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低炭素社会へ向けた世界的な動きなどに伴い、ガソリンなどの供給拠点となるSS(サービスステーション。ガソリンスタンドを指す)の維持は、社会課題となっている。SSは、エネルギーの安定供給を担う重要なインフラでもあり、社会にとって欠かせないことから、全国のSSではカーサービスに留まらない新規サービスの創出などが活発化している。
こうした動きを後押しするのが、出光興産株式会社が推進する「スマートよろずや構想」だ。同社系列のSSに新たな機能を組み込むことで燃料供給だけでない生活支援拠点へと進化させ、地域課題の解決を目指す構想である。SSを運営する事業者(特約販売店)と出光興産株式会社が協力し、ユニークな相乗効果を生み出している事例も多い。
AMPでは連載を通じ、「スマートよろずや構想」の事例を紹介。第6回目となる今回は、菓子専門店のシャトレーゼやコインランドリー、レンタカーサービスを展開する、名古屋シェル石油販売株式会社を取材。拠点ごとの特性を最大限活かし、着実に成長を遂げる多角経営の最前線を探っていく。
収益構造の変化を受け、“全員参画”の新規事業を始動
愛知県名古屋市を拠点に、東海地方で燃料油販売を展開する名古屋シェル石油販売株式会社。1949年の創立以来、「地域の皆さまにエネルギーを安定供給する」を使命に事業を展開してきたと、代表取締役社長を務める森 康樹氏は語る。

森氏「戦後間もない頃は、石油が貴重だった時代。安定供給のため、当社はSSのみならず、配送、貯蔵機能にも力を入れてきました。油槽所や油槽船、運送会社を抱えていたことは、高度経済成長やオイルショックを経て、幅広い皆さんへのエネルギー供給力につながっていました」
同社の供給力の強みは、特に法人向けの燃料油販売で発揮されてきた。森氏が社長に就任したのは2018年だが、翌年には出光興産株式会社と昭和シェル石油株式会社が経営統合するなど、同社を取り巻く事業環境が変わり始めたという。
森氏「事業環境の変化にコロナ禍が重なり、収益の大半を占める法人向け事業が、一時的に厳しくなりました。就任直後に『出光経営カレッジ』に参加し、ビジョンやミッション、成長戦略を改めて検討していたこともあり、現業と新規事業をミックスした経営をスタート。出光経営カレッジでは、さまざまな事業にチャレンジする他の特約販売店さまと出会う機会に恵まれ、燃料油販売以外の事業を展開する彼らの姿勢に刺激を受けました」
同社の事業をサポートする出光興産株式会社 中部支店販売一課の髙祖 卓海氏は、未来に向けて進化する名古屋シェル石油販売株式会社を支援する体制を推進してきたと語る。

髙祖氏「出光経営カレッジでは、特約販売店の皆様と共に10年先の事業環境を想定し、それに向けて現業だけに留まらないありたい姿を描いていきます。特約販売店さまごとの強みを活かし、地域に寄り添いながら進化していくことをサポートするという姿勢の延長線上に、『スマートよろずや構想』があります」
森氏「出光経営カレッジを経て当社が掲げた10年後のありたい姿は、『新しい価値を創造し社員の幸福と会社の発展を一致させ、全員参画経営によって成長している』というものです。社員の幸せを最優先にするためには、会社自体が存続しなければなりません。会社の発展に、全社員が当事者意識を持ってコミットしてほしいと、“全員参画経営”という言葉を取り入れました」
地域ニーズに応えるためにリソースを集中させる、“キャラクター”のあるSSづくり
こうした未来像の実現に向け、名古屋シェル石油販売株式会社は新規事業を展開してきた。2019年には若手社員が中心となり、燃料の小口配送事業をスタート。大型のタンクローリーで配送していた工場や運送会社などの顧客に加え、新たな販売網を開拓していく。
森氏「産業向けの大口配送は安定供給を軸に薄利多売となる傾向がありますが、“多売”が困難な局面では売り上げが急減するのが弱点でした。だからといって全く新たな事業に乗り出すノウハウは、当時はありません。自社の強みで貢献できる方法を検討する中で、量より質を重視した小口配送に着手。以来、事業は年々成長しています」
髙祖氏「名古屋シェル石油販売さまが持つ愛知県春日井市のSSでは、現在専任スタッフを配置するなど、小口配送の拠点としての機能を強化しています。名古屋、春日井、土岐(岐阜県)と、南北のラインに供給拠点が並ぶことで、対応エリアを大幅に拡大できると考えています」
燃料油販売以外のサービスも拡充させている。潤滑油販売事業では、機械の長寿命化、トラックなどの省燃費化に貢献する各種オイルを販売。潤滑士という専門資格を有するスタッフが、顧客ニーズに合わせてメンテナンスの提案を行なっている。
さらに東海地方最大のターミナル・名古屋駅に近接するセルフ名駅SSでは、レンタカー事業を強化。ビジネスや観光など幅広いニーズへ対応することで、徐々に成長させてきた。

