企業のDX推進が叫ばれる今。AIをはじめとしたデジタル技術を、さまざまな職種・ポジションで活用しながら個々人のビジネススキルを高めていくことが企業には強く求められている。特にデジタルコンテンツが急増し、コンテンツを創るハードルが格段に下がっている中で、一人一人が「伝える力」を強化しクリエイター的存在になることが、結果的に企業の長期的な成長につながる状況にもなりつつある。

こうした1億総クリエイター時代に、クリエイティブスキルを高めるコンテンツ制作ツールとして、アドビ社が発表したのが「Adobe Express」だ。Adobe Expressは、デザイナーでなくとも誰でも簡単に、バナーやチラシ、動画を作成できるツールである。同サービスを駆使することで、デザイン経験がない人でも、気軽にクオリティの高いコンテンツを制作できるようになり、ビジネス現場に大きな変革が訪れる可能性もある。

では、Adobe Expressの普及により、企業にはどのような変化を想像できるのか。今回AMPでは、アドビ製品の導入支援を担当するデジタルメディア事業本部 クリエイティブプロダクト シニアソリューションコンサルタントの名久井舞子氏を取材。実際の利用イメージや導入事例から、ツールの真価をひもといていく。

ノンデザイナーでも使いこなせる、Adobe Expressの5つの特徴

Adobe Expressには、次の5つの特徴があるという。順番に見ていこう。

①誰もがWebブラウザ上で、すぐにデザイン制作ができる

専用ツールは必要なく、Webブラウザ上で簡単にデザイン制作を始めることができる

Adobe Expressを使用するために、専用ツールのインストールは必要ない。インターネットに接続可能な環境とパソコンやスマートフォンさえあれば、いつでもブラウザ上でデザイン作成を始めることができる。無料プランも用意されているため、本当に使いこなせるのかを不安に感じているデザイン経験のないユーザーでも、試しに触ってみることが可能だ。

利用可能なテンプレート22万点以上、プロが作成したデザインを即活用可能

SNSや動画などどんな場面で利用するのかを選択後、その場面に合ったテンプレートを選ぶことができる

Adobe Expressには、プロのデザイナーが作成した豊富なデザインテンプレートが用意されている。無料版でおよそ15万5,000点、プレミアム版では22万点ほどのテンプレートを利用可能だ。さらにAdobe Stockと連携しており、約3億点の素材を使用できる。とくに「デザイン制作は初めてで、何から手を付けてよいのか分からない」「頭の中にイメージはあるが、どうやってカタチにしたらよいのか分からない」という場面でも、Adobe Expressを使うことでプロのデザイナーの力を借りながら、デザイン制作に着手できる。

他アドビツールとの連携で、アイデアを素早くカタチにできる

Adobe Expressは、Adobe PhotoshopやAdobe Illustrator、Adobe InDesignなど他のアドビツールとも連携できる。そのため、PhotoshopやIllustratorなどで制作されたデータを、Adobe Expressで引き継ぐことで、誰もがプロのデザインデータを編集することも可能だ。

生成AI機能「Adobe Firefly」で頭の中のイメージを具現化

生成したい画像のイメージをテキストで入力すると、複数の画像を提案してもらえる

Adobe Expressでは、生成AI機能の活用も可能だ。アドビ社が提供する生成AI機能「Adobe Firefly」を搭載しており、思い描いているイメージをテキストで入力すると、テンプレートやフォントなど最適なビジュアルイメージを提案してくれる。頭の中にイメージは浮かんでいるものの具現化できないという場面でAdobe Fireflyを使用すれば、他者とのイメージ共有にも役立てることができる。

世界観を統一させる、ブランドキットの作成も可能

ブランドキットにフォントやカラーなどを登録しておくことで、ワンクリックで自社のブランドガイドラインが複数のページに適用され、コンテンツの一貫性を保つことも可能だ。企業ブランドに沿った、統一感のあるコンテンツ制作まで実現できる。

このようにAdobe Expressがあればさまざまなコンテンツやクリエイティブ制作に気軽に挑戦できることが分かるが、実際の導入ユーザーは、Adobe Expressのどの部分に魅力を感じ、導入を決定しているのか。名久井氏は、大きく2つの理由があると語る。

アドビ株式会社 デジタルメディア事業本部 クリエイティブプロダクト シニアソリューションコンサルタント 名久井舞子氏

名久井氏「ほかにもデザインツールの選択肢がある中、Adobe Expressが選ばれる理由の一つは、権利侵害などのリスクに対応できる点です。こうしたリスクを回避するためには、ツールを使用するユーザーへの教育や周知徹底が必要となりますが、Adobe Expressを利用することが、リスクそのものの回避につながるという声を頂戴しています。というのも、Adobe Expressで提供する写真やフォントなどの素材は、商用利用を前提としています。素材は、ロイヤリティフリーとなっており、Adobe Expressの契約内で何度でもご利用いただけます。

