川”の実現を目指して官民一体となった開発が進められており、その中心部に位置するTAKANAWA GATEWAY CITYは、世界中の人財企業、資金、技術を集積できるでしょう。このポテンシャルを生かし、私たちは次の100年へとつなぐイノベーションを起こしていきます」

マーケティング本部 まちづくり部門 品川ユニット 立間桃子氏

「100年先の心豊かなくらしの実現」に向け、JR東日本は街に関わる全ての活動が「地球益」につながることを掲げている。この「地球益」とは、地球環境や経済活動のバランスが取れ、地球と人間が調和する利益を目指すこと。実現に向けては解決すべき社会課題も多い。

立間氏「アプローチすべき社会課題として、『環境』『モビリティ』『ヘルスケア』を据えています。例えば、施設の地下には国内最大級の蓄熱槽を設置し、エネルギー効率と災害時のレジリエンス強化を実現するなど、街そのものが環境に配慮した設計になっています。また、エリア内を行き来する自動走行モビリティ、タッチトリガー(※2)によるヘルスケアデータの活用など、テクノロジーを活用した施策も進める予定です」

地球が抱えるさまざまな社会課題に対し、「新たなビジネス・文化」 「循環型社会のモデル」など、未来に資する解決策を街から生み出し、世界中へ発信していく拠点を目指す

さらにJR東日本は、「100年先の心豊かなくらしの実現」に向け、注力すべき三本柱を新たに設定。「焦点を絞ることで、イノベーションを加速させたい」と、同社品川ユニットのマネージャー・魚地征一郎氏は説明する。

魚地氏「100年先に向け、直近で取り掛かるべきことは何か。これまでも有識者の方々との議論を重ねてきたのですが、2024年3月に本格的に有識者会議を立ち上げ、一層検討を深めてきました。今後の開発も視野に入れ、重点的に取り組むべき三本柱として設定したのが、『人財・叡智』『医療』『水素・GX』です。地球益の達成には日本に山積する社会課題の解決が欠かせません。TAKANAWA GATEWAY CITYを実験場とし、三つの領域に注力することで、未来につながるソリューションを育てていきます」

『人財・叡智』『医療』『水素・GX』を重点的に取り組むべき三本柱として設定

人財・叡智を結集したプラットフォームで、眠れる才能を開花

一つ目のテーマ「人財・叡智」は、人財面を取り巻く日本の課題にアプローチするものだ。少子化や人財流出に直面する日本で、埋もれた才能、専門領域を発掘し、秀でた才能を伸長することを目的としている。同社品川ユニットの原宏志氏は、「そのために必要なのは、世界で活躍する才能を結集したプラットフォーム」だと語る。

原氏「日本ではグローバルな人財の交流が少なく、特に若い世代が海外でチャレンジする機会が減っています。この現状を打破するためには、日本の人財が海外へ出るだけでなく、海外からも人財を招致し、相乗効果を生み出すことが有効です。さまざまな教育の場に国際的に活躍する人財が参加することで、新たな可能性が広がると考えています」

学術界では、100年先の心豊かなくらしの実現に向けた「プラネタリーヘルス」創出のため、東京大学と100年間の産学協創協定を結んでおり、「東京大学 GATEWAY Campus」の入居が予定されている。また、シンガポール国立大学とも連携協定を結んでおり、スタートアップエコシステムの構築に向け検討を進めている。

原氏「また、学術界、産業界、経済界など、さまざまな分野とのネットワークを築き、国内外から各分野の叡智を集結させることで、相乗効果により日本や世界へ大きな影響をもたらせるのではと思い描いています。リアルなネットワークを持つJR東日本だからこそ、こういった横断的な取り組みを進めるハブとして機能できる可能性を感じています」

マーケティング本部 まちづくり部門 品川ユニット 副長 原宏志氏

人的な交流においては、交通の要所となる「TAKANAWA GATEWAY CITY」の立地性が発揮される。国内外の人財が集まり、交流が活発化することで、ソーシャルイノベーションのサイクルが生まれるのだ。

原氏「TAKANAWA GATEWAY CITYにはグローバル企業が入居するオフィス、大規模な会議を開催できるコンベンションがそろい、約1kmにわたる共有空間『53 Playable Park』はイベントスペースとして利用可能です。入居する企業や教育機関がシームレスに連携できる環境をつくることで、街全体がプラットフォームになると考えています」

魚地氏「イメージしているのは、“異彩が輝く知の開国”。世界で活躍するトップクラスの人財と、秀でた才能を眠らせている人財が交わり、革新が生まれていく街です。開かれた場所でこそ、才能は芽生えると思うので、多彩な人々が交流する機会を提供していきます」

超高齢社会の解決に向け、医療にイノベーションを起こしていく

二つ目のテーマ「医療」では、「健康寿命100歳社会」を掲げ、超高齢社会や社会保障関係費の増大、ドラッグロス・ドラッグラグなどの課題にアプローチする。

立間氏「日本の医療課題を解決するために、特に注力すべきは、創薬や予防医療、データ基盤の整備です。欧米と比べ遅れがちな創薬の領域では、知見や技術があっても資金繰りができないなど、経営上の課題を抱えるベンチャー企業も多数あります。資金提供を含む技術開発のサイクルを育むためには、国内外の創薬ベンチャーや製薬会社、AI分野のテック企業などがつながる場が必要です。ラボなどで共同研究を進めながら、アクセラレーターの方々が気軽に立ち寄るような、オープンイノベーションを可能にする街にしていきたいと考えています」

