情報の海に溺れる現代社会。情報へのアクセスはこれまでになく容易になった一方で、本当に必要な情報を取捨選択するのはますます難しくなっている。特にスマートフォンを開けば、自然とネットニュースが目に入ってくるようになり、情報を遮断することさえ簡単ではない。
こうした時代において、我々は「ニュース」とどう向き合うべきなのか。
グローバルメディアとして世界各国に編集部を構える「CNN」の報道姿勢を通じて、ニュースとの向き合い方を考察する。
ビジネスパーソンが海外ニュースを取り入れるべき理由とは?
今回話を聞いたのは、CNNインターナショナル・コマーシャル(CNNIC)で日本のセールスディレクターを務める長屋海咲氏。アメリカの大学を卒業後、ITコンサルタントとしての経験を経て、以前から興味のあったメディア業界へと転身。グローバルな仕事がしたいという思いからCNNICに入社して13年目となる。入社直後はメディアプランナーを務め、その後セールスディレクターとなった。現在はCNNIC Japanの広告部門におけるトップを務める彼女だが、売上を上げること以上に“ジャーナリストを支えること“が自分の使命だと話す。
「ニュースの先には、それを伝えるジャーナリストがいます。私自身、アドセールスとして毎年の売り上げを達成することというより、ジャーナリズムを支えることを使命と考えています。それよりも、フロントラインで活躍する世界中のジャーナリストやレポーターを支えるための収入源を確保することが私たちの使命なんです。この使命こそが私の仕事の原動力であり、コアとなっています。同僚たちも同じように、必要なニュースを届けるためにジャーナリズムを支える使命感を持っている人が多いように思います」
長屋氏が支えるジャーナリストたちによって提供されるのがグローバルニュース。CNNは、創業者テッド・ターナー氏により1980年にアメリカのアトランタで設立された。当時、24時間放送する国際ニュース局は、世界初であった。その報道姿勢について、長屋氏は次のように話す。
「テッド・ターナーは『透明性をもって真実を伝えるために私たちは存在します』『選択肢を与えるためにニュースを配信します』と語っています。この理念が私たちのコアです。私たちの報道姿勢には大きく2つの柱があります。1つは、透明性のある情報提供を行うこと。もう1つは、情報を受け取った人たちの行動を促すことです。報道機関としての最大の使命は、今この瞬間に何が起きているかを伝えることにあります。この信念は、時代が変わっても決してぶれることはありません」
そのため、広告主の有無に関わらず、信念に基づいた報道を心掛けている。
「例えば『CNNフリーダムプロジェクト』では、人身売買や児童労働問題などを取り上げています。こうした番組は、広告主の存在を基準にするのではなく、私たちが発信するべきだと考えるテーマに基づいています。この発信をきっかけに、学校や自治体などが行動を起こすことがあります。こうした行動を促すことができるのは、CNNの影響力があるからだと感じます」
海外の出来事を知ることは、日本のビジネスパーソンにとってもこれまで以上に重要だと長屋氏は続ける。
「日本は高度経済成長期を経て経済が鈍化しており、物価が上がっても賃金がなかなか上がらない状態です。さらに、多くの生活必需品を輸入に頼っていますよね。口にする食品や日常的に触れるものの多くが、実は海外から来ている。つまり、消費者として日本で暮らす以上、海外との接点を持たずに生きていくことは今や不可能なわけです。そう考えると、海外で何が起こっているのかを能動的に知ることは、この国で生き抜くために欠かせない要素になっています」
情報過多の時代におけるニュースの選び方
CNNは、世界の出来事を報道するだけでなく、トラベルやテクノロジー、ビジネス、フードといった特定のテーマに焦点を当てた「バーティカルコンテンツ」も制作している。
「なぜ私たちがこれを行うのかというと、ジャーナリストのユニークな視点に価値があると考えているからです。例えば、トラベル番組を30分放送する場合、ただ流行りの観光地を紹介するのではなく、地元の隠れた魅力をジャーナリストが掘り下げて発信することを大切にしています。日本に駐在する特派員も、グローバルな視点を生かして日本独自の内容を発信するようにしています。特に日本のコンテンツは、グローバルオーディエンスに引きが強いんです。過去で言うと、キャラ弁であったり90歳のアプリ開発者を特集した際には、大きな反響がありましたね。沖縄にジャーナリストが行き、高齢者に長生きの秘訣を聞くこともありました。こうして、ただ出来事を報道するのではなく、ジャーナリスト独自の視点で切り取ることで、視聴者に面白いと感じてもらえるコンテンツが生まれ、ファンがついてくるのです。このように、ニュースとバーティカル両方の視点からコンテンツを届けることが、CNNの強みであり、他にはない特徴だと思います」
こうした2つの視点で報道を行うCNNだが、情報過多の現代では、必要な情報を選び取ることは容易ではない。アルコリズムの発展により、偏った情報しか目にしないフィルターバブルの問題も浮上している。では、情報が溢れる中でどうすれば必要な情報を選び取れるのか。