森氏「レンタカー事業は以前から展開していたのですが、2019年頃の保有台数は20台程度。当時から需要は高く、予約をいただいてもお断りをしなければならない状況でした。そこを強化する形で、現在は100台近くにまで拡大しています。レンタカー返却時のガソリン給油をセルフ名駅SSでできるなど、ワンストップサービスを提供しお客さまに選ばれる環境も強みとなっています」
事業拡大のプロセスでは、限られたリソースの最適化も必要だった。オイル交換や洗車、コーティングなど、SSで提供していたカーサービスを縮小する中では、お客さまや現場スタッフの理解も重要だったという。
森氏「カーメンテナンスのために来ていただくお客さまも一定数あり、そこで仕事を受けるスタッフもいる。急速に事業を転換できるわけではありません。告知とともに1年ほど時間をかけ、徐々にレンタカーにシフトしました」
髙祖氏「結果としてセルフ名駅SSのレンタカー保有台数は、愛知県内のSSでもトップクラスに成長しています。他にも、春日井西山町SSでは整備のプロフェッショナルを集結させることで、車検台数で全国トップの実績を達成しました。“あれもこれも”ではなく、拠点の特性に合う事業にフォーカスして成長させる。そうした選択と集中によるキャラクターのあるSSづくりが強みだと感じます」
シャトレーゼのフランチャイズ事業で、人が集まる場を創出
同社は新たなニーズに対応すべく、2024年にライフデザイン推進部を新設した。B to C領域での新規事業の一つとして、名古屋市中川区にあったSS跡地をリニューアルし、フランチャイズ店舗としてシャトレーゼ中川中野本町店を開店。「オープンから約3カ月だが、地域の皆さんにご利用いただいている」と語るのは、ライフデザイン推進部の部長 鈴木 翔太氏だ。

鈴木氏「当初は車での来店が中心と想定していましたが、近隣から徒歩でいらっしゃる方もかなり多いです。地元のお子さんから年配の方まで、幅広い世代の方にご利用いただけています。シャトレーゼの豊富な商品ラインナップ、日常的に使いやすい価格帯が、地域のニーズに合っているのでしょう」
店長を務める同社の水野 邦彦氏は、シャトレーゼの高いニーズを現場で体感しているという。
水野氏「10年以上前、もともとこの地域にはシャトレーゼがあったようで、オープン前の準備段階から心待ちにしている住民の方もいらっしゃったようです。学校終わりの小学生が立ち寄ってくれるなど、人が気軽に集う場として機能しているのは嬉しいことです。常連のお子さんに対しては、誕生日を迎えると店頭の看板でお祝いするなど、親しみを持っていただけるコミュニケーションに努めています」