社会保障関係費問題の突破口になるのが、健康状態を長く保つ予防医療だ。重症化を防ぐためには、未病段階での対策、心身の健康を維持するウェルビーイングが重要であり、街として実践できる取り組みも多い。

立間氏「血液検査でがんのリスクを知ることができるようになるなど、予防医療の水準は高まっています。例えば、TAKANAWA GATEWAY CITYに入居する企業やクリニックが協働することで、検査の普及に向けたアプローチができるでしょう。発病前の発見が当たり前となれば、健康寿命の延伸に貢献できるはずです」

創薬や予防医療を充実させるには、データ基盤も重要になる。しかしパーソナルヘルスレコードの活用など、医療のデジタル化には課題もあり、人々の賛同が求められる。

立間氏「地方とも密接につながるJR東日本は、駅ナカなどに入居するクリニックをはじめ地域医療とも連携できます。また、企業やレジデンスがあるTAKANAWA GATEWAY CITYは、膨大なデータの収集に適しています。『医療』というテーマを掲げ、賛同していただける方々と協力すれば、データ活用などを起点に他の場所では困難なプロジェクトを進められます」

魚地氏「日本は創薬やデータ活用の領域において慎重な傾向があり、世界から後れを取っているという話も伺います。国家戦略特区にも指定されているTAKANAWA GATEWAY CITYは、例えば大規模なヘルスデータ収集を行うなど、チャレンジングな場として機能できる可能性を感じています。超高齢社会という社会課題を抱えているからこそ、解決できれば大きく経済成長できるはずで、国際競争力の向上も期待できます」

マーケティング本部 まちづくり部門 品川ユニット マネージャー 魚地征一郎氏

持続的な都市型エネルギーを探究する、水素都市モデルの創造

三つ目の「水素・GX」で目指すのは、水素都市モデルの創造。カーボンニュートラルで期待される水素エネルギーについて、利活用の推進を目指している。

立間氏「注目が集まる水素エネルギーは、さまざまな企業や研究機関が参画しており、供給技術は日々前進しています。一方、需要についてはいまだ限定的であり、利活用拡大の余地があります。首都圏には大規模な実証実験ができる場所がなかなかないことも原因の一つですが、TAKANAWA GATEWAY CITYの街全体を使うことで、これまでにないほど大規模な実証実験が可能になります」

水素をはじめさまざまな環境エネルギー施策が展開される

水素の活用は、技術だけでなく、コスト面の課題もある。利活用を拡大することで需要と供給のバランスが取れれば、経済合理性が得られ、普及促進につながると期待できる。

立間氏「経済合理性のある状態に近づけるためには、さまざまな角度から実装を試みる必要があります。水素に優位性のある地域冷暖房や大型モビリティ、非常用電源など、用途を広げていくことで、都市部最大級の水素利活用モデルの構築を目指したいです」

原氏「TAKANAWA GATEWAY CITYを出入りする物流トラックのエネルギーも水素にシフトさせる予定です。ビルで使用するエネルギーについて、段階的に用途を拡大していくことで、多くの知見も得られるはずです」

TAKANAWA GATEWAY CITYを出入りする物流トラックにも水素エネルギーが活用される

立間氏「そのためには、CO2削減量など効果の可視化も重要になります。カーボンフットプリントなどを活用し、入居者だけでなく来街者の方々に対しても、街の中で水素エネルギーを使いカーボンフリーに貢献しているという意識の浸透を図っていきたいです。水素は環境配慮のみならず、貯蔵能力にも優れ、街や地域のレジリエンス向上にもつながります。多くのメリットを知っていただくきっかけを生み出すことができれば、TAKANAWA GATEWAY CITYのモデルを日本中へ水平展開できるかもしれません」

100年先の心豊かな暮らしを共に創る、イノベーターたちが集う街へ

未来に思いをはせる、JR東日本の3人。今後「TAKANAWA GATEWAY CITY」はどのように進化し、社会への貢献を果たしていくのだろうか。それぞれの思いを聞いた。

魚地氏「今回三本柱を設定しましたが、まだ青写真を描いたに過ぎないと考えています。品川エリア全体は長期的に進化するため、街でイノベーションが生まれる可能性もこれから広がります。共感していただける多くの方々が主体となり、次々とプロジェクトが創出されるのが理想です。かつて偉大なイノベーターを輩出し、近代日本を築き上げるきっかけとなった松下村塾のように、この場所も多様性に富んだ人々が集まり、化学反応が起こるような魅力あふれる街にしたいと考えています」

原氏「地球益の実現には、公益性も重要です。関係者だけが幸せになるのではなく、周辺地域に住まわれる方々も含め、全ての皆さまに応援していただけるようなまちづくりを目指します。同時に、日本人は『失敗を恐れすぎ』と揶揄されがちですが、チャレンンジに伴う失敗を恐れず、皆が許容し合える実験場の拠点にしたいと思います」

立間氏「TAKANAWA GATEWAY CITYがあることで、品川エリア一帯の価値が底上げされ、さらに日本全体、世界へと波及すれば、『高輪があったから日本が元気になった』と思ってもらえるかもしれません。そのためにはまず、TAKANAWA GATEWAY CITYに、世界中から人が集まる目的づくりが必要です。そうしたきっかけをつくるために、これからも魅力的な事業を推進したいと思っています」

未来社会に向かい、三つの領域から壮大なアプローチを試みるJR東日本。「TAKANAWA GATEWAY CITY」で生まれたモデルが、日本、世界で実装されれば、地球益が実現するのだろう。今後この街に多彩なイノベーターが集うことに期待したい。

取材・文:相澤優太
写真:高橋宣仁