「今の時代は受け身でいると、高度にターゲティングされた情報しかニュースフィードに表示されないため、自分が興味のあることだけを見ているうちに知識が偏ってしまいます。特に若年層は限られた時間で効率的に情報を消費しようとし、興味がある内容だけで完結しがちです。これは、知識の広がらないリスクになっていると思っています。だからこそ、意識的に自分がまったく興味のないニュースを、1日3つでもクリックしてほしいんです。思いがけず、新しい関心が生まれるかもしれません。私自身、勉強は得意ではありませんが、世界情勢のニュースを見て世界史に興味持ち、もっと知りたいと単行本を買ったこともあります。最近では、イスラエル・ガザの戦争がその一例で、ただ『かわいそう』と感じるだけでなく、なぜ戦争が起きているのか、その背景や影響について考えていくと、視野が広がるのではないかと思います」
CNNでも、世界の出来事に触れてもらう機会を増やすために、視聴者との接点の創出に注力している。
「今後の未来を考えると、やはり若年層にニュースを届ける必要があります。そこで、テレビ、デジタル、SNS、ストリーミングサービスを通じてニュースを配信し、どこにいてもニュースにアクセスできる環境を整えています。オフラインとオンラインの境目が曖昧になりつつ現在、オムニチャネル化を進めることで、どこでもニュースを取得できる環境をつくることが、世界の出来事に触れるきっかけになると思います」
オーディエンスファーストという明確なスタンスを持つ。CNNが考える「広告」
CNNでは、ニュースのみならず広告展開にも力を入れているが、そこには「オーディエンスファースト」という明確なスタンスがある。クライアントが伝えたいことと読者が知りたいことの接点を探す際、CNNは視聴者の視点を最優先する。
「私たちは、『オーディエンスファースト』を大事にしています。オーディエンスファーストとは、配信先の視聴者にとって響くコンテンツを最優先で考えるというスタンスです。私たちは消費者の行動パターンをトラッキングしていますし、長年の経験からどのような内容が特定のターゲット層に刺さるかノウハウも蓄積しています。広告主からは製品の機能面をストレートに伝えたいという要望が出されることも多いですが、そのままでは視聴者に響きづらく、共感を得にくい場合があります。そのため、私たちはオーディエンスの目線も立ち、『こういう内容だと見てもらえますよ』と提案しています」
さらに、CNNは「エモーショナルコネクション』も重視しているという。
「エモーショナルコネクションとは、第三者目線を通じて視聴者に共感を得るコンテンツを提供することです。例えば、観光の付加価値を旅行者に届けたいと考えたとき、観光名所の紹介をそのままするのではなく、現地で長年にわたって漆塗りを手がけてきたイギリス人女性の姿を紹介し、彼女を通じてその土地の魅力を伝えました。こうしたストーリーは視聴者の関心を引きつけ、より深い共感を生むのです」
広告において、媒体側で明確なスタンスを持つことで、読者にとって興味深いコンテンツが生まれると同時に、CNNでは「ブランドセーフティ」と「ブランドスータビリティ」も大切にしている。
「ブランドイメージが損なわれないことはもちろんですが、ブランドの特性と合わない場に広告を表示しないこともCNNでは大切にしています。視聴者に違和感なくブランドが入ってくるような体験を心がけているんです。特に海外では、ブランドセーフティに加え、ブランドスータビリティを意識することが当たり前になっており、健全なサイトに広告を出すことまで広告主が配慮しています。しかし、日本ではまだその意識が十分に根づいていません。広告の本当の目的はクリックしてもらうことではなく、ブランドを正しく理解してもらい、コアバリューやミッションにより深い理解を持ってもらうことです。日本の広告主の方にも、健全なメディアやプラットフォームへの広告出稿を意識してもらいたいと思っています」
AIが台頭してもブレない、CNNの報道姿勢
生成AIの登場により、メディア業界は急速な変化の渦中にいる。CNNもその例外ではない。ただ、報道姿勢だけはブレないと長屋氏は言う。
「AIが台頭し、多くの企業が投資を進める中で、この業界でもAIを活用する動きが加速しています。クリエイティブな制作現場でも、一部の作業をAIに任せられる時代が来る中、私たちも業務効率化の観点からAIを取り入れるべきだと考えています。とはいえ、ニュースメディアとして、人間がAIに取って代われてはいけないですし、やはり信頼性や透明性がないといけない。どんなにテクノロジーが進化し、人々の興味関心がニッチになったとしても、ジャーナリストが現地のフロントラインで自らの足と目と耳を使って取材し、報道し続ける姿勢は変わりません。もしかしたらそのスタンスは、オーディエンスを獲得し、利益を追求するというビジネス面とは相反するかもしれません。それでも、私たちの存在意義は、いまこの瞬間に何が起きているのかを報道することで、人々に選択肢を提供し、行動を促すことにあります。そこは、絶対にブレてはいけないと考えています」
長屋氏の話を聞き、CNNがいかに揺るぎない報道姿勢を貫いているかが伝わってきた。情報過多の時代において、信頼できるニュースを見極めるためには、メディアの報道姿勢にまで目を向けることが、情報の取捨選択に役立つだろう。
文:吉田 祐基
写真:小笠原 大介