NVIDIAの支援でインドのAI開発が加速、AI超大国になる可能性も
生成AI開発で現在最も進んでいるのが米国であるのは誰もが認めるところだろう。これに中国、英国、フランスなどが続くのが現状となっている。しかし、今後インドがAI超大国として台頭する可能性が浮上しており、多くの注目が集まり始めている。
この動きの要となっているのがNVIDIAだ。同社のジェンスン・フアンCEOは2024年10月、インド・ムンバイで開催したサミットにおいて、同国では現在2,000社以上のNVIDIA Inception(スタートアッププログラム)AI企業があり、10万人以上の開発者がAIトレーニングを修了したことを明らかにした。これは、NVIDIAのAIトレーニングを受けた全世界の開発者60万人のうちの約17%を占める数字となる。
インドのAIスタートアップの成長は著しく、2016年には500社に満たなかったが、2024年には10万社以上に拡大。インドは生成AI導入を主導する世界のトップ6経済圏の1つに数えられており、スタートアップと投資家のエコシステムも急速に成長している。
その具体的な成果の一つとして、ベンガルールを拠点とするCoRover.aiが挙げられる。
CoRover.aiのAIプラットフォームは、インド鉄道ケータリング・観光公社(IRCTC)のチャットボット「AskDISHA」に採用され、現在日量15万件以上のユーザークエリを処理している。これまでに1億7,500万人以上の乗客に対して100億件以上のやり取りを実施。英語、ヒンディー語、グジャラート語、ヒングリッシュ(ヒンディー語と英語の混合)など複数の言語で、列車のチケット予約やキャンセル、乗車駅の変更、返金要求、予約状況の確認などをサポートしている。
このAskDISHAの導入により、IRCTCの顧客満足度は70%改善。ソーシャルメディア、電話、電子メールなどの他のチャネルを通じた問い合わせは70%減少した。CoRover.aiのAIツールは、NVIDIA NeMoをベースに開発され、クラウド上のNVIDIA GPUで稼働している。これにより、列車チケットの発売時などのピーク時には、コンピューティングリソースを自動的に拡大することが可能だ。
ムンバイを拠点とするVideoVerseも同国の注目AI企業の1つ。同社は、NVIDIA技術を駆使してスポーツメディア業界向けのコンテンツ制作をサポートするAIモデルを構築した。インドプレミアリーグ(クリケット)、ベトナムバスケットボール協会、アメリカ大学フットボールのマウンテンウェスト・カンファレンスなどの顧客は、同社のAIモデルを活用することで試合のハイライトを最大15倍速く生成することが可能となり、視聴率向上を実現したという。
AIファクトリーとソブリンAI、インド独自の戦略
インドのAIスタートアップの急成長を支えているのが、「AIファクトリー」と呼ばれる次世代インフラの整備だ。インドの主要クラウドインフラプロバイダーはデータセンター能力の拡大を進めており、NVIDIAのGPU導入は2024年末までに18カ月前と比較して10倍近くに増加する見込みだ。
この取り組みを主導しているのが、データセンタープロバイダーのYotta Data Services、Tata Communications、E2E Networks、Netwebの4社。これらの企業は、開発者が国内のデータセンターリソースを活用できる環境の整備を急ピッチで推進。LLMだけでなく産業用デジタルツインなど、さまざまなAI駆動のプロジェクトを進めることが可能となりつつある。
たとえば、Yotta Data Servicesは、Shakti Cloudプラットフォームを通じて、インドの企業、政府機関、研究者に対し、数千台のNVIDIA Hopper GPUが搭載されたクラウドサービスを提供。同社の顧客は、NVIDIA AI Enterprise(エンタープライズ向けの包括的なAIソフトウェアプラットフォーム)を通じて、AI推論のためのマイクロサービス集合体であるNVIDIA NIMや、生成AIアプリケーション用の参照アーキテクチャセットであるNVIDIA NIM Agent Blueprintsにアクセスできる。
これらのインフラ整備の背景にあるのが「ソブリンAI」という概念だ。ソブリンAIとは、国家が自国のインフラ、データ、労働力、ビジネスネットワークを活用してAIを開発・活用する能力を指す。経済発展だけでなく、安全保障の観点からも国家アクターの間で注目される概念となっている。
インドのモディ首相も「インドは小麦粉を輸出して、パンを輸入するべきではない」、また「データを輸出して、インテリジェンスを輸入するべきではない」と発言するなど、ソブリンAIに対して積極的な姿勢を示している。
ソブリンAIを構成する要素は大きく2つ。1つは物理的なインフラ(AIファクトリーなどのデータセンター)、もう1つはデータに関するインフラだ。後者では特に、インド固有の言語や文化に対応した独自の基盤モデル(大規模言語モデル)の開発が重要となる。インドには22の公用語と1,500以上の方言があり、これらに対応したAIモデルの開発は、インドのデジタルサービスの発展に不可欠。これらのモデルは、固有言語の保持から金融詐欺対策まで、幅広い用途で活用することができる。
こうした包括的なAIインフラの整備により、インドは独自のAI開発能力を高めつつある。次の課題となるのは、この整備されたインフラを活用できる人材の育成となるが、この点でもNVIDIAのAIトレーニング以外にさまざまな取り組みが本格化しており、多くのAI人材が誕生している。
インド主要IT企業、約50万人の社員にAIトレーニング
インドのIT産業は大きな構造転換を迎えており、奇しくもこの状況がAI人材の増加を加速している。
インドでは従来、海外企業向けにITサービスを提供してきた。しかしAIの台頭により、その立ち位置が変わりつつあるのだ。企業が必要とするのは単なるITサービスではなく、AIを活用したビジネス変革のためのコンサルティング。実際、IDCの調査では2023年のインド国内IT/ビジネスサービス市場は145億ドル規模に達していることが明らかになった。こうした市場の変化に対応するため、インドのIT企業各社は大規模な人材育成プログラムを展開、これがAI人材の増加に寄与している。
主導するのは、Infosys、Tata Consulting Services(TCS)、Tech Mahindra、WiproといったインドのIT大手企業。各社は、NVIDIAとの提携を通じてAI人材育成を加速、その対象者は約50万人に上る。
各社の具体的な取り組みを見てみたい。まずInfosysは、NVIDIAとAI卓越センターを設立し、従業員のトレーニング、ソリューション開発、企業全体でのNVIDIA技術採用を推進。一方、TCSは、自動車、製造、通信、金融サービス、小売など、さまざまな業界向けソリューションにNVIDIA AI Enterpriseソフトウェアを採用し、すでに5万人以上のAI人材を育成しているという。
Tech Mahindraは、NVIDIA AI Enterpriseを基盤としたTech Mahindra Optimized Frameworkを提供。同社は4万5,000人以上の従業員をAI習熟度フレームワークを通じてトレーニングしている。また、Wiproは従業員の大半にあたる22万5,000人以上をトレーニングし、顧客のAI関連要求に応えられる体制を整えている。
各社は従業員だけでなく、大学や研究機関の学生/人材へのトレーニングにも注力しており、AI人材プールはさらに拡大する見込みだ。たとえばWiproは、インド工科大学デリー校との生成AI卓越センターの設立や、インド科学研究所(IISc)とテクノロジー修士プログラムなどの取り組みを進めている。
この先インド発のAIモデルが世界市場を席巻するシナリオもあるのかもしれない。
文:細谷元(Livit)