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モータースポーツの世界に革命をもたらした「フォーミュラE」。
それは単なるレースではなく、持続可能な未来を見据えたテクノロジーとビジネスの最前線である。
2014年に世界初の電気自動車によるレーシングチャンピオンシップ(年間シリーズ)として誕生。2021年シーズンからFIA(国際自動車連盟)公認の世界選手権シリーズとなり、日産やヤマハなど国内メーカーを含む11チームが市街地サーキットで熱戦を繰り広げている。現在、フォーミュラEのファンは全世界に約4億人いるとされる。
2024年3月、シーズン10第5戦として東京・有明の特設サーキットで「Tokyo E-Prix」が初開催され、日本のモータースポーツファンを魅了した。
そして、2025年5月17日・18日にはシーズン11の「Tokyo E-Prix」が2日間レースとして開催されることが決定。一般販売チケットは、2025年3月8日(土)正午より、イープラスのウェブサイトにて販売開始される。
2月10日には、東京都庁で「TOKYO GX ACTION × フォーミュラE 東京大会PRイベント」が開催された。
東京都は、化石燃料からクリーンエネルギーへの転換を目指し、2024年から「TOKYO GX ACTION」に取り組んでおり、その一環としてZEV(ゼロエミッション・ビークル)の普及を推進している。
こうした背景から、昨年に続きフォーミュラEを後援。イベントでは、最新マシン「GEN3 Evo」の発表や、東京都とフォーミュラEの連携に関するプレゼンテーションが行われ、持続可能なモビリティの未来が議論された。
イベントには、フォーミュラEの最高経営責任者(CEO)であるジェフ・ドッズ氏が登壇。フォーミュラEの現在と未来について語り、モータースポーツの枠を超えたその意義を強調した。
環境技術の進化、ビジネスとしての成長、そして持続可能な社会への貢献ジェフ・ドッズ氏の言葉から、フォーミュラEが描く未来を紐解いていく。
フォーミュラEとは何か?
フォーミュラEの最大の特長は、F1のようなフォーミュラカーの外観を持ちながら、エンジンの代わりに電気モーターを搭載し、ガソリンを使わず、CO2排出ゼロで走行することだ。
その際、モーターを駆動させる電力は、水素化植物油(HVO)と呼ばれるバイオ燃料を使用して供給され、1レース中に使用できる電力量も制限されている。さらに、パンク時以外のタイヤ交換禁止や最大60分のレース時間制限など、環境負荷を最小限に抑えるためのさまざまな施策が導入されている。また、エンジン車と比べて騒音が圧倒的に低いため、大都市の市街地での開催が可能になっている点も特徴だ。
一方で、その動力性能面も目を見張るものがある。シーズン11から導入された最新マシン「GEN3 Evo」は、0-100 km/h加速がわずか1.86秒と、現行のF1マシンよりも30%速い驚異的な性能を誇る。さらに、予選やレーススタート、アタックモード時には四輪駆動機能が利用可能となり、レースの重要な局面でよりスリリングな展開を生み出す。こうした技術革新により、フォーミュラEは誕生からわずか10年で、環境性能とパフォーマンスの両面で目覚ましい進化を遂げている。

CEOのジェフ・ドッズ氏(以下、ドッズ氏)は、「フォーミュラEとその他のモータースポーツとの最大の違いは、世界No.1のESGスポーツであることだ」と強調。その上で、大都市圏での開催について次のようなメリットを挙げた。
「まず、東京のような大都市でのレースは、ゼロエミッション(汚染や廃棄を限りなくゼロに近づける取り組み)でなければ開催できなかったはずです。モーター駆動ならではの低騒音もメリットですが、サーキットに来場する観客の多くが自家用車ではなく公共交通機関を利用することで、CO2排出の低減に寄与できます。また、誕生から10年という若いフォーミュラEにとって、大都市での開催は新たなファンを獲得する機会にもなると期待しています」
フォーミュラEがもたらすビジネスと経済の変革
フォーミュラEが注目を集める理由の1つに、モータースポーツの枠を超え、環境・技術・都市・ファンをつなぐエコシステムを構築し、グローバルなビジネスと経済成長をけん引するプラットフォームとして機能している点が挙げられる。
① 持続可能なモビリティ市場の成長
近年の世界的なEV市場の拡大とともに、フォーミュラEはEV開発・テストの場として重要な役割を果たしている。参戦する大手マニュファクチャラー(日産、ヤマハ、ポルシェ、ジャガー、マセラティなど)は、レース活動を通じて最新のバッテリー技術やエネルギー効率向上の研究を進めており、ここで培われた技術が市販EVやバッテリー産業の発展に寄与している。
② 環境×ビジネスの新たなモデル
フォーミュラEは、世界初のネットゼロカーボンスポーツとして、企業のESG戦略と親和性が高いことも特徴だ。ABBやアリアンツ、ヒューゴボス、ジャガーなど、サステナビリティを重視する大手企業がスポンサーとして名を連ね、ブランド価値の向上につなげている。
③ 都市経済への貢献
ロンドンやベルリン、ソウル、東京など、世界の主要都市で開催され、開催都市に大きな経済効果をもたらしている。例えば、2022年にインドネシアの首都ジャカルタで開催された際には、インドネシア経済金融開発研究所(INDEF)が、その経済効果を約240億円と算出した。今後、東京をはじめとする開催都市でも同様の経済効果が期待される。
④ 新しいファン層とデジタルビジネス
フォーミュラEは、ミレニアル世代やZ世代といったデジタルネイティブな層をターゲットにしており、SNSでの人気投票によって選ばれたドライバーにパワーアップが認められる「ファンブースト」など、インタラクティブな要素を取り入れている。さらに、3月には、世界的なインフルエンサー11名を招待し、6週間にわたるドライバー訓練を経て体験走行を行う「Evo Sessions」が予定されており、他のモータースポーツにはない独自の取り組みを次々と展開している。
フォーミュラEは、持続可能なモビリティの進化とともに、ビジネス、経済、ファンの関わり方まで変革をもたらす存在となっている。
グローバル経営者が描くビジョンとリーダーシップ
2023年にフォーミュラEのCEOに就任して以降、ダイナミックな施策を打ち出し、シリーズを軌道に乗せたドッズ氏。彼はこれまで、Virgin Media O2の最高執行責任者(COO)をはじめ、オランダの通信事業者Tele2のCEO、Callaway Golf、ホンダ、ボルボなどでも経営幹部を歴任してきた。そんなドッズ氏は、フォーミュラEという新たな挑戦をどのように捉え、どのようなアクションを起こしてきたのだろうか。
「私のキャリアの半分は自動車業界で、もう半分はメディア業界で培われました。
フォーミュラEは、モータースポーツとメディアが融合したエンターテインメントです。
CEO就任時、最大の挑戦はこのスポーツを成長させることでした。ご存じの通り、フォーミュラEはまだわずか10年の歴史しかありません。そのため、まずは世界中でフォーミュラEの放送局を確保することに着手しました。また、デジタルメディアをより効率的に活用し、新しいファン層を取り込むためにストリーミング戦略の強化も検討しました。
その結果、ファンベースは昨年比で25%増加し、現在では世界中で約4億人のファンがいます。
さらに、テレビの視聴者は35%増加し、累計では5億人に達しました。
また、GoogleやInfosysといった新たなスポンサーにも恵まれました。最新マシン『GEN3 Evo』の投入、新たな開催地の追加にも成功し、その一例が東京です。
多くの進化を遂げてきましたが、まだまだやるべきことはあります」

