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私たちの生活に必要不可欠な電力。現在、この電力の電源構成の約7割は火力発電が担っており、ひとくちに火力発電と言ってもその燃料はさまざまで、石油やガス、石炭などが挙げられる。しかし、化石燃料を使用する火力発電は地球温暖化の一因である二酸化炭素の排出量が多いため、縮小させていく傾向にあるのは周知の事実だろう。2025年2月18日に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」でも、火力発電の脱炭素化を推進していく必要があると明言されている。こうした社会的背景から、カーボンニュートラルの達成に向け、多くの企業が脱炭素への取り組みを本格化。ただし、再生可能エネルギーによる発電のみで安定した電力供給を実現することは難しいのが現状だ。
このような状況下において、脱炭素への貢献とエネルギーの安定供給という使命を果たすため、新たなエネルギーを模索しているのが、出光興産だ。同社は石炭の代替としてバイオマス燃料であるブラックペレット「出光グリーンエナジーペレット」を開発。「出光グリーンエナジーペレット」を活用し、石炭を利用するお客様のCO2排出量の削減に貢献することで、化石燃料への依存から脱却する第一歩を踏み出そうとしている。
今回AMPでは、出光グリーンエナジーペレットの商業化に挑む3名を取材。石炭に代わる出光グリーンエナジーペレットは、エネルギートランジションにどのようなインパクトをもたらすのか。その可能性を探っていく。
石炭に代わるエネルギー、ブラックペレットの可能性
東日本大震災以来、化石燃料への依存は引き続き高くなっており、環境問題の観点から、その低減は重要な社会課題となっている。日本の経済や生活を支える火力発電は化石燃料によるもので、石炭もその一つだ。出光興産石炭・環境事業部の環境・バイオマス担当部長 大谷 直継氏は、「欠かせないエネルギーとして世界中で活用されている」と、その事情を説明する。

大谷氏「埋蔵量が膨大な石炭は、石油と比べて地政学的リスクが低く、熱量単価も安いことが特徴です。安定供給と経済性のメリットから世界的に活用されており、日本でも電源構成の約30%を石炭が占めています。一方、石炭はCO2の排出量が多いのも事実です。カーボンニュートラル社会に向け、使用量を減らしていくことが必要であり、わが国の大きな課題となっています」
こうした中で注目されるのが、バイオマス燃料の「木質ペレット」だ。木質ペレットは、森林から発生する端材やおがくずなどを固め、ペレット状に加工した素材。燃焼するとCO2が排出されるが、原料の樹木は成長過程でCO2を吸収するため、大気中のCO2は差し引きゼロとみなすことができる。こうした特徴から、カーボンニュートラル燃料と位置づけられている。
大谷氏「例えば、石炭と木質ペレットを1:1で混ぜて燃焼すれば、50%のCO2削減につながるわけです。特に、木質ペレットの中でも加熱し水分を飛ばして半炭化した『ブラックペレット』は、国内の石炭利用と相性が良いと考えられます。日本の石炭火力発電所では石炭を粉砕し、パウダー状にして燃焼する『微粉炭ボイラー』という形式が主流です。ブラックペレットも同様に粉砕できるため、既存の石炭ボイラーを改造することなく設備を活用しながら、石炭の代替としてブラックペレットを燃焼することができるのです」
カーボンニュートラルの観点からすれば、ブラックペレットの100%使用が望ましい。大谷氏は、ブラックペレットが石炭代替の現実解だと語る。

大谷氏「現時点では生産設備(供給事業者)が少なく供給量が限られるブラックペレットですが、エネルギーの安定供給とCO2削減を両立できる点において、非常に優れた燃料です。石炭を使用するお客様にとって、設備改造の大規模な投資も不要であるため、スムーズな導入が期待できます。当社は石炭の代替エネルギーとしてブラックペレットが一つの現実解と考え、独自の『出光グリーンエナジーペレット』の開発に踏み出しました」

お客様のニーズに応える出光グリーンエナジーペレット開発の舞台裏
こうして始動した出光グリーンエナジーペレット事業。大谷氏らのチームはまず、世界中で試作されているブラックペレットを収集し、自社の石炭・環境研究所で品質分析に着手した。
大谷氏「さまざまなブラックペレット候補の中から、電力会社等のお客様が使用する上で、石炭の代替機能を果たせる製法を選定していきました。その後はデモプラントを建設し、連続運転を試しながら、商業化が可能であることを確認。お客様にサンプルをお渡しし、実際に石炭の代替としてブラックペレットを燃焼する試験をしていただいた上で、本格的に商業化への準備を進めていきました」
デモプラントで試作したサンプルを、国内に展開する役割を担ったのが、石炭・環境事業部の小川 裕太郎氏だ。

小川氏「ブラックペレットは新たな燃料であり、世界での本格的な普及はまだこれからとなります。石炭を利用するお客様に対し、利点を説明することが、最初の一歩でした。燃焼試験のサポートも行い、細かな現場の課題を解決しながら、出光グリーンエナジーペレットを仕上げていきました」
商業プラント1号機の建設地は、林業が盛んなベトナムとなった。原材料となるアカシアの木が長年にわたり栽培されており、半炭化する前の木質ペレットの工場も立地することから、生産拠点はベトナム中部のビンディン省が選ばれた。
大谷氏「現地にあった木質ペレットの製造会社に出資し、新会社として「出光グリーンエナジーベトナム」を設立。新設した商業プラントでは、原料を生産設備に投入し、ブラックペレットが製造できることを確認しました。現在、運転に向けた準備を行っている最中で、間もなく生産を開始できる見込みです」
商業プラント稼働に向け、ベトナムでサプライチェーンを構築
ベトナムに駐在し、サプライチェーンの構築に奔走してきたのが、出光グリーンエナジーベトナムの南さやか氏だ。原料調達、製造、輸送、保管、日本への出荷に至るさまざまなプロセスを現地で担っている。
南氏「原木の供給元は、工場周辺の森林農家です。単に購入するだけではなく、実際に森林に赴き、過剰伐採や違法労働の有無を確認しなければなりません。年間約900件の農家と取引があるのですが、一つひとつが認証基準を満たしているかを管理しなければならず、日々対応に追われています」
プラントに運ばれてくる大量の木材を、厳正に管理する南氏。「信頼関係のためにも、ミスは許されない」と、自身の責務を語る。