菓子店のフランチャイズ経営は、燃料油販売などとはかけ離れた事業に思えるが、森氏にはどのような戦略があったのだろうか。
森氏「当社が従来提供してきたサービスは、お客さまにとっての“目的”ではありません。燃料や車検はそもそも、車を使って買い物やレジャーに出掛けるための“手段”です。一方のシャトレーゼは、お客さまがわざわざ足を運ぶ場所。新規事業の検討時に複数の店舗を視察したのですが、シャトレーゼの店舗の多くが大型商業施設や観光地でなく、住宅地に立地していました。生活必需品ではない菓子店にも関わらず、たくさんの人が集まる。そこに我々が学ぶべき、新たな価値創造の可能性を感じ、シャトレーゼのフランチャイズ事業を選びました」
鈴木氏「私も燃料油販売を中心にキャリアを重ねてきましたが、シャトレーゼのお客さまの笑顔は、SSで働く私たちにとって新鮮でした。誕生日やクリスマスといった特別な時間を楽しむお手伝いができるのは、個人的にも充実感を感じています。普段はSSなどの別部署で働く社員にもシャトレーゼの現場に来てもらうことで、同じサービス業ではありますが、これまでになかった視野が広がるかもしれません。そうした側面も、新たな会社の価値創造につながるでしょう」
シャトレーゼ中川中野本町店が立地するのは、マンションの1階だ。隣にはコインランドリーもあり、建物全体が名古屋シェル石油販売株式会社によって運営されている。
森氏「地域における一定の需要が見込めたマンション、その住人の方にご利用いただけるコインランドリー、敷地内を駐車場にすることで通いやすくなるシャトレーゼをつなぐことで、地域の方々に喜んでいただけると考えました。広大な駐車場を市街地に設置するのは困難なので、地域特性とも親和性が高かったと感じます」

順調なスタートを切ったライフデザイン推進部の新規事業。今後はどのような形で開拓を進めていくのだろうか。
森氏「我々の本業である石油製品の販売を軸としながらシャトレーゼの運営ノウハウを蓄積し、店舗数の増加を図りたいです。現在店舗で働くスタッフとも気づきや考えを共有しながら、新たな発見を次の事業につなげられたら良いなと。最終的なゴールは、事業環境が変化する中でも、社員の幸福と会社の発展を両立させることです。手広く事業を展開することを目的とするのではなく、あくまで一つひとつの強固な価値を積み上げるイメージでチャレンジを続けていきます」
地域の声を集約し、スマートよろずや構想を実現する
名古屋シェル石油販売株式会社の事業展開は、出光興産株式会社が推進する「スマートよろずや構想」とも方向性が一致する。地域社会に貢献する上で、特約販売店はどのような役割を果たすのだろうか。最後にそれぞれのビジョンを聞いた。
鈴木氏「『スマートよろずや構想』の理想形は、地域の方々が気軽に足を運べるコミュニティ形成だと考えています。『ここに来れば、何か楽しいことがある』と地域の方々に感じてもらえれば、自ずと事業も成長するはずです。そのためには、燃料油販売という枠組みにとらわれず、真に存在するニーズを探らなければなりませんし、全国の特約販売店が事例を共有することで、よりチャレンジングなモデルが現れることに期待したいですね」
髙祖氏「私が考える『スマートよろずや構想』は、何でも提供する場所ではなく、その地域の人々が必要とするものを提供できる場所です。地域の細かなニーズを察知する上では、出光興産だけでは限界があり、特約販売店さまの協力が欠かせません。特約販売店さまと出光興産がそれぞれの強みを発揮し、次の時代の社会課題を解決できるよう、一緒に進化していきたいと思います」
森氏「『スマートよろずや構想』は、全国のSSとネットワークを持つ、出光興産ならではの壮大なプロジェクトです。私たち特約販売店の役割は、地域のお客さまの声に寄り添い進化していく、そして最終的にはそれを出光興産のネットワークに還元していくことでしょう。近年は人口減少に伴う労働力不足など、石油需要以外の課題を抱えるSSも多いです。ユニークな事業展開や地域社会への貢献を見て共感する人材が集まってくれれば、地域の皆さんへもお役立ちできます。そうした好循環を全国に広げることを、『スマートよろずや構想』に期待しています」
拠点ごとの特性を見極めることで、事業の成長を目指す名古屋シェル石油販売株式会社。そのベースには、長年にわたり培った顧客との信頼関係、ニーズの察知力があるのだろう。「スマートよろずや構想」から、今後はどのように地域の人々を惹きつけるSSが生まれるのだろうか。出光興産株式会社と特約販売店の挑戦に期待したい。