モータースポーツにおける男女平等の推進
フォーミュラEは、多様性と包括性(ダイバーシティ&インクルージョン)を重視し、モータースポーツ界における男女平等の推進にも積極的に取り組んでいる。その一環として、モータースポーツ界への就職を目指す若い女性を支援する教育・体験プログラム「FIA Girls on Track」の実施や、テスト走行への女性ドライバーの積極的起用、レースチームや運営組織における女性の雇用促進、リーダーシップポジションへの登用促進など、さまざまな施策を展開している。
また、障がい者の排除をなくすために活動する世界最大規模の経営者ネットワーク「The Valuable500」の理事でもあるドッズ氏は、フォーミュラEならではのファン層がこうした取り組みの背景にあると語る。
「フォーミュラEのファンの約半分は女性であり、特に日本では55%が女性、そのうち半数が40歳未満という特徴があります。これが何に起因するのか正確には分かりませんが、フォーミュラEには、お互いの違いを尊重するインクルーシブな文化があり、そうした価値観に共感する女性が多いのではないでしょうか。
もちろん、フォーミュラEはエリートスポーツであり、性別に関係なく速いタイムを出すドライバーが選ばれます。一方で、女性ドライバーが運転技術を向上させる機会を提供することも重要だと考えています。
昨年末には、女性限定テストでローラ・ヤマハABTから小山美姫選手が素晴らしいドライビングを披露しました。さらに今月、サウジアラビアでのルーキー・セッションでは、ジャガーのジェイミー・チャドウィック選手、ローラ・ヤマハABTのタチアナ・カルデロン選手がテスト走行を行いました。
これまで3人の女性ドライバーがチャンピオンシップを戦っており、近い将来、新たな女性ドライバーが登場することを願っています」

フォーミュラEの未来展望
東京都庁で開催されたイベントで、新型マシン「GEN3 Evo」に立った小池百合子都知事は、次のように語った。
「再び、この東京でEVレースの最高峰であるフォーミュラEのエキサイティングなレースを見られることに興奮しています。フォーミュラE大会とTOKYO GX ACTIONを通じて、楽しみながら持続可能な未来に向けたGXの取り組みを進めてまいりましょう」
昨年はチケットが発売開始からわずか1時間で完売。今年は抽選方式が採用されるなど、ますます盛り上がりを見せる「Tokyo E-Prix」。ドッズ氏は、東京での開催意義、そしてフォーミュラEの未来像を次のように描く。
「東京都はサステナビリティに強い関心を持ち、経済的な価値創造を都市に見出しています。フォーミュラEがショーケースとして、自動車の未来やサステナビリティの可能性を示すことで、世界中の人々の関心を集め、東京にも経済的価値をもたらすことができると考えます。熱烈なモータースポーツファンが多い東京での開催は、非常に重要な意味を持つのです。
今後、フォーミュラEを拡大していく上で重要なのは、より多くの国でレースを開催し、それらを放送するメディアを増やして視聴者を拡大することです。
さらに、デジタルチャンネルにもしっかり注力し、インフルエンサーを招いた『EVOセッション』を継続的に開催することで、新規ファンをデジタル領域で取り込んでいきたいと考えています。
F1は75年の歴史がありますが、フォーミュラEは誕生からわずか10年でF1の半分のファンベースを獲得しました。そして2030年までにMotoGP(ロードレース世界選手根)を超え、F1に次ぐ人気モータースポーツになることを目指しています」

持続可能な未来に向けた挑戦を続けるフォーミュラEは、さらなる進化を遂げながら、次世代モータースポーツの中心へと躍進しようとしている。
文:小笠原 大介