また、画像生成AIという分野は、権利侵害が問題に上がりやすい分野ですが、Adobe Fireflyもまたビジネス利用前提に設計されています。そのため、著名なIPを認識して事前にはじいたり、商用利用にふさわしくないバイオレンスなワードなどを除外する仕組みも備わっているのです」

さらに、法人が導入を決定するもう一つの理由として、アドビの他ツールとの連携も挙げる。

名久井氏「企業によっては、プロのデザイナーが作成した既存のデザインを、過去の資産としてすでに持っているケースがあります。そのような制作物は作成したデザイナーしか触れないことも多く、少しの修正でも依頼をかけたり、外部に発注したりする必要があるため、企業とデザイナー側の双方にコストがかかります。ですが、Adobe Expressを活用すれば、PhotoshopやIllustratorで作成したデータを引き継ぐことで、ノンデザイナーの方でも制作物の修正ができてしまう点も選ばれる理由の一つだと思います」

では、実際に導入した企業においてAdobe Expressはどのような場面で活用されているのだろうか。ノンデザイナーによるデザイン制作を実現することで、ビジネスの現場がどう変わるのかをひもといていく。

名久井氏「誰でも魅力的なコンテンツを作成できるという点から、オウンドメディアやSNSのバナーなどの内製化に活用されているケースは多いといえます。従来、社内にリソースやノウハウがないため、外注せざるを得ない分、コストと納期に課題感を感じている企業は多くいらっしゃいました。そうした、コストカットと納期短縮の解決策としてAdobe Expressを導入し、内製化を図っていただいています。

また、既存コンテンツの調整を全てデザイナーが担当していると工数も時間もかかってしまうため、作業的に進められるところについては、実際にコンテンツを運用しているマーケティング部門が対応するケースもあります。さらに、社員のリスキリングなど、人材育成の観点で導入される事例もあります。Adobe Expressの使い方以前に、『なぜデザインをする必要があるのか』『よりよく伝わるためのコンテンツとは』という話から、企業様にお伝えする機会も増えています。前提としてAdobe Expressは、ビジュアルコミュニケーションツールです。そのため、社外への発信はもちろん、社内向けの発信でもご活用いただいています」

導入事例から見る、Adobe Expressのビジネス課題解決策

実際の導入企業では、Adobe Expressがどのような課題解決に寄与しているのだろうか。名久井氏は、トヨタ正規ディーラーのウエインズトヨタ神奈川の例を挙げて説明する。

名久井氏「ウエインズトヨタ神奈川様では、社内外のビジュアルコミュニケーションツールとしてAdobe Expressをご活用いただいています。例えば社内の場合、新しい企画やイベントを立ち上げる際、企画自体の承認を得るために、まずは社内でのプレゼンが必須です。社内プレゼンの際、担当者が企画のイメージをいかに伝えられるかが重要になるわけですが、例えば配布物やポスターのフレームデザイン等をビジュアル化できず、ご担当者が資料作成にかなり苦戦されていたと聞いています。

そうした課題に対して、Adobe Expressを導入いただき、企画のキャッチコピーやデザインのアウトプットイメージの共有時に解像度をあげることで、企画推進段階の認識差異を最小化でき、無駄な手戻りを減らすことができたとお伺いしました。制作物作成は広告代理店に依頼することが多いようですが、最終のクリエイティブができた後、各媒体への配布時に発生するリサイズや微調整等はAdobe Expressで実施することにより、コスト削減効果とリードタイムカットを実現されていると聞いております」

また同社では社内でのコミュニケーションツールとしてはもちろん、社外向けの情報発信の際にもAdobe Expressが活用されているという。

ウエインズトヨタ神奈川での導入事例。クリエイティブ制作の際の効率・クオリティ面において高い満足度を獲得

名久井氏「社外の場合、SNSやブログを通じて地域のお客様向けに発信を行っていく場面でご活用いただいています。中でも同社は、店舗から地域向けに情報発信する際、地域の方々に親近感を持っていただけるデザインにするため、コメントや画像等を追加するケースが多く発生します。このようなデザイン制作を行う場面で、Adobe Expressを重宝いただいているといいます」

