HR分野におけるAI活用状況

HR(人材採用/人事)部門における生成AI活用は、ITやエンジニアなどのトップ部門に遅れをとっているものの、着実に広がりを見せている。

米企業における部門別生成AI支出の割合(Menlo Ventures調査、2024年11月20日)
https://menlovc.com/2024-the-state-of-generative-ai-in-the-enterprise/

この傾向は1年前の調査でも確認されている。ガートナーが2024年1月末に179人のHRリーダーを対象に実施した調査によると、生成AIを導入済み、パイロット段階、もしくは導入計画中の企業は全体の38%に達し、2023年6月の19%から2倍増加したことが明らかになった。

主な用途としては、「社員向けチャットボット」(43%)、「HR関連の管理業務」(42%)、「求人要件の定義とスキルデータの分析」(41%)が上位を占めた。これらは、従来のHR業務の中でも反復作業が多く、自動化ニーズが高かった領域となる。

最新調査でもHR部門におけるアナリティクス需要の高まりが確認されており、AI活用はさらに進むものと思われる。SHRMのまとめ(2025年1月14日)によると、HR担当者の82%が離職率や定着率の分析に、71%が採用・面接プロセスにおいて人材分析を活用。一部の企業では、過去の成功事例をもとに高業績が期待できる人材を特定するなど、予測分析にも踏み込むケースが増えつつあるという。

ただし、生成AIの導入に際しては慎重な姿勢も見られる。ガートナーの調査では、67%のHRリーダーが今後12カ月以内にAI関連の役職を新設する予定はないと回答。また、生成AIによる業務効率化で余剰となった人材については、3分の2が組織内の別ポジションに配置転換する方針を示している。

インサイト・パートナーズの調査によると、人材採用市場は、2023年の7,576億ドルから2031年には2兆313億ドルまで拡大する見込み。年平均成長率は13.1%に達する。

米国における一般的な採用プロセスと課題、求職者数の急増も

ここで日本ではあまり知られていない米国企業における一般的な採用プロセスとその課題について解説したい。

採用プロセスの第一段階では、企業は人材計画(HR Planning)を通じて、必要な人材の数や求められる資格、スキルセットを明確化。これと並行して、人材市場の需給状況を踏まえた採用可能性の評価や、採用予算の策定も行われる。その後、求人広告の掲載や社員紹介の活用、リクルーターとの協業など、候補者プールを形成するための施策が展開される。

さらに具体的に見ていきたい。

実際の採用プロセスは10のステップで構成される。まず1.採用計画の立案を行い、次いで2.求人情報を公開。その後、3.応募者の書類選考、4.適性検査の実施、5.面接の実施と進む。面接通過者に対しては、身元調査や薬物検査などの6.適格性審査を実施。7.最終候補者の選定、8.オファーの提示、9.給与・入社日の交渉を経て、10.新入社員の研修に至る。

このプロセスにおいて、人材採用担当者にとって大きな課題がいくつか存在する。

1つは書類の精査だ。書類が少ない場合は問題ないが、大手企業の場合、数百以上に上る書類を精査する必要がある。必要な情報の抜け落ちがないように精査するのは、かなりの負担となる。米国では、リンクトイン経由で求人応募することが一般的となっており、紙ベースの書類と比べ、1人の求職者が送付できる履歴書の数は多くなる傾向にある。

また、採用プロセス全体の所要時間も課題となっている。一般的な採用プロセスは平均24日程度を要し、場合によっては2カ月近くかかることもある。担当者には、ポジションの早期充足と、最適な候補者採用のバランスを取ることを求められる。このように多くの担当者は、採用プロセスに十分な時間をかけたいと考えているものの、長期化は避けたいというジレンマを抱えているのが現状だ。

これに加え、求人1件あたりの応募者数が急増している状況も採用担当者の負担を高めている。

採用プラットフォームのAshbyが約1,400万件の求人応募データを分析したところ、2021年1月から2024年1月にかけて、ビジネス職で3.07倍(207%増)、技術職で2.61倍(161%増)の伸びを記録したことが明らかになった。この背景には、2つの要因があるとAshbyは分析している。1つは求人数の全体的な減少、もう1つは2022年に米国テック業界で起こった15万人規模のレイオフだ。この結果、1つの求人に対してより多くの求職者が応募する状況が生まれているという。

生成AI活用した採用自動化ツール「Pin」が示す採用プロセスの革新

こうした状況下、AIを活用した採用自動化ツールへの関心が高まりを見せている。

その中でも最近特に注目を集めているのが、独自のAIモデルを活用するニューヨーク拠点のスタートアップPinだ。VentureBeatが独占報道として伝えたところでは、Pinは事業開始からわずか40日で全米600社以上の顧客を獲得。そのうち300社は2024年10月の立ち上げ以降に獲得した新規顧客という。

注目ポイントは、1億件以上の履歴書を同時に分析し、求人要件に合った候補者を高精度でマッチングできる自社開発の基盤モデル。従来のリンクトインの検索では、提示された25人の候補者のうち10~11人程度しか採用プロセスに進めないのに対し、Pinは70%という高い候補者受け入れ率を実現。また、通常60日かかる候補者探しを2週間に短縮できるとされる。

OpenAIやAnthropicなどの既存AIモデルではなく、社内で独自に開発したAIモデルを活用していることが、高精度なマッチングにつながっているという。

また、シンプルなインターフェースも高い評価を受ける。従来のように採用担当者が候補者の履歴書を一つ一つ確認する必要はなく、求人要件を入力するだけで、適切な候補者とのミーティングスケジューリングまで自動化することが可能だ。

Pinの調査によると、47%の企業が採用までにかかる時間に不満を持ち、採用プロセスが効果的に機能していると考える企業はわずか56%にとどまっている。同社は今後の展開として、主要な採用管理システム50種類以上に対応可能な新機能「応募者評価システム」の開発を計画。この機能により、企業は既存の採用管理システムを変更することなく、Pinのプラットフォームを活用できるようになる。

ルーCEOは、採用テクノロジー企業Intersellerを創業し、同社がGreenhouseに買収された後も2年間にわたって企業の採用課題と向き合ってきた経験を持つ。その経験から、よりスマートな候補者マッチングの必要性を痛感し、Pinの開発に至ったという。

同社は2024年12月、Expa Ventures主導の300万ドルのシード資金調達を実施。調達資金はプロダクト開発と市場拡大に充てられる予定だ。数兆ドル規模に拡大すると予想される採用市場で、独自AIモデルを活用するPinがどこまで普及するのか、今後の動向からも目が離せない。

文:細谷元(Livit