横領や不正をめぐる課題、企業は収益の30%以上を失う可能性も
ビジネスの拡大に伴い、企業の収支・会計プロセスは複雑化の一途をたどっている。この状況下で、不正行為の検知はますます困難になりつつある。最新の調査では、その影響は企業にとって非常に深刻になっていることが判明した。
クレジットセーフの調査によると、企業の半数以上が年間総収益の30%以上を不正行為によって失っているという衝撃的な実態が明らかになった。この数字は、不正行為が企業の存続にも関わる重大な問題であることを示している。
さらに憂慮すべきは、横領/不正行為が増加傾向にあることだ。自動化された不正防止サービスを提供するTrustpairの1月の調査では、過去12カ月間に米国企業の96%が少なくとも1回の支払い不正の標的になったことが判明。これは前年比71%増という驚異的な上昇率となる。
不正行為の手口も巧妙化している。詐欺師たちは、テキストメッセージ(50%)、偽ウェブサイト(48%)、ソーシャルメディア(37%)、CEO/CFOの成りすまし(44%)、ハッキング(31%)、ビジネスメール詐欺(31%)、そしてディープフェイク(11%)など、多岐にわたる手法を駆使しているという。
実際、英国の大手エンジニアリング企業Arupは、ディープフェイク技術を用いた詐欺により2500万ドルもの損失を被った。詐欺師たちはCFOに成りすまし、AIで生成した従業員とのビデオ会議を演出。その結果、Arupの従業員は香港の5つの銀行口座に複数の送金を行ってしまったのだ。
また、リトアニア人のエバルダス・リマサウスカス被告は2013〜2015年の間に、偽の会社や偽のメール、請求書を駆使し、グーグルの親会社アルファベットとフェイスブックの親会社メタ・プラットフォームズから1億ドル以上を横領。2019年にようやく同被告の有罪が確定した。
さらに直近では、フェイスブックとナイキの多様性マネージャーを務めたバーバラ・ファーロースマイルズ被告が両社から計500万ドル以上を横領した罪で5年の懲役刑を言い渡されるなど、不正事件は後を絶たない状況となっている。
AIによる不正検知ソリューション、注目株のDatricksとは
不正行為の検知が困難を極める中、AIを活用した不正検知技術に注目が集まっている。この分野で頭角を現しているのが、イスラエル・テルアビブを拠点とするスタートアップ、Datricksだ。
Datricksは、AI駆動型の財務健全性・コンプライアンスソフトウェアを開発する企業として、2019年に設立された。CEOのハイム・ハルパーン氏とCTOのロイ・ローゼンブルム氏が前身のコンサルティング事業から派生する形で立ち上げたこの企業は、「リスクマイニング」と呼ばれるAI駆動のアプローチを強みとしている。
同社が開発したDatricks Financial Integrity Platformは、財務の異常、不正パターン、コンプライアンス問題を発見し、企業にリアルタイムの洞察を提供する。このプラットフォームは、自律的プロセス発見、完全性露出検出、完全性インテリジェンスの3つの主要コンポーネントで構成されている。
Datricksの技術力と将来性は投資家からも高く評価されており、最近ではベンチャーキャピタルTeam8が主導するシリーズAラウンドで1,500万ドルの資金調達に成功。このラウンドには、グローバル企業向けソフトウェア大手のSAPや、既存投資家のJerusalem Venture Partners(JVP)も参加した。
Datricksのアプローチが注目を集める背景には、従来の監査プロセスの限界がある。冒頭でも触れたように、不正行為により企業が被る被害は総収益の30%以上を超える可能性もある。また、The Association of Certified Fraud Examiners(公認不正検査士協会)の調査では、不正行為による企業の損失は世界全体で4兆7,000億ドル以上に達すると推計されている。
同社のソリューションで特筆すべきは、企業の財務データの100%を継続的にリアルタイムでモニタリングすることで、より高い精度と少ない誤検知を実現している点だ。また、複数の大規模言語モデル(LLM)とマルチモーダルAIモデルを活用し、Amazon Bedrockを利用して顧客が好むLLMを柔軟に組み込むことができる点も注目に値する。
Datricksの技術は既に、具体的な成果をもたらしている。ローゼンブルムCTOはVentureBeatによるインタビューで、「同一人物が請求書を作成し、支払いも承認するという、コンプライアンスに準拠しない方法で200万ドルの支払いが行われていた事例を発見した」と語る。また、二重請求やその他の重大なミスを防止する能力も企業にとって重要な価値となっている。
AIによる不正検知、Datricksのテクノロジー詳細
Datricksの技術が注目を集める理由は、その革新的なアプローチにある。同社が開発した「リスクマイニング」と呼ばれる手法は、SAP、オラクル、セールスフォースなどのビジネスシステム全体で財務ワークフローを自律的に分析する。
Datricks Financial Integrity Platformの核となる3つのコンポーネントを詳しく見てみたい。
1つ目は「自律的プロセス発見」だ。これは、人間の手を介さずに組織の財務プロセスを継続的かつ自律的に分析する機能。具体的には、プロセスの実際の動きを追跡し、リアルタイムでモニタリングして学習し、問題を特定。そして異常がどこにあるのか、その根本原因を突き止めることができるという。
2つ目は「完全性露出検出」。DatricksのAIは、すべてのビジネス取引における問題や異常を、それらが発生する際の財務プロセスの文脈の中で分析する。これにより、重大な問題(不正、コンプライアンスギャップ、人的エラーなど)を、大きな財務的・評判的被害が生じる前に浮き彫りにすることができる。たとえば、通常と異なる高額の支払いが承認されようとしている場合、システムはその取引の背景(誰が承認したか、過去の類似取引はあるかなど)を分析し、不自然な点があればすぐにフラグを立てることができる。
3つ目は「完全性インテリジェンス」。このプラットフォームを使用する財務リーダーは、組織の財務健全性を包括的に把握できるダッシュボードにアクセスできる。Datricksのダッシュボードを通じて、最も重要な問題を可視化し、迅速な対応と財務パフォーマンスの最適化を実現することが可能となる。
設定不要で導入できる点もDatricksの強みとなる。組織の財務システムに接続してから1週間以内にリスクの特定を開始できるというのだ。これにはAIが大きな役割を果たしている。通常では、多くのコンサルタントと時間を要する作業が発生するが、AI活用により、その作業時間を1週間に短縮できる。
ローゼンブルムCTOはSiliconANGLEのインタビューで、Datricksの技術であれば、メタとナイキで発生した数百万ドル規模の不正も容易に発見できたと豪語している。同CTOは「理想的には、調達プロセスの各ステップは異なる人物が処理すべきだが、常にそうとは限らない」と指摘。Datricksは組織ごとの調達プロセス全体を学習し、新規注文や購入のフローを監視できるため、不審な行動をすぐにフラグ付けできるという。
Datricksの革新的な技術は、既に多くの大手企業から支持を得ている。Element Solutions、HELLA FORVIA、Teva、CyberArk、ICL Groupなどの大手企業が同社のソリューションを採用。さらに、デロイト、EY、KPMG、PwCなどの大手コンサルティング会社とのパートナーシップも構築している。
文:細谷元(Livit)