実際にツール導入後の調査によると、効率・時短につながったと感じている従業員は84%、クオリティが向上としたと感じている従業員は9割という結果も出ている。

名久井氏「プロ向けのデザインツールは、表現の幅が広い一方、初心者はスキル習得が必要です。日常業務をこなしながらの場合、ハードルが高いと感じるケースもあるかと思います。その点、Adobe ExpressはシンプルなUIで、かつテンプレートを使うため、0から作業する必要もないという始めやすさに、安心感を抱いていただくことが多いです。

さらに、ユーザーが選択した背景に対して、適したフォントを提案するなど、ユーザーの制作を支援する仕組みも充実しています。Adobe Expressは、マーケティング部門のような特定の部署に限定されず、社内外問わず情報発信する機会がある全てのビジネスパーソンに利用していただきたいですね」

生成AIを含む、ガバナンス強化されたデザインコミュニケーションを実現

昨今、生成AIが個々人のビジネススキルにも大きな影響をもたらしているのは間違いないだろう。そうした生成AI機能や他アドビツールとの連携も、Adobe Expressの特筆すべきポイントだ。中でも、生成AI機能「Adobe Firefly」について、名久井氏は次の活用方法を提案する。

名久井氏「これまで抽象的なビジュアルは、Photoshopなどを使って作成する必要があったのですが、生成AIの登場で誰もが表現可能になりました。ビジネスの現場では、個々人の頭の中にあるイメージを、テキストだけでなくビジュアルとして共有することで、企画構築の際のアイデアもより広げやすくなります。

また、既存の画像を調整したい場面での利用もおすすめです。例えば撮影した写真に不要なものが映り込んでしまった場合には、Adobe Fireflyを利用して対象の除去や画像補正が可能です」

他アドビツールとの連携においては、PhotoshopやIllustratorで制作されたデータを引き継ぐことで誰もがデザインの調整をできる側面に加え、ガバナンス強化にもなると話す。

名久井氏「自社で用意したテンプレートをAdobe Express上で使ってもらうこともできます。編集権限を付与すれば、企業としてガバナンスを利かせることも可能です。

さらにノンデザイナーの方々からすれば、いくらツールが簡単に使えたとしても、プロではない自分が制作したものが、会社の看板を背負って世の中に出ていくことを怖いと感じるという声もお聞きします。その点、プロのデザイナーが自社用に作成したテンプレートであれば安心して使うことができます」

あらゆるビジネスパーソンがコンテンツ制作の当事者に。Adobe Expressが変える企業の未来

Adobe Expressでは今後、「エンタープライズ向けのカスタムモデルの提供」や「テキストからテンプレートを生成する機能」を強化していくという。

名久井氏「例えば、ブランド固有のコンテンツを量産できる仕組みです。Fireflyを企業向けにカスタマイズし、自社のキャラクターを用いて画像生成AIを利用できるようにすることで、コンテンツの量産が可能です。

『テキストからテンプレート生成』の機能もユニークです。例えば、『2024年のクリスマスコフレ、広告』のようなワードから、それらしいキャッチコピーやビジュアルが設定されたテンプレートをいくつも提案してくれるというものです」

最後に、Adobe Expressのようなデザインツールは企業の未来をどう変えていくのか、名久井氏は2つの展望を語る。

名久井氏「企業活動の中の、あらゆる場面に存在する『伝える』シーンでこういったデザインツールにぜひ触れていただきたいと考えています。広告のみならず、プレゼンやマニュアルなど、効率的な伝達手法としてビジュアルを活用することはとても有用です。誰もがこのスキルを応用できることで、コミュニケーションの形態は大きく変化すると信じています。外注して制作を行う際などにも、すでに具現化されたアイデアを基にコミュニケーションが取れるため、企画内容と実際のアウトプットに齟齬が出るケースも減ります。

また今後、デザイナー職種以外のあらゆるビジネスパーソンが『よりよく伝える』力を強化し、コンテンツ制作の当事者となる経験を与えていくことで、コンテンツのクオリティの底上げにつながるのではないかと考えています。コンテンツ制作の当事者になる経験をしていただくと、皆さんいろいろなこだわりが出てきて、クオリティの追求が始まっていくんです」

デザインと聞くと、洗練されたビジュアルを連想するかもしれないが、あくまでも正しく情報を伝達するためのコミュニケーション手段だ。ツールの活用による業務効率化という側面ももちろんだが、自身の頭の中にある意見や考え、イメージをビジュアライズして伝えるなど、コミュニケーションの質を上げるという意味でも、Adobe Expressはあらゆるビジネスパーソンにとって価値があるものだろう。ノンデザイナーにデザイン制作の一手を差し伸べることで、これからの企業にどのような変革がもたらされるのか、期待したい。

取材・文:吉田祐基
写真:示野友樹