インフレの影響を受け、多くの人が抱える家計への不安。スーパーで値札を目にして、カゴに入れかけた食材を戻してしまう人も多いのではないだろうか。さらに、生活危機に陥っている世帯の中には、今まで食べていたものが購入できず、栄養価の高い食事から遠ざかっている人もいるという。多くの人が抱える経済的不安は、毎日食卓に並べる食べ物を維持する不安にもつながっていることだろう。

そこで、フランスのカネデという村では、人々がそのような不安から少しでも解放され、お金をかけずに質の高い食品を手に入れられるための方法が模索されている。それが「食の社会保障」の実験プロジェクトだ。

このプロジェクトでは、毎月150ユーロ(2万4,000円相当)が住民に支給され、そのお金は地域の食料を買う際にのみ使うことができる。住民が該当商品を購入すると、全額あるいは一部の金額が後日払い戻しされる仕組みになっているのだ。このプロジェクトは地域食品共同体・Clac(クラック)の支援を受けて、フランスの農村地域と近隣都市で食に関する活動を行う団体・Au Maquis!(オー・マキ)」によって運営されている。

2023年末に実施されたこのプロジェクトへの参加者を募る抽選会では、約50人の希望者の中から33人の住民が選ばれた。団体の自主運営ができるよう、創設メンバー5人、村の連帯食料品店経営者5人がその中に含まれている。

カデネでは、それぞれの商品を「環境への影響」「生産者の労働条件」「地理的な近さ」「農場の規模」「農業産業からの独立性」という5つの基準で評価。補助率は30%、70%、100%のいずれかに分類されている。

全額(100%)補助の対象となるのは、地元の野菜や農家が焼いたパンなどの商品だ。70%の補助該当商品は、有機転換された肉など一部の基準を満たしたもの。一方、地元産ではない農場のチーズやフェアトレード商品は、すべての基準を満たしていないが重要とされ、補助は30%となっている。商品は、生産者の直売所やAmap(地域農業支援プログラム)、村の食料品店を通じて提供される。

年金受給者など収入が限られている住民は、地元生産者を支援したい気持ちがあるにもかかわらず、これまでは値段が高すぎて食品を購入する余裕がなかった。しかしこの実験で、住民はプロジェクトと提携する地元の農家や食品生産者から、質の高い地元産食品を手頃な価格で手に入れられるようになった。また、地元生産者たちはこの取り組みのおかげで顧客とのつながりが生まれ、取り組みの継続にも意欲的だ。

このプロジェクトの特徴は、それが村民たち自身よって管理されていることだろう。市民や農家、食料支援の関係者ら全員が、「自分たちの食の未来がどのようになれば望ましいか」を考え、対象となる商品の基準など、プロジェクトの方向性を一緒に決めているのだ。

一方、懸念点も存在する。Au Maquis!のスタッフであり、最初にプロジェクトに取り組んだ人物の一人でもあるエリック・ゴティエ氏は、「このプロジェクトが急速に導入されると、農業業界の一部に有利に働き、民主的な性質が損なわれる恐れがある。(中略)食の問題は民衆の利益を守るための民主的な問題であり続けることが重要だ」と、このプロジェクトが広がっていく際の注意点をReporterreの取材で語っている。

国民皆保険制度にヒントを得たというフランスの食のプロジェクトは、地域経済や農業を活性化しながら、食を「誰もが持つ権利」として位置づけることを目指している。この先、この取り組みが成功すれば、「食の社会保障」という新たな考え方が定着し、国民にとって社会的・環境的な利益をもたらす食のベーシックインカムとして普及するかもしれない。

【参照サイト】Comité local de l’alimentation
【参照サイト】Bien manger sans se ruiner : un village expérimente la Sécurité sociale de l’alimentation
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(元記事はこちら)IDEAS FOR GOOD:地域食材を買うお金を、事前に支給。フランスの小さな村が始めた“食のベーシックインカム”