南氏「一つでも間違いが見つかれば、お客様からの信頼は失われるおそれがあります。そもそも出光グリーンエナジーペレットを活用するのは、カーボンニュートラルやサステナビリティ施策の一環であるはず。その過程で環境破壊や人権侵害などは許されません。出光興産が責任を持って管理する必要があるのです。一方で出光グリーンエナジーベトナムは、森林の所有者ではありません。ベトナムの資源を使わせていただく立場であり、地元農家との信頼関係、当社の事業への理解が不可欠なので、丁寧にコミュニケーションを重ねるように努めています。出光グリーンエナジーベトナムの現地スタッフや協力会社の方々も、その責任と想いを理解し日々取り組んでくれています」

こうして生産された出光グリーンエナジーペレットは、製品として日本へと出荷される。生産計画に合わせ、輸送会社や港湾、出光興産本社と連携しながら、船積みまでを管理するのが、南氏の役割だ。その先は日本にいる小川氏らに委ねられる。
南氏「製品はそれぞれ、原料の生産者を紐づけて管理しています。生産、物流ルートを含めサプライチェーンを可視化し、お客様が安心して製品を使用できるよう、トレーサビリティを構築したいと考えています」
小川氏「お客様の手元に至る物流ルートを整備するのは、本社にいる私たちの役割です。輸送や貯蔵のプロセスでは発塵や発熱などのリスクもあるため、徹底した安全管理も必要になります。また、国内のバイオマス認定の取得や、海外工場を操業する現地チームに対し日本からのサポート等をしてきました」
一連のサプライチェーンが構築されたことから、今後は生産量の安定・増加が課題となる。商業プラントの稼働後は、どのようにアプローチしていくのだろうか。
南氏「商業プラントの設備能力をフル活用するためには、まず原料の安定調達が欠かせません。ベトナムには雨季や台風があり、その時期は伐採作業ができなくなるため、原木の保管も重要になります。製品を安定供給するシステムづくりが、今後の課題となるでしょう」
小川氏「クリーンウッド法の改正による木材等の合法性確認の義務化など、事業環境も刻々と変化します。サプライチェーンの合法性、持続可能性を担保することは、当社の使命です。製品の価値向上や法令順守のためには、迅速な情報収集と対応が求められます」
大谷氏「今後は東南アジアや北米を中心に、製造拠点を増やしていく予定です。その上での課題は、原料となる木くずや農業残渣を安定的に集められる拠点を確保すること。ベトナムの商業プラントの供給量は12万トンです。これを100万トン、300万トン…と増やしていきます。このためには生産拠点の拡大とともに、一カ所あたりの生産量向上も必要になるでしょう」
提供するのは、エネルギー安定供給と地球環境保全の“現実解”
商業化に向けて動き出した出光グリーンエナジーペレットは、今後どのように社会を変えていくのだろうか。事業を推進する3人に、率直な思いを語ってもらった。

南氏「ベトナムは国をあげて林業を拡大し、家具材や木質ペレットなどの産業を発達させてきました。そこへ新たに出光グリーンエナジーペレットが加わることで、サステナブルな製品の生産拠点として、世界をリードできると期待しています。私自身、現地スタッフと働き、食べ、遊ぶ時間を共有することで、“一緒にものをつくる”関係性を築いてきました。国や地域によって環境が違うように、出光グリーンエナジーペレットの原料も、多様化するでしょう。それぞれの国の文化を尊重し、現地の産業や雇用にも貢献しながら、地域特性を生かした出光グリーンエナジーペレットを生産する。そうしたプロセスが、地球と調和するエネルギー供給を実現すると思います」
小川氏「環境負荷の少ない形で石炭を使用し、エネルギーを安定供給しながら石炭の使用量を減らしていく。そうした“現実解”になり得るのが、出光グリーンエナジーペレットです。また、この事業を立ち上げ拡大していく中で培われるノウハウは、エネルギーを転換し持続可能な社会を築くためのさまざまな取り組みにも応用できます。今後も当社の脱炭素に向けた取り組みに挑戦していきたいと思います」

大谷氏「出光興産は2050年ビジョンにおいて、既存インフラを有効活用しながら『人びとの暮らしを支える責任』と『未来の地球環境を守る責任』を果たすことを掲げています。エネルギーの安定供給を果たしつつ、環境保全につなげていく出光グリーンエナジーペレットは、同ビジョンの実現にふさわしい事業です。18世紀の産業革命以来、人類は化石燃料によって繁栄を享受してきました。当社も石油・石炭を中心に日本のエネルギー安全保障に貢献してきましたが、今後は地球環境を守りながら、これまでの繁栄を永続させなければなりません。出光グリーンエナジーペレットを普及拡大させることで、真に持続可能な未来を拓くことを目指します」
エネルギー転換期の“現実解”として、大きな可能性を秘める出光グリーンエナジーペレット。エネルギー源として実装され、私たちの暮らしを支える日は、すぐそこに近づいている。この現実解に向けた取り組みから、どのような未来が拓かれるのだろうか。出光興産のさらなる挑戦に期待したい。